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03 最底辺なのはわかっていますよ

「パティーに親しい友人ができたことは喜ばしいことだけど、僕は声がかけられなくてとてもつらいんだよ。パティー成分が足りないから抱きしめてもいいかな?」

「お断りします」

「だったら連れて帰りたいんだけど」

「もっと、お断りです」


 今日はいつもと逆で、遅刻ギリギリに学院へやって来た。というのに、運悪く入り口でばったり会ってしまったのは一番関わりたくないと思っているフェリクス様だ。

 でも、今回に限っては待ち伏せしていたわけではないと思う。


 最近私には、アリーシャさんという友達ができた。趣味が合って話も弾むから、学院生活がそれまでよりずっと楽しくなっている。

 二人で行動することが増えたため、フェリクス様が私に近づくことができなかったらしい。


 久しぶりに声をかけてきたと思ったら、変態さ加減に磨きが掛かっていた。


「兄上が変なことを言うから、パティーも変な顔をしているぞ」

「ギャレット様」


 どうやら今日は、兄弟二人で登校してきたらしい。

 王子が二人揃うと、きらきら度が増して半端ない。


 フェリクス様は明るい金髪に澄んだ青空のような瞳、対してギャレット様はワイン色の艶やかな髪に金色の瞳だ。

 フェリクス様のような金髪の生徒はいないこともないけど、ギャレット様のようなワイン色の髪は、ここの学生で見たことがない。だから、いるだけでとても目立つ。


 フェリクス様だけでも、面倒くさいのにと思いつつ、私は笑顔をつくった。


「お久しぶりです」


 私は恭しく王太子殿下であるギャレット様に淑女の礼をする。


「ああ。パティーは相変わらず兄上に翻弄されて大変みたいだな」

「そんなことはありませんよ」


 棒読みで返事をした私の態度にギャレット様は苦笑いを浮かべた。

 フェリクス様と違って、ギャレット様がわざわざ私に会いに来ることはないので、同じ学院に通っていたとしても、なかなか顔を合わせることがない。

 それにいつも忙しそうだから、公務で休んでいることも多いと思う。


「パティーはいつ舞台に上がるんだ? 兄上だけではなく、私も楽しみに待っているんだが」

「ありがとうございます。ですが、私はまだ実力が全然足りませんから、学院に通っている間は、たぶん人の前に立つことはないと思います」

「そうか。初舞台が決まったら兄上を通してでいいから教えてくれ」

「はい。承知いたしました」

「そろそろ行かないと授業が始まってしまうな。パティーも急いだ方がいいぞ」


 そう言ってギャレット様は歩き出した。


 見送りをしている私の隣で、同じようにギャレット様の背中を見つめているフェリクス様。


「フェリクス様は一緒に行かないんですか?」

「パティーと会話をしてないから」

「そうですか……それにしてもギャレット様は変わられましたね。あの落ち着きと威厳はまさに王族って感じです」


 纏っている空気がフェリクス様の軽いものとは違って、子どもの頃みたいに気軽に口をきける感じではなくなっている。


「ギャレットは生真面目すぎるからな」

「そうでしたね」


 珍しくフェリクス様と意見が一致した。

 ギャレット様は第一王子のフェリクス様を差し置いて王太子となったと思っているらしく、その分、いつでも完璧であろうとしていた。


 歴史的に見ても、王位継承権の順番は正妃の長子からが普通だ。だから、気にする必要はないとフェリクス様も言っているんだけど。


「フェリクス様が支えてあげてくださいね」

「そのつもりだ。そしてパティーには僕のことを支えてほしい」

「ええ、私は、国民として王族には忠誠を誓っていますから」

「そうじゃなくてさ」


 話をしているうちに、授業開始のベルが鳴ってしまったので、私は頭を下げてからその場を立ち去った。


 まさかそれを誰かに見られていたとも知らずに。




「パティー・カートゥーンさん、ちょっといいかしら」


 放課後、帰り支度をしていた私に声をかけてきたのは、マドリーヌさんという子爵家の令嬢だ。

 彼女はこのクラスの中では一番の家格を誇っていて、資産家の子爵家の令嬢とトップ争いをしている。


 マドリーヌさんの取り巻きもやって来て私の机は彼女たちに囲まれてしまった。

 今まで最底辺の私には興味を持つこともなかったのに、突然どうしたんだろう。


「何かご用ですか?」

「貴女、自分の立場をわかっているのかしら」


 自分ではできるだけ目立たず、大人しくしているつもりだったんだけど。


「すみません。私が何か失礼なことをしたのなら謝ります」

「だったら、二度と殿下たちに近づかないでくださらない。貴女みたいな平民上がりが気安く話しかけてもいい方たちではないのよ」


 なるほど。きっと、今朝のやり取りを誰かに見られていたんだろう。

 こういうことがあるから、フェリクス様はそれを誤魔化すために、手当たり次第声をかけまくっているんだけど、それでも、男爵家のそれも末端の私が、頂点に君臨する王子二人と言葉を交わしていたら、それだけで不愉快なんだろうな。


「それはわかっています」


 私が返事をしても、令嬢たちは蔑んだ視線を向けてくるばかり。


「まさか、どちらかに見初められたいなんて、恥知らずなことを考えてはいらっしゃらないでしょうね」

「そんなこと思ったこともありません。お二人は学院の生徒には分け隔てなく誰にでもお声がけしてくださるので、たまたま会った私にも気軽にご挨拶してくださっただけです。マドリーヌさんほどの方ならお目に留まるかもしれませんが、その辺の石ころと変わらない私のことなんて、きっと顔も覚えていないと思いますよ。私は自分の立場なら十分わかってますので、勘違いするようなことはありませんから」


 フェリクス様があんな調子で接してきていたら、いつかは令嬢たちの攻撃対象になるとは思っていた。だから、一応対策は考えていた。


 とにかく、へりくだってマドリーヌさんたちの機嫌をこれ以上損ねないようにしようと思う。


「そうかしら、それにしてはやけに楽しそうにしていたそうだけど」

「ほら、パティーさんって人に媚びるのがお上手な血筋だもの。殿下たちにもうまく取り入ったに決まっているわ」

「まあ、なんていやらしいこと。殿下たちの優しさにつけこんで、自分を売り込もうとでもしていたのかしら」


 私のことならともかく、貶めるためにわざわざ父のことまで罵るなんてひどすぎる。聞き捨てならないけど、ここで私が反論したら、余計に事態は悪化してしまうだろう。悔しいけど我慢するしか選択の余地がない。


 私は間違ってマドリーヌさんたちに口答えてしまわないように、口をしっかりとつぐむ。それから、睨みつけたと言いがかりをつけられないために下を向いた。

 すると、それを見た令嬢たちからくすくすと嫌な笑いが起こる。


「いやだ、どうしましょう。これでは、わたしたちが泣かしていると思われちゃうわ」

「親切心で貴族の心得を教えて差し上げているだけですのにねえ」


 そんな言葉が聞こえるけど……。

 私はこんなことくらいで泣いたりはしないし、腹は立つけど、別にマドリーヌさんたちに負かされたとは思ってもいない。


 それより、いつになったら帰してもらえるんだろうか。そう思っていた時だった。


「人を虐めることがそんなに楽しいの。他に楽しめることがないなんて可哀そうな人たちね」

「なんですって!?」


 まさか、私を助けてくれる人がいるなんて思ってもみなかった。


 でもこの声って……。


 私が後ろを振り向くと、やはり声の主は予想通りアリーシャさんだった。


 私を救おうとしてくれたのは嬉しいけど、マドリーヌさんたちに歯向かったら、アリーシャさんまで虐められてしまう。


 これって、どうしたらいいの。


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