09 私の初舞台
なんでだろう。
これだけ大勢の人がいるのに、たったひとりの人を見つけてしまうのは。
私は満員状態の観客の中でいるわけがない人が目に入り、舞台の上で一瞬だけたじろいだ。だけど、すぐに気持ちを立て直すと、歌だけに集中する。
私は、主人公である少女に祝福を贈る妖精の役だ。
喉も一番最高な状態で今日という日を迎えることができた。あとは私の中にあるすべての力を出し切り、みんなの心に響く歌を届けるだけだ。
妖精は生まれたばかりで、見るものすべてに興味を示す。あれはなに、これはなに、主人公に問いかけ、教えてくれたお礼に何をやってもうまくいかなかった主人公に少しだけ幸運を授ける。
そこから、主人公の人生は好転し、愛する人と幸せを掴んでいく。主人公のドラマが始まるきっかけを与える役で、ちょい役とはいえ、割と重要な立ち位置だった。
こんな大勢の人に自分の歌を聴いてもらえるなんて。歌い切った後、わたしは今まで一度も味わったことのない高揚を感じていた。
「お疲れ様。初めてにしてはすごくよかったよ」
「声も通っていたし、役にはまっていたわね」
「ありがとうございます」
出番が終わって舞台袖に戻ると、先輩たちに声を掛けらた。褒められたということは、望まれた通りのことをやり遂げられたということだ。
そこでやっと安心して全身から力が抜ける。あとは、観客として勉強がてら歌姫たちの歌を楽しむことにしよう。
恋のパートに入ると、ふと、ある人の顔が思い浮かんだ。
「そうだ、なんでフェリクス様とギャレット様がいるの。教えてないのに」
舞台に上がった時、この広く薄暗い観客席の中で、私の目はフェリクスを見つけてしまった。恋の力、恐るべし。
「内緒にしていたから、あとで嫌味を言われちゃうかも」
そう思いながらも、私の歌を聴いてもらえたことに嬉しさを感じる。
「私の歌、どう思ったかな」
感想を聞いたとしても、フェリクス様のことだから返事はべた褒めだろう。ギャレット様の方がむやみに持ち上げることなく的確に答えてくれそうだ。
公演が終わると、すでに名声のある歌姫たち以外は、観客にお礼兼お見送りの為に劇場のホールに並んだ。これも一種の営業で、うまくいけば有力者に声を掛けてもらえることがある。
そう言っても、私の場合は男爵家の娘で、父が国王のお気に入りだから、物珍しさで話の種にされるのが落ちだろう。
「すごく素敵だったわ」
「ありがとう、アリーシャさん」
私はアリーシャさんから花束を受け取った。初舞台だったから、私にファンがいるわけもなく、ほかの人のように人に囲まれるようなこともない。
だから、アリーシャさんから花束を贈ってもらえてすごく嬉しかった。
もちろん、王族である王子二人は別通路を使うから、人でごった返しているこんな場所にはやってこない。万が一声を掛けられたら対応に困ってしまうし、周りの反応が怖い。
そのままアリーシャさんとふたりで話をしていると。
「ちょっといいですか。あなたは妖精の役の人ですよね?」
突然声を掛けられた。
「はい。そうですが」
「あなたの歌声、すごくよかったです。次の舞台も楽しみにしていますよ」
誰とも知らない人から一輪のバラを渡された。
公演を聴きに来た人の中にはこうやって新人を応援してくれる人もいるらしい。そういう人に評価されたということは、私の初舞台は本当に成功したんだ。安心感と嬉しさが胸に同時に押し寄せた。
よし、次も頑張ろう。そう心に誓う。
実はこの時、自分以上に私が歌姫になることを待ち望んでいた人がいた。そのことをあとで知って、私は戸惑うことになる。
公演も成功して、私は今まで通りアリーシャさんとの学院生活を送っていた。
「君は声楽家なんだね。たまたま聴きに行った公演で見かけたんだけど、心に残る歌声でとても感動したよ」
フェリクス様の感想は思った通りだった。本当にたまたまだったんだろうか。
最近、昼食時になるとフェリクス様は中庭にやってくる。アリーシャさんに会いに来ているみたいだけど、この二人はどうなっているんだろう。
答えが怖いから私には聞くことができないけど。
「ありがとうございます」
「また舞台があったら絶対に教えてよ」
フェリクス様はの声は絶対に力がこもっている。私は苦笑いを返した。
フェリクス様は、アリーシャさんとそれほど会話をするわけでもなく、なんのためにここにいるのかさっぱりわからない。
こんな目立つことをしていて大丈夫なのか、モルドーさんに目で訴えかけても、またしても視線を逸らされた。
そんな日々が続いたあと、アリーシャさんから大事な話があると言われて、私はアリーシャさんを子爵家に送ったついでに屋敷にお邪魔することになった。
なんとなくこうなることはわかっていたけど……。
「私、侯爵家の養女になることが決まったの」
「おめでとう……」
アリーシャさんから告げられたその言葉に、私は口先だけの祝福をするのが精いっぱいで、友達として心から喜んであげることができなかった。