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01 本当に困っています

「駆け落ちしよう、パティー」

「は?」


 それはある日の放課後。教師から頼まれていた楽譜を届けるため、私は音楽室に向かっていた。

 手渡したらさっさと帰宅しようと思って、廊下を足早に歩いてたところ、突然目の前に現れたのは第一王子のフェリクス様だ。

 たぶん待ち伏せしていたんだと思うけど、まさか、そんなことを言い出すとは。


「何言ってるんですか殿下!? 突然、馬鹿な事を言わないでくださいよ」


 そう言いながらフェリクス様の護衛を務める近衛騎士のモルドー様にも、フェリクス様の言動を止めてほしいと言う思いで視線を向けた。


 ところが、彼は私からそっと目を逸らす。モルドー様に期待するだけ無駄と言うことか。ああ、そうですか。


「僕は本気だよ。パティーとのことを陛下たちに認めてもらいたくて、説得はずっと続けているけど、いつまでたっても平行線で埒が明かないからさ。いっそのこと、僕たちがそれほど愛し合っているというところをわかってもらった方がいいと思うんだ」


「私、一度もフェリクス様に愛しているなんて言ったことはないですよね。それに、そんなことをしたって何も変わりませんよ。うちは一代限りの男爵家なんですから、その娘なんて平民同然です。みんなに反対されるのは当たり前ですよ」


「どうしてみんなはそんなことにこだわるんだろう」

「フェリクス様は第一王子殿下なんですから、そのとなりに立つ女性もそれなりの知性と気品がある方が望ましいんですよ」


 フェリクス様は第一王子だけど母親が側妃だったため、同じ年に正妃から産まれた第二王子のギャレット様が王太子であった。

 それでも王位継承権は第二位だ。いずれ公爵位に就くのだから、その妻の座には生粋の貴族令嬢が相応しいはず。それも上流の。


「ギャレットが王になった暁には、ちゃんと支えていくつもりだけど、結婚相手は好きにさせてほしいよ。僕はパティーと一緒にいると癒されるんだよね。それってパティーにしかない立派な特技だし、他の子では代わりが務まらないんだからさ」

「そんなことを言うのはやめてください。フェリクス様に寵愛されているなんて誰かに思われでもしたら、私の立場が悪くなるじゃないですか」


「うん。だから、学院内ではパティーとのことを誤魔化すために、ほかの令嬢たちにも平等に声をかけているだろ。そこのところは僕もちゃんと考えてはいるから大丈夫だよ」


 たしかにそうなんだけど、そのせいでフェリクス様は無類の女好きと陰で言われている。

 フェリクス様と会っていることで私が令嬢たちから虐められないように、誰彼かまわず声をかけていた。だから、私は少しだけ負い目を感じている。汚名になるようなことをするくらいなら、私のことなんて放っておけばいいのに。


「もしかして、焼いてるの?」

「まさか、なんで私が。そんなわけないじゃないですか」

「昔は『フェリクス様が大好き』って素直だったのにな」

「小さかった頃の話は時効ですよ。それに、その言葉はあくまでも友人としてですからね」

「本当につれないなパティーは」


 悲しそうな表情で私を見つめるフェリクス様。同情を誘うおうとしているけど、これで優しくしたらろくなことにならない。フェリクス様は子どもの頃から泣き落としがうまかったから、それは嫌と言うほどわかっている。




 私がフェリクス様と出会ったのは五歳の頃だから、もうかれこれ十年以上の付き合いだ。


 私の父は世界的に有名な声楽家で、生国であるこの国を拠点として各地を飛び回っている。そんな父も、もともとは平民だったけど、ある時、この国の国王陛下に気に入られ、王家の専属として働いていた時期があった。


 たぶん破格な報酬と、私の教育のために父は王家からの打診を受けたんだと思う。


 父が男爵位を授与されたのはその頃で、父が王城へ出入りする際に、自由に出入りできるようにと、特例で授けられたのだ。父の名声もあったから、それはすんなりいったらしい。


 平民が王城に足を踏み入れる時は、毎回事前の手続きが必要だ。しかも、守衛で身分確認が取れるまで何時間も足止めをされる。王族に呼び出されたとしても、父がすぐに馳せ参じるためには、そのたびに誰か地位のある人間が迎えに来なければならなかったので、とても面倒だった。


 要は王城内にいる王族に、平民はそう簡単に近づけないということだ。それほど厳重だから、男爵家の令嬢になっても、学院に入学するまでは、私が王族たちと関わることはほぼないはずだった。


 ところが、夏と冬に陛下が家族で静養として別荘に行く場合は父も招かれてコンサートを開いたりしていたので、その家族の私たちもその際には同行が許されたのだ。

 それでも宿泊場所は侍従たちと一緒の棟だったから、私が王族と顔を合わせることは本当だったらあり得なかった。


 しかし、その頃から私は、父に歌の手ほどきを受けていたため、練習していたその歌声が、別荘で過ごしていた王子たちの耳に入ってしまったらしい。


 私の迂闊な行動のせいで、なぜか王子たちに興味を持たれてしまい、別荘にいる間だけは、同い年のフェリクス様と第二王子のギャレット様、そして二つ年下の第一王女のソフィア様の遊び相手として過ごすことになってしまったのだ。


 そんなわけで、フェリクス様とは小さな頃からの知り合いだけど、父が王家の専属ではなくなった年から学院に入学するまでの数年間は会うこともなかったのに。


「会えなかった四年三か月と十六日、どれだけパティーのことが恋しかったことか。駆け落ちがだめなら攫っちゃってもいいかな?」

「変なことを言うのは本当にやめてください」


「でもさ、パティーは僕と離れ離れにならないために歌姫を目指しているんだよね? それってまだ数年はかかるんだろう? 僕はすぐにでも君を王家の専属、いや僕の専属としてずっとそばにおきたいと思っている。本当にその日を待ち焦がれているんだ。パティーの声を目覚めてから眠りに落ちる瞬間まで聞いていられたら、どんなに素晴らしいだろうって想像するだけで幸せになれるよ」

「だったらずっと想像だけしていてくださいよ。それに私が歌姫を目指しているのはフェリクス様のためじゃありません。勘違いはやめてください」


「想像だけじゃ足りなんだけどな」

「知りませんよ、そんなこと」


 フェリクス様の戯言に対して、末端貴族の私はそのたびに否定を続けている。


 だけど、とても残念なことに、私はすでにこの王子に絆されている自覚があった。こんなフェリクス様のことが歌うことと同じくらいは好きだからだ。


 だからと言ってフェリクス様の愛に応えるつもりはまったくなかった。一応貴族として自分の立場はわきまえているつもりだし、私がフェリクス様に汚点をつけるわけにはいかないと思っているからだ。


 軽くあしらっているように見せてはいるけど、フェリクス様から言葉を投げかけらるたびに胸の奥がチクチクした。


 こんな想いは早く忘れたいから、私にはかまわないでくれればいいのに。


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