05 たぶん人より自由ではある
「だからと言って君が悪いわけではないよ。すべては僕自身の問題で、婚約者候補にあがっている令嬢が本気になってしまうと困るから、名前が出た令嬢には早めに僕の気持ちを伝えるようにしているんだ」
「私など殿下のお眼鏡に適うとは始めから思っておりませんから、お気遣いいただかなくても大丈夫です」
アリーシャさんの言葉が本音であるのかを確かめるように、フェリクス様は彼女のことを凝視しながら観察している。
そんなことをされているアリーシャさんは、恥ずかしがったり、怯えたりせずにフェリクス様の視線を受け止めていた。前髪が邪魔だから、表情はちょっとわかりにくいんだけど。
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
アリーシャさんの態度を見て納得したのか、フェリクス様は険しい表情をやめて口元に笑みを浮かべる。
でも、彼女がフェリクス様の婚約者候補になっているなんて思ってもみなかった。
子爵家の令嬢でも王族に嫁ぐことが可能なんだろうか。二人のやり取りを黙って見ていると、フェリクス様が一瞬だけ私の方に視線を向けた。それでも、すぐにアリーシャさんへと戻す。
「僕が言うのもなんだけど、アリーシャ嬢は侯爵家の養女の件を受けるといいんじゃないかな。君は優秀だと聞いているから、学院内でギャレットを支える一員になってくれると嬉しいんだけど」
「殿下からそんなお言葉をいただけるなんて光栄です。ですが、私のような者にはあまりにも荷が重すぎますわ。それにこんな怪しげな風貌の者がギャレット殿下に侍ることは誰も許さないと思います」
「そうかなあ。君なら問題ないと思うんだけどね。髪型なんて変えたらいいだけだし、すぐにとは言わないから考えてみてよ」
フェリクス様に、ギャレット様のご学友として乞われるなんて、アリーシャさんは本当にすごい人だったんだ。私は尊敬の眼差しを彼女に向けた。
「二人は友達?」
「「はい」」
フェリクス様に聞かれて、アリーシャさんと声が合った。こんな私をちゃんと友達だと思ってくれていてすごく嬉しい。
「そうなんだ。家柄とか立場とか関係なく付き合える友達っていいよね。ここだけの話だけど、アリーシャ嬢は入学時の実力試験でギャレットより成績が良かったんだ」
「そうなんですか?」
フェリクス様が秘密だよと言いながら私にアリーシャさんのことを教えてくれた。
「いえ、その実力試験の結果は公になっていませんから、順番は先生たち以外は知らないはずです」
アリーシャさんは謙遜しているけど、フェリクス様がわざわざそんな嘘をつく必要もないと思うから、きっと事実だと思う。
私とアリーシャさんは今まで接点もなくて、彼女のことは何も知らなかったけど、本当だったら私が友達になれるような人ではなかったのかもしれない。
「嘘じゃないんだけどな。っと、あまりここで立ち話をしていると目立っちゃうね」
フェリクス様は私たちを遠巻きに見ている学生に気がついて、「言いたいことは伝えたから、じゃあまたね」と馬車が待っている方向へと歩き始めた。
しばらくの間私たちは、その場を動かずにでフェリクス様の姿を見送っていた。
「アリーシャさんが侯爵家の養女になってしまったらクラスが分かれてしまうんですよね。せっかくお友達になれたのに寂しいです」
「それは伯父が勝手にそう言っているだけで、私はなるつもりなんてないわ。従兄弟が男ばかりだから、侯爵家が王家と縁組したいために出た話だもの。もちろん、私の幸せも考えてはいるんでしょうけどね」
「貴族の結婚って、家のつながりが大事そうですもんね。あ、もしかしてマドリーヌさんが知っていた話ってそのことですか」
「そうよ。たぶん彼女は養女の件を知っていたんだと思うの」
アリーシャさんが侯爵家の令嬢になったとしたら、上流貴族の仲間入りをする。しかも上から数えた方が早い位置だ。
子爵家のマドリーヌさんがアリーシャさんに恨みを買うようなことをしていた場合、報復がないとは言えないだろう。
そんなことをするような人ではないと思うけど、マドリーヌさんと対峙していた時のアリーシャさんはとても貴族令嬢らしかった。だから、マドリーヌさんのあの態度も納得がいく。
「責任を負わなければいけない年齢になるまで、できれば好きなことだけをしていたいのに」
考えてみたら、アリーシャさんも含め、令嬢たちには自分で将来を選ぶ自由がない。結婚も親が決めた相手に嫁ぐことが普通だ。それがたとえ生理的に受け付けない男性だったとしても。
私は慕っているフェリクス様と結ばれることはなくても、嫌いな人と結婚をすることはないだろう。だから、彼女たちに比べたら恋愛面では恵まれているのかもしれない。
「もしかして、アリーシャさんはひとりの方が好きだったりします?」
「そういうわけでもないんだけど、気が合わない人と無理をしてまで一緒にいる気はなかったわ。まさか、ここで趣味が合う人と出会えるとは思わなかったから」
「私も、ヌガー・ムガーの本を読んでいる人がこの学院にいるとは思ってみませんでした」
「パティーさんとお友達になれて、私は今とても楽しいの。だから、このクラスから移りたくないし、もし侯爵家の養女になるとしても卒業まで待ってもらうことにするわ」
「だったら、これからもずっと一緒にいられますね」
「ええ」
アリーシャさんが自分の顔を隠しているのは、人の目を引くその可愛い容姿で目立ちたくないからなのかもしれない。
今だって変わっているという意味では十分目立っているけど、どちらかというと嫌厭されて近寄ってくる人がいないだろうから、アリーシャさん的には今のままがベストなんだろう。
フェリクス様とアリーシャさんの婚約の話は驚いたけど、いつかはフェリクス様も誰かと結婚することになるんだ。
それまでには、私の胸の奥でくすぶっているこの想いが消えてくれたらいいのに。