16 私の知らないところで計画進行中って
「ギャレット様のことはお兄さんとしか思えませんから、気持ちに応えることはできません。それに私には好きな人がいるんです。ごめんなさい」
「それはやはり……」
私の返事を聞いたギャレット様がフェリクス様に視線を向ける。
「でも――今は恋より夢を叶えることに集中したいんです。だから誰に求められても歌姫になるまではその手を取るつもりはありません」
「そうか……」
ギャレット様はふっと悲しげに微笑んだかと思うと、ドアの方に歩き始める。そして部屋から出る前に一度こちらに振り返った。
「パティーはローレライなんだ。歌姫になるとしたら、その歌声で魅了される男がこれからも大勢出てくるだろうな」
それだけ言うと、ギャレット様はそのまま旧校舎から立ち去って行った。
ローレライとは美声で人々を誘惑する精霊のことだ。公演でも扱われる題材で、私にそんなことができたらすぐにでも歌姫になれるだろう。
だから何かの比喩だとは思うけど。
「まだ重圧がなかったあの頃。初めて聞いたパティーの歌が、楽しい思い出と一緒に心に刻みこまれているのかもしれないな。僕もそうだから、なんとなくだけど、そうじゃないかと思うんだ」
心当たりがあるのか、フェリクス様がそう教えてくれた。その話は、みんなで笑い合っていた幼い日のことだと思う。
そんな頃からギャレット様は私のことを想ってくれていたんだろうか。
「気にすることはないよ。パティーの気持ちが一番大事なんだから仕方ないさ。僕も流れ弾に当たったような気がするけど、パティーのことは諦めるつもりはないからね」
「私も、もしフェリクス様がパティーさんに断られたら、どうにかして婚約破棄に持ち込まなくてはいけなくなるわ」
「そうだ、さっき言っていたアリーシャさんがお飾りで私が本当の妻になるって? あくまでも愛人扱いで私はギャレット様の側妃回避の為の話だと思っていたんですけど」
「本気よ。本音を言えば私は誰とも結婚したくないし、フェリクス様と夫婦になる気はまったくないもの。あえて言うなら同居人というところかしら。夫婦の件はフェリクス様も同じだとおっしゃっているわ」
「ああ、そうだよ」
このふたりは、正真正銘の偽装夫婦になるらしい。
「表向きは私が務めるけれど、それ以外はパティーさんにフェリクス様の相手をお願いしたいの。あと、私の代理人もお願いしたいわ」
「代理人?」
私にアリーシャさんの代わりができることなんてあるんだろうか。
「私、ヌガー・ムガー先生のような小説家になりたいの。公爵夫人があんな刺激的な話を書くわけにいかないでしょう。パティーさんなら、芸術関係のお仕事をされているから、そういう知り合いがいてもおかしくないと思われるはずよ。私の代わりに原稿の持ち込みをお願いできないかしら」
「もしかして、アリーシャさんが前に言っていたメリットってそのことですか?」
「ええ、パティーさんの好きな方がフェリクス様であるのなら、ご両親には申し訳ないけど、是非この提案を受けてほしいの。でなければ、私も早めに手を打たなければ困ることになるもの」
「困ることって?」
「夫婦にならないということは公爵家のお世継ぎが産まれないということなのよ。だから、パティーさんのお子さんを養子に迎えるつもり。子どものためには、始めから私が産んだことにした方がいいのかもしれないわね」
その役目を私が望まれているってこと?
私の知らないところでそんなことまで決めているなんて……まだ何も返事してないのに……。
「パティーが言っていたように、僕はパティーが歌姫になるまで待つよ。それまでに気持ちを固めてくれたらいいし、もし、その前にどこかから婚約の申し込みがあった場合は、僕が君を望んでいると断る理由にしてくれてもいいから」
「でも、その気がないのでしたら、早めにお願いしたいわ。私たちの計画が変わってしまうから、どうするか練り直す必要があるもの」
「突然の話で、今はどう返事をしたらいいのか……」
「うん、じっくり考えてよ。できれば前向きでね」
「はい……」
こんなこと言われて悩まないわけがない。
だけど、悩んでいる時点で私の気持ちが傾いている証拠でもあった。
それが本当にできるのであれば、私はフェリクス様とずっと一緒にいることができる。私にも、すごく都合がいい、心が揺れる誘いだ。
これは悪魔の囁きではないだろうか。




