10 失恋確定
「だからと言ってもクラスは今のまま変わらないわよ」
「上級クラスに移らないってこと? だったら私は嬉しいんだけど」
アリーシャさんはこの学院でやっとできた友達だ。仲良くなってからはずっと楽しく過ごしていたから、いなくなってしまったらすごく寂しい。
「私がわがままを言ったのよ。でも今回のケースは学院に入る前ならよかったけど、移ったクラスでも扱いに困ると思うわ」
伯爵家の子息令嬢の立場では、今まで下に見ていた子爵家令嬢の身分が、いきなり自分たちより上になるんだから、戸惑うのはわかる。
そして、当のアリーシャさんもやりづらいだろう。
「だったら、学院生活は何も変わらないのね?」
「そうだといいんだけど……もしかしたら少し騒がしくなってしまうかもしれないわ」
「私たちのクラスで事実上アリーシャさんがトップになるんだから、マドリーヌさんとタチアナさんは穏やかではいられないわよね」
アリーシャさんが権力をかざすことはないと思うけど、今まで二人の取り巻きだった人たちがアリーシャさんに媚びを売ってくることは目に見えている。
「そうじゃないの。侯爵家に入ったと同時に私がフェリクス様と婚約することになるからよ」
ああ……やっぱり……。
アリーシャさんが侯爵家の養女になるって聞いたとき、そうなんだろうと予想はしていた。
「こ、婚約おめでとう。最近フェリクス様がアリーシャさんのところによく会いにきていたから、なんとなく私もそんな気はしていたんだけどね……」
「本当だったら、まだ先の話だったのだけど、いろいろ事情が変わってきてしまったの。ところで――パティーさんはフェリクス様のことをどう思う?」
「どうって……第一王子殿下だから、国民のひとりとして敬愛はしているけど……」
突然そんなことを聞かれても困ってしまう。
私はもごもごと当り障りのない返答をした。アリーシャさんはそんな私を観察するかのようにじっと見ている。
「わかったわ。婚約のことはまだ秘密裏に進めていることが多いの。話せる時が来たらパティーさんだけにはちゃんと説明するから」
「え? ええ」
婚約に至るまでの詳しい話はどうだったとしても、フェリクス様がアリーシャさんを選んだってことで、私の失恋は確定した。
どっちにしろ、結ばれることはなかったんだから今更な話ではあるんだけど。
アリーシャさんは私とフェリクス様のことを知っているんだろうか?
婚約相手にわざわざそんなことを伝えるはずもないから、今はまだ知らない可能性の方が高い。でも、これから先、フェリクス様が私に執着していた時期があったことをアリーシャさんが知ったらいい気持ちはしないだろう。
おめでたいことに水を差すようなことがあったらいけないから、私のことは絶対に隠さなければ。
「アリーシャさんはフェリクス様のことをいつから好きだったの?」
「好き……そうね、二人きりでお話しする機会があった時からかしら。私がフェリクス様と婚約を決めたのは恋愛感情というよりは条件が良かったからなのよ」
「そうなんだ……」
生粋の貴族ともなると、結婚に好きだ嫌いだは二の次だというけど、ドロドロ小説を読むアリーシャさんが、一番そういうことが多そうな王族との結婚を決めて、自分が渦中の人になろうとしているなんて。
それとも、実際にはそんなこともなくて、私が小説に毒されているだけだろうか。
私はフェリクス様には幸せになってほしい。
だから、アリーシャさんには彼のことをちゃんと好きになってもらいたいから、切ない気持ちはあるけど、これからは応援しようと思う。
「フェリクス様ってみんなに優しいけど、あれはたぶん自分の立場をわかっていてそうしているんだと思うの。ひとりだけに優しくしたら妬まれてしまうでしょう。だから八方美人みたいに見えてはいるけど、婚約さえ決まればそんな配慮も必要なくなるから、これからはアリーシャさんだけを大切にしてくれると思うわ」
「そうだとしても、私は今までのままで構わないわよ」
うーん。嫉妬心がないようだ。
私は、フェリクス様のいいところをアリーシャさんにいろいろ伝えてみたけど、彼女はまったく盛り上がることもなく、反応はいまいちだった。
アリーシャさんは結構手ごわいかもしれないですよ、フェリクス様。




