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playball  作者: 夜光虫
3/3

3.幼馴染み

コンコン


「どうぞ」


「よ」

 引かれたドアの先に亮介がいた。

「打ち上げ、終わったんですか?」


「バーカ。主役がいないのにできるか」

「別に気にしなくていいっす」



「気にするよ……俺が言うのもだけど、意外に元気そうで良かった」

「まあ、ショックじゃない訳じゃないけど初めてでもないし」


「初めてじゃない?」


「ん?あー、いやこっちの話」

「そ、じゃあ俺からは終わり」


「もっと色々聞かねーの」

「聞いてほしい?色々」

「別に」


「お前が思ってたより元気だから十分」

「じゃあ帰れよ」

「いや、色々と聞きたそうにしてるのも来てるからちょっと待ってて」


 着いてきてるって真白でも来てんのかな。


「い……わたし………える」

「なーに言ってんだよ。心配なら直接聞けよ」



 今のは真白の声じゃないな。

 扉の外での問答はしばらく続いた。


「いいから、入る!」


 セーラー服の少女が引き戸から押し出される形で現れた。


「月島…?」

 亮介の妹で俺と幼なじみの月島乃蒼だった。


「あ…えと…お邪魔します…」


「はあ…どうぞ」


 みるみる月島の顔が赤くなっていく。

「じゃあ私はこれで」

 それだけ言うと帰ろうとする。


「待て」

 すぐさま亮介に捕まる。

 そのまま月島は固まった。


 えーと何だこれ。

「とりあえず座れば?」

 ベッドの横の椅子に促す。

「え?わたし?」

「うん」

 他に誰が居るんだよ。


「ああ、うん。えっと…失礼します」

 座るとそのまま無言の月島。


「聞きたい事って?」

「へ?」

「いや、俺に何か聞きたい事があるみたいだから」

「ああ、うん。そう聞きたい事…聞きたい事…」

 呟きながら視線は右へ左へと動く。


 そして一点で止まる。


「お兄ちゃん、少し外してくれる?」

 亮介と目があったらしい。


「はいはい、後は若いお二人でどうぞ」


 亮介が出ていってからも月島はそわそわして落ち着かない。


「珍しく挙動不審ですね。月のお姫様」

 茶化してみる。


 スラッとした細身で女子としては高い身長。

 背中に伸びる黒髪は艶があり絹の様に美しい。

 形の良い唇に切れ長で大きな瞳。

 クールな美貌に気品を感じさせるお嬢様然とした佇まい。その上に成績優秀、運動神経抜群と非の打ち所の無さから月島乃蒼は月のお姫様と呼ばれている。


「…その呼び方はちょっと…」

「嫌なん?」


「嫌っていうか…皆が私を褒めてそう言ってくれてると思うけど、私はそんな大層なものじゃないっていうか。何て言うか…えっと…今は幼馴染みの月島乃蒼がいいなーって」


「…駄目かな?」

 やや潤んだ瞳で見上げられる。


「別にいいんじゃねーの」

 ドキッとした俺は素っ気なく答えた。


「ありがとう!」

 何故かうれしそう。

 最近は見た目のイメージ通りに大人びてクールになり表情も減っていた月島。

 そんな彼女の表情が今日はコロコロ変わる。いつもと違う状況にまたドキドキさせられる。


「それで幼馴染みの月島さん。今日はなんの御用で?」


「意地悪…」

 今度はムッとする。


「ははは、冗談だよ。それにしてもこうやって話すのなんていつぶりだっけ」

「中学2年生以来だよ」

「そうだっけ?」

「うん。ちゃんと覚えてるもん」

「確か話さなくなったのはお前がツンケンし始めたからだよな」

 実際そうだ。俺達は幼馴染みというのもあり、ほとんどの時間を共に過ごしたが、ある日から月島が俺の事を避け始めた。

 まあ男女の幼馴染みなんて得てしてそういうもんだと思う。


「ツンケンってそれは直!…じゃなくて夏木君が悪い…です」

「俺が悪いだ?」

「えっと…その…夏木君が夏木君じゃなくなっちゃう…みたいな」

「なんじゃそりゃ」

「ほら球数制限したり夏木君が投げないといけないのに投げなかったりとか」

「まあ俺の球、捕れる奴いなかったし」


「え?そんな理由だったの?」

「うん」

「プロに入る前に肩がすり減るからとか故障のリスクが増えるから嫌だって言ってたのに?」

「まあ、それは照れ隠しっていうか」

「何それ」

 月島は穏やかに笑った。



「今日の夏木君…すごく格好良かった」

「そりゃどうも」

「今日だけじゃなくてね。チームを背負って投げてる夏木君はやっぱり格好良いって思った」

「褒めすぎ」

「ううん本当に格好良いよ。それでね思ったの…私が勝手に遠くに感じただけで夏木君は何も変わってないって」

「うん」

「それでね…それで…もしね、もし夏木君が迷惑じゃなかったら…また昔みたいに戻りたいな…とか言ってみたり…」

 顔を真っ赤にして最後の方は消え入りそうな声で言った。


「はあ!?」

 つい大声を出してしまった。

「あ、迷惑ならいいの」

 悲しげに目を伏せる。

「迷惑じゃねーよ」

「え?」

「別に迷惑じゃない」

「本当!?」

 今度は顔を綻ばせている。

 今日の月島は多彩な表情を見せる。

「うん」


「えっと、ありがとう」

「聞きたい事ってそれ?」

「あ!!聞きたかった事!」

 パチンと両手を胸の前で合わせる。


「違う違う、私の話をしに来たんじゃないの!えっとね、お医者さんから聞いたんだけど…えっと…」

 月島はそこまで言うと気まずそうに黙ってしまう。


「もう投げられないって?」


「うん…そう」

「何?心配してくれてんの?」

「当たり前だよ!」

 バッと勢いよくこちらに詰め寄る。

 吐息を感じる距離。


「月島、近い」


「あ、ごめん…心配…するよ。野球が大好きでプロ目指してるのも知ってるから」

 シュンとして今にも泣き出しそうな月島。

 本気で心配していて本人よりも落ち込んで悲しんでくれてるのが分かる。


 月島を悲しませたくない。そう思った。


「大した事ねーよ」

「え?」

「別に左手じゃなくても投げれるし野球は投げるだけじゃねーだろ」

 努めて明るく言った。

「でも」


「まあ、こいつも治るしな」

 俺は左肩を指した。

「うそ」

「嘘じゃねーよ」

 今回は壊れるまでの経緯が違うから確実とは言えないが、こっちに来る前は痛くなかったからたぶん大丈夫。


「でもお医者さんが…」

「俺と医者どっち信じる?」

 目と目が合う。


「お医者さん」

「はあ!?そこは俺だろ」


「嘘。夏木君のこと信じる」

 笑いながら月島はそう言った。


「じゃあ、もう泣くなよ。手術もしないし、点滴したら帰るし」

「泣いてないよ。ん?点滴?」


 キョトンとした目線が俺の腕から点滴のパックへと移っていく。


「点滴…大丈夫?」


 まるで初めて気づいた反応…いや確実に今気づいたな。


「軽い熱中症だから念のためだってさ。それにしても相変わらず抜けてるのな、お前」

「自覚はしてるけど人に言われるとムカつく。」

「それはすいませんでした」



「そういえば俺も聞きたい事あるんだけど」

「何?」

「何でマネージャーなんてやってんの?」

「何でって…」

「いや、だって月島も運動神経良いし中学の時もテニスやってて、かなり強かったじゃん」

「強いかは分からないけど」

「でさ今も色んな部活誘われてんのに何で野球部のマネージャーやってんの?」


「それは…好きだから…」

 顔を赤くし、エヘヘと笑う。

「マネージャーが?」

「確かにマネージャー仕事も好きになったけど、その前からだよ」

「その前って野球?そんな好きだっけ?」

「野球も好きになったけどそうじゃなくて」

「うーん…じゃあ亮介!」

「えっ?お兄ちゃん?」

「昔っから亮介の後着いてまわってたもんな」

「えーと違うよ。私が追いかけてたのは直人君だよ」

「俺?」

「だって私が好きなのは…」


ガラガラッ


「直人」


 ノックもなく開けられた扉にはピンクブラウンの髪の毛にブレザーを着崩した少女が居た。


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