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02 遠くで眺めているくらいがいいんです

「僕の膝の上に乗ってほしいな。もしくはその逆でもかまわないよ」


 今日も朝からフェリクス様は変態だった。挨拶代わりにそういうことを私に言うのは勘弁してほしい。


 こういう場合はたぶん、無視が効果的だろう。


「昔はそうやって僕がパティーを後ろから抱きしめながら絵本を読んだこともあっただろう。あのころのパティーは素直で小さくてすごく可愛かったんだよな。もちろん今も相変わらず可愛いけどね」


 フェリクス様と会わないように、早い時間を選んで登校したのが裏目に出てしまったようだ。


 私がフェリクス様にかまわず歩き始めると、他に人影がないからか、フェリクス様が隣に並んで歩き始めた。しかも距離が近くて腕と腕が当たっている。


 きっとわざとだろうけど……。


 いつもそうだけど、実際にはフェリクス様の護衛騎士のモルドー様も一緒にいるのに、まるで二人っきりでいるかのように甘い囁きを繰り返すから本当に頭が痛い。


 これってどこまで陛下たちに報告がいっているのやら。


 どう考えても、私が悪いわけではないと思うけど、最近このストーカーじみた行為のせいで、私は被害者だとしても、王家から反感を持たれないか心配になっている。フェリクス様への返事が本当に毎回面倒くさい。


 だって、王族への完全無視は不敬と取られるだろう。おかしな事を言うフェリクス様への対応には、ほとほと手を焼いている。


 昔はもっと丁寧に断っていたけど、こんなことばかり続くから、ダメだってわかってはいるけど、フェリクス様相手だから最近は言い方が雑になってきていた。


「誰かに見られてしまうとパティーが困るだろうから、学院内でどこか二人っきりになれるいい場所を知らない?」

「知りませんよそんな場所。それにあったとしても私は膝の上にも乗りませんし、乗せませんから」

「やだな、そんなに恥ずかしがらないで。パティーがそんなふうだと僕も照れちゃうよ」


 だったら始めから言わなければいいし、照れている人間は毎度変態チックな言動はしないと思う。


「モルドー様、殿下にこんな対応をしていたら私は咎められませんか? それだけが心配なんですけど」

「パティーさんが一方的にフェリクス様に絡まれているだけですからね。誰にも見られておりませんし、それは気にしなくても大丈夫ですよ」

「だったらよかったです」


 モルドーさんからは言質を取ったけど、それで安心できるほど私は馬鹿ではない。


 これがもし、間違って私の方から誘い文句やおねだりを言ってしまったら最後だろう。塵のような私など権力によって消されてしまうかもしれない。

 でも、さすがに命までは大袈裟だとしても、絶対に圧力がかかるはずだ。


 今は私がまったくフェリクス様の相手をしていないから、放置されているけど、私の存在が問題視されたら、きっと留学とか体のいい理由をつけて、実質上国外追放になりそうな気がする。


 それも父が陛下から目をかけていただいているからであって、王家から本気で目の敵にされたらどんな扱いになることやら。


 それも怖いけど、そんなことになったら、二度とフェリクス様と会うことはできなくなるだろう。


「私は遠くから見てるだけでいいのに……」

「何のこと?」

「いえ、別に何でもないです……私はこっちなので、ここで失礼します」


 下流貴族である私のクラスは一階で、王族のフェリクス様のクラスは三階だ。

 だから、廊下の曲がり角で逃げるようにして私は自分の教室に向かった。


 さすがのフェリクス様も下流貴族しかいない場所でうろうろするような真似はしない。ほっとする気持ちと、寂しい気持ちが同時に起こって、私は朝からどっと疲れを感じていた。



「おはよう。早いですねアリーシャさん」


 私が一番乗りかと思っていたのに、教室にはもう人がいた。

 彼女はたしか子爵家の令嬢。藍色の長い前髪で顔を隠していて、素顔をちゃんと見たことがない。風貌からしてちょっと変わっている感じだから、いつも一人でいる。


 私もこの学院では最下級の家柄だから、他の子息令嬢たちにはあまり相手にされていない。

 だから人のことは言えないんだけど。


「おはようございます。パティーさん」


 私は男爵家、アリーシャさんは子爵家で家柄の格は違うけど、子爵家の令嬢が様付で呼ばれていると、上流階級の子息令嬢に鼻で笑われるらしい。だからうちのクラスは全員がさん付けで呼び合っている。


「あれ、もしかしてヌガー・ムガーの本じゃないですか?」

「え?」


 アリーシャさんが手にしている本に私は釘付けになった。それは壮絶な復讐劇や愛憎によって身を持ち崩していく令嬢の話を得意としている作家の本だ。

 私たちの年齢ではちょっと刺激が強い。だから、まさか私以外でこの学院の学生が、そんなものを堂々と読んでいるとは思いもしなかった。


「ムガーがトレードマークにしている三つの四角が重なった文様が見えたのでつい。すみません、覗き見なんて、はしたない真似をしてしまって」

「いいえ、パティーさんはムガー先生をご存じなのね」

「ほとんど読んでますよ。私は声楽を習っていますので、恋の歌とかで感情を込めるために参考にしています。ドロドロ加減がちょうどよくて勉強になるので」

「そうだったの。これってあまり学生が好むような小説ではないから、知っている人がいるなんて驚いたわ」


 アリーシャさんは無口な令嬢かと思ったけど、私の質問も普通に返事をしてくれたので、単純に人見知りなだけなのかもしれない。

 しかも、顔を上げた瞬間に髪が乱れて、チラッと見えた顔がすごく可愛かった。


「そうですね。アリーシャさんは他にどんな本を読んでいるんですか? 何かお勧めな本があったら私に教えてください」

「そうね、ブラックリリーシリーズやシュガー先生とかはどうかしら」

「そのへんはまだ手を出したことがないので今度読んでみますね。ありがとうございます」


「私はパティーさんの歌が聞いてみたいわ。ムガー先生を参考にした歌ってどんなふうになるのかしら。すごく興味があるわ」

「イメージは、ねっとり、執念深い感じです」

「そうね。なんとなくわかるわ。今度見学に行ってもいいかしら」

「是非どうぞ。よかったらうちに遊びに来ませんか。わたしなんてまだまだ素人で、本当は披露できるほどでもないんですけど」

「本当に? すごく楽しみ」


 アリーシャさんて、髪型があれで、見た目が独特だけど、話してみたら案外普通だった。私とは話も合いそうだ。


 本当にいい人だったら友達として付き合いたいなんて、末端である私からのお願いは迷惑だろうか。


 そんなことを思っていたけど、このアリーシャさんとの出会いで、私の人生が大きく変わることになるなんて、この時は思いもしなかった。


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