聖女、ヤバい
聖女とは、世界から選ばれた最も神聖な女性に与えられる称号だ。
これは世間一般的に知られている聖女の情報だ。
聖女は同じ時代に1人しか存在しなく、その時代の聖女が死んだ瞬間に新たな聖女が誕生する。
それは老若に関係なく、世界に最も神聖だと認められたということ。
昨日までの目の前の女の情報はまさしく聖女そのものだった。
聖女の名前はグレース。
平民の生まれで年は18、宗教関係の事には聖女になるまで一切関わりが無かったが、慈善活動や孤児院への募金などをしていた上に“聖女”という人格をそのまま生き写ししたような女性だった。
そのため地元では誰もが次は聖女に選ばれるだろうと話題になったほどだ。
聖女に選ばれてから右手の甲に光り輝く紋章が刻まれる“刻印”が現れ、彼女は自ら国の首都にある王城へ向かったという。
それから既に王城にいた勇者と共に活動を始める。
その間に犯罪に手を染めたことも男性と交際したという情報は一切無かった。
そんな聖女に対して心の中で苦手意識を持っていた。
私たち魔族は常に悪役として書物に描かれ、そのせいで何もしていないのというのに、いつの時代でも罪人のように何人もの魔族が殺されてきた。
そうすれば人間達から英雄扱いされる人々がどうしても嫌いで、その代表格である歴代の勇者や聖女達は幼い頃から嫌悪していた。
だが、今の時代の勇者や聖女は魔獣を倒すことはあるものの、魔族を殺すことは無かった。
無論、その仲間達もだ。
勇者のパーティーはリーダーの勇者、回復担当の聖女、後方支援担当の賢者、諜報や罠の解除等を行う盗賊、遠距離攻撃の弓兵、前衛特化の戦士。
この6人からなる勇者パーティーは未だに魔族や罪人を殺したことはない。
半殺しにすることは合っても命までは奪わないお人好し集団。
だから少しは好感を持っていて、もしかしたら魔族と人間の対立を緩和するきっかけになってくれる存在なのかもと今まで認識していた。
だが、今の状況は今まで集めてきた情報が何も頼りにならないものとなっていた。
「さあ、私と一つになりましょう……」
「ひぃ……!」
幼い頃からの情報すら集めて、聖女がこんな性格だと誰が予想できる?
というか聖女がこんなので良いのか!?
勇者も勇者だ。
私が性的に襲われてる光景を見て引き下がってんじゃ無いよ!
助けてよ!
勇者って勇敢な者の略だよね?
その勇者が困ってる人を助けないってどういう了見だ。
いや、今はそんな事よりこの状況をどうにかしないと……。
時間を稼ぐか……。
「何故、こんなことを?」
「だから一目惚れです。同じ女性で魔族の貴女に惚れるのはおかしな話ですが、この胸の中で興奮が収まらないのです!」
「というか何で私が魔族だと分かったのよ?これでもかなり準備したのだけど……」
「『審眼』。私が産まれ持った魔眼の一種です。この眼がある限り“虚偽”と“真実”が分かるのです。貴女の姿が人間に扮した魔族だというのは一目で分かりました」
「マジか」
魔眼というのは一万人に一人との確率でしか宿らないと言われる特異な眼だ。
眼が魔力源となっており、体内にある魔力とは別に魔力を消費してるので体内の魔力を空にしても扱えるという仕組みだ。
だが、その全てが有用かと問われれば、答えはNOだ。
寧ろ有用なのは全世界にいる魔眼所有者の内の約3割ほどのみ。
使いづらいものの代表といえば、『ランダムに人の生死を占って死が出たら問答無用で死ぬ』という魔眼だ。
強いとは思うが、これの最大の危険性は自分もその対象に入ってるためだ。
一回発動して自分が選ばれて死が出た場合、自分は死ぬ。
そのため、かなり使うのを躊躇う魔眼だ。
それ以外にも自爆する魔眼、魔物に狙われやすくなる魔眼、制御が利かなくなるほどの速い足を持てる魔眼等々。
この約7割の魔眼はどれも扱い難いものばかりだ。
しかし、目の前の聖女はそんな物達より有用な魔眼を持っていた。
虚偽を見抜いて真実を暴く。
つまりこれは詐欺や幻覚等はこの聖女の前には効かないということだ。
というか、何故私ですら掴んでないその情報をここで言った…?
「なんでそれを魔族である私に…?」
「貴女に私の秘密を知ってもらうためです。フフフ、愛人は秘密を共有する者だと聞きました。なら、貴女と愛人になるには秘密は共有した方が良いデスよねと思った結果です」
おっふ…。
愛が重たいし、顔が怖い。
なんなのこの聖女…。
普通そこまでやるかなぁ?
私だったらやらないわ。
……あ、やば!
気が抜けてたのか聖女の顔がもう数ミリとまで迫っていた。
あの、待って本当に待って、話を聞いて……!
しかし、
「~~~~~~!!!」
「はぁ……あぁ…」
時既に遅し。
聖女の唇が私のと触れ合った。
わ、私の初めてが………。
こんな所で、しかも聖女となんて………お嫁に行けない。
だが、これはまだほんの始まりに過ぎなかった。
次の瞬間、聖女が下を絡めてきた。
ふぁ!?
ちょ、ま、ダメェ!!
ダメだ。
反抗しようにも、体が、動かない。
何……これ?
は!
まずい、脳が思考するのを放棄しかけてる。
誰か、助けて!
「ちょっと~。こんな所で押っ始めないでよね。ここはただの宿なんだから」
そんな声が聞こえたと同時に目の前から聖女が引き離された。
そこにいたのは私や聖女よりも一回り以上もの体格の持ち主で、その人はいつの間にか聖女を片手で持ち上げていた。
当の聖女は首当てでもされたのか眼を回しながら気絶していた。
その人が誰なのか見覚えはあったが、頭の中がぼやけていて真面に思考は出来なかった。
しかし、服装から戦士ということだけは理解できた。
魔王様、私はこれから戦士の人を崇めることにします。
時代は勇者より戦士なのだと、この時の私の胸にしっかりと刻まれるのであった。