13 夢は遠く
アリーシャさんが侯爵家の養女になって、フェリクス様と正式に婚約をした。
二人は中庭で会っていたから噂にはなっていたけど、それでも婚約が本決まりになった時は至る所で騒ぎが起こっていたようだ。
婚約者候補として名前が上がっていた伯爵令嬢がショックで倒れたとか、逆に胸を撫で下ろした人がいたとか。
誰が選ばれるか賭けをしていた生徒が先生に怒られていたとか、早速アリーシャさんに取り入ろうとした令嬢がいたとか、アリーシャさんのことを狙っていた子息が号泣していただとか。
一番の騒ぎは、アリーシャさんが前髪を上げたことだろう。
くりっとした大きな黒い瞳の美少女が登校した日、二度見、三度見する人が続出したし、みんながその可愛さに息を呑んだ。
かなり前から顔を隠していたみたいなので、素顔を知っている人は少なかったらしい。
今まで無視していたくせにクラスメイトたちの中には「唾をつけとけばよかった」なんてけしからんことを言う者もいたり、アリーシャさんと目が合うだけで赤面する男子もいた。
今回、突然イメージチェンジした理由だけど、フェリクス様の婚約者として、上げ足を取られることは少ない方がいいということのようだ。
昔は言い寄ってくる男子が鬱陶しかったみたいだけど、もうそんな心配もない。
さすがにフェリクス様の婚約者に手を出そうとする人はいないと思う。令嬢たちもアリーシャさんに張り合おうと思う人はいないんじゃないかな。
変わったことと言えば、それは学院内だけではなかった。と言ってもアリーシャさん絡みではないんだけど。
「立て続けに三度目のオファー。やっぱりおかしくない?」
「それはパティーのことを認めてくれる人がいたということだ。私だってパティーに才能がなかったら自分と同じ道を歩かせるつもりはなかったさ」
「親の欲目じゃなくて?」
「ああ、努力を惜しまなければ、歌姫としていつかは主役を張れると思っているよ」
「お父さんがそう言ってくれるなら、考え過ぎかな」
父は太鼓判を押してくれたけど、私が歌姫になるのを、ギャレット様が待っているような話を聞いたので、私を押し上げるために裏で手を回しているんじゃないかと疑ってしまう。
まだ自分にそれほど自信がないから、あの初舞台だけで、こんなに声が掛かるなんて普通じゃない。そう思ってしまうんだけど。
「本番での経験は糧になるからな。勉強と両立できそうだったら受けられるだけ受けた方がいいと思う」
「わかった。頑張ってみる」
父の後押しもあって私は舞台に上がることにした。
もしこれが、ギャレット様の策略だったとしたら、それは逆に私のことを信じていないということだ。
どんなに時間がかかったとしても、実力で歌姫になりたい私と、力を使って、すぐにでも歌姫にしたいギャレット様では考え方が違い過ぎる。
本当にギャレット様が私のことを好きだとしても、私に受け入れる気持ちがないのに、無理やり側妃にするのは虚しくないだろうか。
だいたいギャレット様には、フェリクス様のように愛を囁かれたこともないのに……。
「そうよ。やっぱり、そんなわけないわ」
きっとフェリクス様の勘違いだと思う。
だから、気にすることなく、主催者に求められていることを、私なりに頑張ればそれでいい。
それから私は、ちょい役だけど、いくつかの公演で自分の歌を披露することができた。
フェリクス様とアリーシャさんが来てくれたけど、ギャレット様の姿はなかったので、やっぱり思い過ごしだったみたいだ。
出演の声が掛かったのは自分が認めてもらえたのだと、やっと感じることができた。
そんなある日。
公演が終わって、お客様の見送りをしていた時だった。
「パティーさん?」
私には、まだ個人的に応援してくれる人がいない。だから、観に来てくれた家族がロビーで一緒にいてくれて、そろそろ楽屋へ戻ると話していた。
その時に、不意に名前を呼ばれたのだ。
そこには初舞台で私と役を競った女の子がいて、私と対面するや否や、いきなり手に持っていた花束を私の顔に打ち付けた。
「何を!?」
すぐに父がその腕を掴み、警備員を呼ぶ。
「全部あんたのせいよ! コネで私の役を奪うなんてひどいじゃない。あんたのやった役は本当だったら全部私がやるはずだったのに」
暴れながら叫ぶ少女のせいで、人でごった返していたロビーは騒然とする。
父は目立たないように帽子と眼鏡、それに付け髭で変装していたので、今初めて私と父の関係を知ったというわけではないと思うから、きっと私の素性を調べたんだろう。
「私の方が何倍もうまく歌えたわよ。あんたのせいで、舞台が台無しじゃない。恥を知りなさいよ」
警備員に拘束されて、ロビーから連れ出される間、彼女はずっと私に向かって文句を言い続けた。
「パティー、大丈夫か?」
「うん。平気」
叩かれた頬が少し痛んだけど、心配をさせたくなくて私は無理して笑う。
「気にするなよ。あんなの、逆恨みだからな」
父が慰めてくれたけど、誰もがぐうの音も出ないほどの実力をつけない限り、私はずっとそういう色眼鏡で見られる可能性が高い。
今後も、誰かと役を競い合うたびに、圧倒的な歌唱力で勝たなければコネで獲得したと言われてしまうだろう。
「お父さん」
「なんだパティー?」
「私、実力がつくまでオファーが来ても受けるのをやめようと思う」
「そうか――自分で決めたのなら好きにするといいけど、今日のことはまったくお前には非がないことだからな」
「うん。それはわかってる。でも、もう決めたから。だけど、これからはもっときつく指導してよ。私は歌姫を諦めたわけじゃないからね」
聴いてくれた人が感動できるくらいの歌い手に私はなりたい。




