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3.バトル

ドラゴン一味に加わったはずのノムーラ&モルーカスは、株屋どもに襲撃され、絶体絶命、風前の灯火の運命を前に、さあどうする?



「わあ! どないしまんの、ノムーラはん」

「どないもこないもあるかいな。こないすんのや!」

とノムーラは額に貼ったお札を引き剥がす。それを見てモルーカスもあわてて自分の額からお札を引っ剥がす。すると、あーら不思議、みの虫状態だった二人の姿はパッと消え、何十本もの槍の穂先は虚しく空を突いた。


 「あれ? 消えたぞ」

 「どこ行った? あいつら」

 「すぽんと抜けたんじゃないか。下、さがせ」

 「いねえぞ。ほんとに消えやがった!」


「ふぅ、間一髪でしたなぁ。ほ」

「な。貼っといてよかったやろ、おふだ

ト胸をなでおろすのは隠れもなきノムーラ&モルーカスである。三体化のお札を手に、二人が居るところは森の入口近くの大木の上だ。二人は荒れ果て見捨てられた樹上小屋に入り込んでいた。ここで三体化し、お札を貼った本体以外の二体のうち一体はドラゴンの元へ仲間入りし、もう一体は斥候としてポバティ軍の動静を探っていたのである。


「かかれぇ!」

ト、ポバティ軍は一斉攻撃に入る。これを見てひと足先に敵陣門前に殺到していた株屋どもは目標を失って右往左往する。


「おまえら株の亡者ども! 我が方に付け! 我は欲望の王なり!」

とドラゴンが大音声に呼ばわれば、へへーっとばかり、あっさりと株の亡者どもは寝返った。


「あいつら、なにも考えんとさっさと寝返りよったでぇ」

「信念もなにもない連中ですわ。あんなんやから株で大負けするんや」

「あきれたヤツらやな。けど、しょせん株屋、ろくに戦力にならんやろ」

ト二人はポバティ軍が森の入口から進軍していくのを見届けて、後方支援に回るために木から降りた。そこへぽつんとやって来たのは神主である。魔物召喚でへとへとになりながら、出陣だというので後に従ってきたのだ。


「あ、神主はん。ごくろはんだす」

「おお、モルーカスはんにノムーラはん! わて、あかんわ」

「なにをいきなり泣きだすんや。どないしはった。お札は完璧やん」

「わてな、魔物召喚してほして言われたんやけど、弱っちいのしか出ん」

「そないにこんめんでも。にぎやかしくらいに考えときゃええのに」

「せやでぇ。あんた神主やから、滅多なモン出てこんわ」

「わてらも株屋やのに、こんな戦場に駆り出されて。もうカンベンや」

「もう帰ろか。その前に、おい神主。手伝うからなんか呼んでみるか」

「え。そやな。もういっぺん。ちいとは役に立ちそうなヤツを。ほい」


マカホンジャラカドラヤメンキオポラセホフフォエネインカーテソヤレ


「お。なんか風が巻きはじめたでェ」

「白いもんがうずから涌いてきましたがな」


ワカモンジャトシヤンケツオイキシデモドウジャラロホイナソヤレナ


「わ。だれぞ出て来ましたで。人や。ひょろっとして鉄兜かぶってはる」

「真っ白いヒゲやな。中国の詩人かいな。いや、西洋人や。洋服や」

「そうですな。髪型が中世の巻き髪みたいでっせ。眼光鋭く、こわ」

「あれ、この御仁は。ひょっとこいて、騎士道の大物の」

「え。まさか。ほんまに。ええええ。でも、なんで、こんなとこに」


パッパラヤホンマカンニンヤハヨカエリタイモスケッタラハラニメンヤ


「馬引けい! 我が友にして従士サンチョ・パンサはいずこぞ!」


「この人、にがり顔の騎士とか遍歴の騎士とか言われたあの御人でっか」

「まちがいないでぇ。奇想驚くべき郷士や。エラいモン呼んだな」


「そこの奇天烈きてれつな者ども、我が愛馬、ロシナンテを知らぬか!」


「なんか聞いてまっせ。答えんとマズいんとちゃいまっか」

「せやな。あー、わてら知りまへんでぇ。あ、もう一人出てきよった」


「おお、サンチョ。遅いではないか」

「あれ、だんな様。わしゃ、いまお馬の世話をしとったに。お馬は」

「ロシナンテも出てきおったぞ。おまえの驢馬もいっしょじゃ」

「ここはどこでげす。またへんな所に迷い込んだんじゃあんめえか」

「冒険こそ我が住処すみかなり。どこなりと怪しい風は大歓迎じゃわい!」


「ノムーラはん。あれ、本物やろか」

「モルーカスはん。あの人の場合、ニセ物の意味がない」


「そこの奇天烈漢ども。ものを尋ねる。ここはどこじゃ」


「へ。また聞いてまっせ。ここて、ほんま、どこでっしゃろ」

「知るかいな! あ、マルちゃんが何とかランドて言うとったな」

「は、せやった。そこのお方! ここはエターナル・ランドでっせ」


「なんと! ではここは、かのブレイブ・ポバティ殿の領地ではないか!」


「へ? なんで知ってはるんや」

「なんか、話がまたややこしい方へ転がりそうやでェ」


「して領主殿はどちらに。そのほうども、御苦労じゃが案内を頼むぞ」


「え。ポバティはんもさっき進軍していきはったんちゃう」

「せや。マルちゃんたち騎士に守られて馬上に居らはったわ」


「進軍? いくさが始まっておるのか! これは見過ごせぬぞ! サンチョ!」

「へえ、ここにおりますだ」

「馬引けい! おまえも驢馬で、それ、そこの兜をかぶってついて参れ」

「まだそったらこと言いなさるか。だいいち、これは金だらいでがす」

「それは正真正銘、兜じゃ。おまえの鈍いその頭を守ってくれたじゃろ」

「へえ。まあ、石つぶての雨あられのときは助かったけんど」

「それ見さっしゃい。つべこべ言わずと兜をかぶらっしゃい! 参るぞ」

「また、敵っちゅうのが、風車じゃあるめえか。そこの人、どうでがす?」


「わ、ノムーラはん。サンチョ・パンサがわてらに話しかけてまっせ」

「なんかワクワクするな。あ~、相手はドラゴンでっせ。火ィ吹く本物」


「ひ。ドラゴンでがすか! これはおめえ様の手にも負えねえこんだで」

「ひるむなサンチョ。わしがドラゴンと聞いて引くようなじんに見えるか」

「やめなせえ。おっ死んじまったら最後、姫さまにも会えねえでがすよ」

「わが姫、ドゥルシネーア・デル・トボーソを思えば、なおさら引けぬ」

「もう会えんくても、そう思いなさるか?」

「無論じゃ。姫への忠誠心と冒険あるのみ! いざ、ついて参れ!」

「やれやれ。また、とんだ災難でがす。あ、旦那様、待ってくだせえよ」


「あーあ、行かはったわ。どないなるんやろ」

「すんまへんな。わて、またへんなモン呼んでもうた」

「そないなことないで。知り合いみたいやし。エエんちゃう」

「ぐっどじょぶでっせ、神主はん」

「さあ、もうエエやろ。わてらも帰ろか」

ト三人連れだって、あの橋のたもとに戻った。ほこらの前にそろって立ったがなにも起きない。なにより肝心の風が吹いてこない。そよとも吹かない。


「どういう仕掛けなんやろ。風吹かんと帰りようがありまへんな」

「せやな。渦巻きみたいにここに吸い込まれんと、どないもならん」

「えー、わてら、帰られしまへんのか。わやや」

「マルちゃんが知ってるんちゃいまっか」

「う~ん。いくさやってるもんな。とりあえずあの酒屋入って考えよか」


 「おや。あんたら、戦に行ったんじゃないのかい」


「やることだけはやってきましたわ。後は居ってもじゃまやもん」

「それより、一杯もらおか。ワインとビールな。煮込みもたのむわ」


 「あんたたち、おアシは持ってんのかい」


「え。あ、そういえば、ここの通貨って」

「酒代も宿代もマルちゃんのほうで済ましてたやろ」


 「持ってないなら、なにも出せないよ。とっとと出てっておくれ」


「わてら、マルちゃんの客やでェ。ようそんな口が!」

「わて、ありますわ。小銭やけど、ちょうどお賽銭、数えてましたんや」


 「ふうん。銅銭かい。白いのや黄色のも。いいよ。お上がり」


「ふう。神主はんのおかげでひと息つけますわ。おおきに」

「そんなことより、わてら帰れますんやろな」

「風吹かんとどうしようもあらへん。マルちゃん待つしかないな」

「フファ! 熱ッ。うまッ。風吹けばよろしいやろ。風いうたら風神や」

「プファア。マズいビールやけど美味うまッ。せや。おい神主、風神だせ」

「げほゲホっ。なに言わはりますのや。そんな神さま、よう出しまへん」

「帰られへんで。ええのんか、それでも」

「いや、それは。よろしおす、背に腹は替えられまへん。やってみまひょ」

ト話が極まり、ほろ酔い気分で酒屋を出た一行は、橋のたもとのほこらへやって来た。やおら神主はさかきに見立てたオリーブの枝を振り回し、声を限りに祝詞をあげる。


カシコキカシコキヒイデシカミイデマセカゼノカミイデマセカゼノカミ


「エエイ! キエエエエエエイI! ヤア! トオオオオ!」

「あ、なんぞ出てきたで。風神かな」

「なんかっこいもんが出てきまっせ。カラフルな色や。あ、これは・・・」

「どれどれ。なんやこれ。今年流行ったミニ扇やないか!」

「電池入ってんのかな。ほこらに向けて、ほい。お、回った」

「団扇や扇子のほうがマシやがな。そんなモン!」


ひゅるるううう ピューー ブオオオオオオ ビューーーン!


「わ。風が! わあああ、吸い込まれるぅうう」

「ひゃああああ」

「おおおおお」


ぴゅうう~ ひゅううううう~ すポン! どた! でん!


「痛ててて。お、板や。板に戻ったでぇ」

「これ、板のほこらですな。ここから出る仕掛けでっか。ふーん」

「便利なほこらでっしゃろ。へ、ごくろはんでした」

ト三者それぞれにその日はもうすっかり疲れきって帰途についた。後日、季節外れの陽気に汗をぬぐいながら、板の郵便配達員がやって来た。


 「ノムーラさん。お手紙でーす」


「ほい。ごくろはん。たいへんやな、暑いとこ」

「こんにちは、ノムーラはん。おや、手紙でっか」

「いま届いたんや。だれからやろ。あ」

「どなたでっか。今どき、お手紙て」

「マルちゃんからや。どうやって届いたんやろ。切手貼ってるし」

「へえ。お礼の手紙でっかな。なんて書いてあるんでっか」

「いま開けるがな。どれどれ。えー、拝啓、ノムーラ様」


先日は我が主君、ポバティ殿のために尽力いただき、感謝に堪えない。おかげをもって、我が軍は勝利を得ることができた。幾多の犠牲を出したとはいえ、ドラゴンの侵略を防ぐことができた。清貧を以て徳と為す我が主君の日ごろの行いの賜物と民衆も喜んでいる。

戦はいつものことながら凄惨を極め、生き死にが交錯する修羅場であった。槍衾やりぶすまで馬が倒され、落馬した騎士が突かれ切られ、バラバラにされる、腕や脚が転がり、顔を上げれば血しぶきで視界が真っ赤になる。いちめんに土ぼこりと赤い霧が渦巻き、兵たちの怒号や悲鳴が立ち昇った。一進一退から我が軍は劣勢に陥りつつあった。あの株の亡者どもが寝返ったせいである。あんな者どもでも我が陣営で軍事訓練を受け、武器の扱いや楯の利用法も心得ているので、束になればひとかたならぬ戦力である。これはノムーラのとがで大いに責められるべきである。しかし戦場でそんなことは言っていられない。形勢不利なれば、いったん引いて立て直すことも考えねばならない。我が殿へ、その旨ご注進申し上げようとしたそのとき、両軍の旗がひらめく真ん中へ、ひらりと現れた者があった。老人だ。ひょろりとした老人が供を連れて現れたのだ。その老人は颯爽と馬を飛ばし、戦場を縦横無尽に駆け巡った。驢馬にまたがる供の者も突いたり切ったり、疾風怒濤の活躍である。ドラゴン側の陣形が乱れ、息を吹き返した我が軍はそのままドラゴン勢を押し切ることができた。老人は我が殿と昔馴染みのドン・キホーテ殿であった。東洋の幻術使いに呼び出されたと申されておったが、これはかの神主のことであろう。ドン・キホーテ殿は、ドラゴンと一騎打ちをなされ、これまたあっさりと勝利された。生け捕りにされたドラゴンは化けの皮をはがれ、その体内に囚われていたのは、驚いたことに我が父であった。父は欲望に取り憑かれてドラゴンの虜と成り果てていたのだ。しばらく逗留されたドン・キホーテ殿はまた新たな冒険を求めて旅立たれた。我が父はもう決して欲望に操られぬよう、株にも二度と手を出さぬと誓われ、我が殿の領地に家を得て静かな生活を送っておられるが、しかし、我が父のことゆえいつまでその誓いが尊重されようか。

長くなった。我が軍の勝利への貢献、厚く礼を言う。また、神主殿のお力添えがあったればこその我が方の勝利であった。神主殿へお伝え願いたい。報酬はなんなりと申すように。速やかに我が殿から御下賜があるであろう。さらば。

   サー・マルティ・オブ・ザ・グリーンフィールド謹んで記す


「あー疲れた。読むだけで疲れるわ」

「ごくろはん。ふーん。ドン・キホーテとサンチョ、がんばったんや」


「こんにちは。こないだの請求書もって来ましたんやけど」

「神主はん、こんにちは。ええとこに。マルちゃんから手紙来てま」

「へ、さよか。ふんふん。ほおー、ご褒美いただけるんでっか」

「せやで。なんでもお望みどおりや。ごっついでェ~」

「けどまあ、それは、よろし。これ、払うておくれ」

「え、わてとこで払うの? いくら? え。なにこれ! ぼったくりや」

「おふだ千枚、出張費と危険手当、召喚費締めて八百万円。掛け値なしや」

八百万やおよろずてしゃれてんのか。こんなん経費で落ちんでぇ」

「神主はんに七福神でも出してもろたらどうでっか」

「うーん。けど、やめとこ。どーせ福神漬けが関の山や」


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