両目の恋人、両目の夢
「別れたく無いよ」
そう言った彼女を、追いかけるか。
夢を優先して、手放すべきか。
俺の頭は重く、脳はフルに回転して答えを出したいと願っているのに、鈍い痛みを感じるだけであった。
同じぐらい愛している。
夢も君も。
チャンスは、いまだけ。
君は1人だけ。
どちらも、手に入れたい。
でも、出来ない。
彼女のお腹には、俺の子供がいる。
結婚して、働かなきゃ養うことはできない。
夢は、俳優。
18で事務所のオーディションに受かり、所属した。
地道なレッスン、まめなSNSの更新。
地方営業、睡眠時間を削ってバイトして、
先輩からの呼び出しがあればすぐに行った。
25歳の今、マネージャーが映画のオファーを持ってきた。
でも、それと興信所の書類。
彼女の存在と、彼女の妊娠。
「一緒に頑張ってきたのに、裏切られた気分ですよ。」
40過ぎのおじさんが、顔を歪め、涙を堪えるように言った。
「下すか、降りるか、貴方が選んでください」
その日、彼女に会った。
柔らかい笑顔と猫みたいなふわふわの髪。
俺を何より分かっていて、長い間支えてくれた。
俺より何倍も我慢して、我慢して、影で泣いていたのを知らないふりをした。
どんなものより、大切にしたい。
今までの努力を無駄にして、就職するか。
夢を掴むために、他の全てを手放すか。
「美咲、俺に隠していることないか」
喫茶店に入るなり、美咲にきいた。
美咲の顔から笑顔がなくなり、一瞬で青白くなる。
「え、ど、うして、知ってるの」
美咲の声は小さく、震えていた。
「マネージャーが興信所に依頼して、俺の周りを調べたみたいだ。映画の話があって、これからTVへの露出も増えるから」
美咲と目が合う。
美咲は青白い顔のまま、俺の目から逃げるように俯いた。
「産みたい」
血がぞわりと湧き上がった気がした。
今まで支えてくれていた彼女が、自分に向かって、夢を諦めろという。
「ゴムしてなかった日なんて、無いよな」
本当に俺の子かと、続く言葉を飲み込んだ。
美咲は吐きそうな顔で、
「先々月、に、酔っ払ってうちに来た日に、つけてたゴムが取れていたの。私も朝、気がついた」
美咲は泣いていた。
「産みたい」
マネージャーに釘を刺された。
過去のことに出来るのは、今まで、これからの事は、無理だ。隠して産むことも彼女と付き合い続けるのも。
手放したく無い。
どちらも。
2人で居た時間も、努力してきた時間も
どちらかを選んだら、どちらかは無かったことになる。
「なんで」
韻を踏みたいお年頃。




