06 気持ちの整理は難しい
最近私は、売店でランチボックスを購入してからアリーシャさんと中庭で昼食をとることが多い。
学院内にある食堂やカフェテラスは上流クラスの人たちの食事が終わるまで、下流クラスの私たちは席の確保ができない。だから、私のクラスメイトのほとんどが、同じように教室や校内に設置されているベンチなどでランチをしているはずだ。
家格差に対する配慮のためか、学院内の中庭は何ヵ所かあって、広さもそこそこあるし、上流階級用、中流、下流と使用する場所も異なっている。だから、伯爵以上の令嬢と顔を合わせることも少なく、私のような底辺でも過ごしやすかった。
しかも、花壇の花は季節によって楽しめるように庭師が丹精込めて育てているし、木陰は夏でも風が通るように設計されていてとても涼しく居心地がいい。
昔は池もあったみたいだけど、生徒が落ちてしまう事故が続いたらしく、今はどの中庭にもないそうだ。
私は昼食時には、だいたいいつも同じベンチに座って、アリーシャさんと本の感想を言い合いながら楽しく過ごしていた。
「君たちは食堂ではなくて、いつもここで食べてるの?」
突然そこへフェリクス様がモルドー様と一緒にやって来た。この中庭は、王族が来るような場所ではないというのに。
「天気がいい日だけですが」
無視するわけにもいかず、アリーシャさんが返事を返した。
「僕も仲間に入れてもらおうかな」
フェリクス様は空いていた隣のガーデンベンチに座って、そこで食事を始める。
普段は食堂でギャレット様、そしてその取り巻きの方たちとランチをしているから、こんなところで私たちと一緒にいたら目立たないわけがない。
今までは、私が令嬢たちから睨まれることのないように、近づくにしてもかなり気を遣ってくれていたはずだ。それなのに、急にどうしたんだろう。
気になってもそんなことを質問するわけにもいかないから、私は黙って食べ物を口に運んでいた。
「アリーシャ嬢は僕の婚約者候補って言われてるから、話がしてみたかったんだよね」
フェリクス様はやけに大きな声でそう告げた。
すぐそこにいるんだから、アリーシャさんに話しかけるなら、普通の音量で事足りる。
だというのにそんなことをした理由は、私たちの周りに、興味津々で耳を傾けている人たちがいるからだろう。たぶん、そういう人たちに向けて、わざと聞こえるように言ったんだと思う。
「君が侯爵家の養女になるってことは聞いているけど、それまで待っていたら、僕はいつまで経っても交流できないからね」
この前は勘違いするなってアリーシャさんに言っていたのに、いったいどういうことだろう。
「恐れ多いですわ。私のような見識がない者では殿下の話し相手は務まりませんから、どうぞ他の候補の方と交流を深めてくださいませ」
「そんなこと言わないでよ。いま僕が興味があるのは――君なんだから」
うっ。
私の目の前で、フェリクス様がアリーシャさんを口説き始めた。その状況に私は自分で思っていた以上に衝撃を受けていた。
胸が痛くて、ご飯が喉を通らないし、万が一顔に出ていると困るから、私はランチボックスを片付けて、この場から立ち去ろうと思う。
「アリーシャさん、ごめんなさい。音楽の先生に聞きたいことがあったのを思い出したから、ちょっと行ってくる。殿下、お先に失礼いたします」
「パティーさん?」
「ちょっ」
「なりません、フェリクス様」
「モルドー……」
うしろからそんな会話が聞こえたけど、私は振り向きもせず、フェリクス様たちの元から逃げだした。
何もしらないアリーシャさんを置き去りにしてしまったけど、怒ってないだろうか。でも、さっきはそんなことに気を配るほど、私には余裕がなかったから仕方ない。
「はあ、だめだめじゃないのよ、私は」
どうやらフェリクス様は、アリーシャさんに興味を持ってしまったようだ。
フェリクス様の執着はすごいから、今後、アリーシャさんと一緒にいると、今日みたいなことに遭遇する確率がかなり高いと思う。
せっかくできた友達なのに、フェリクス様のことで距離ができてしまったらそれも悲しい。すべて丸く収めるためには、私がフェリクス様のことをきれいさっぱり忘れたらいいだけだとわかってはいるけど、そんなに簡単に出来たら、とっくにやっている。
だけど、フェリクス様が私に声を掛ける度に、他の人に目を向けてほしいとずっと願っていたんだから、今の状況は私が望んでいたことだ。
「今なら、悲恋の歌を今までで一番上手に歌えそうな気がする。よし、この気持ちを糧に頑張ろう」
目じりに滲んだ涙を指で強くこすってから、私は強引に気持ちも切り替えることにした。