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七、月は見守る


細々と寝支度を整えていた焔碍だったが、珍客のおかげで実行に移されることはなかった。まあ、一日寝なくても、大丈夫だろう。それこそ若いころは不眠不休で動いていることなんて当たり前だったのだ。

あっという間に過ぎ去ってしまったときを思うかべていた焔碍に、黙り込んでいたその客こと琉賀は重い口を開いた


「………おい、くそじじい」

「くそじじいではないわい」

覇気のない琉賀の声を焔碍はわざと茶化してみせたが、彼の様子は変わらなかった。

「……知っていたのか?」

「なにをじゃ?」


一拍おいて琉賀の無感情な声が響く。

続きを促す傍ら、焔碍はいつものように、自分の相棒の手入れをしていた。慣れた動きで、丁寧に労わるように剣を磨いていたが次の言葉にその手をとめることになる。


「――――彼女が、なにからまもってほしいか」


静寂の中、風が強いせいか窓枠が音をたてた。十分な灯りで満たされた室内が、暗さを増したのはただの錯覚。

焔碍の脳裏に琉賀の指し示す人物の顔が過る。


「いんや。しらんよ。本人に尋ねても、こたえはもらえんかった。だから、あ奴の思いも考えも。本人のみぞしるところじゃ」


焔碍は剣を置くと、意識して息を吐いた。目を閉じれば、もう顔を思い出すことができないかつての同胞が浮かぶ。覚えているのは、とても勁く、美しいひとだったこと。ただ、それだけが脳裏に強烈に焼き付いていた。だからこそーーー。


「………ただ」

「ただ?」 

「いや、……まあ、むっかしからの付き合いだが、随分とまぁ黒らしいなぁとは思ってはいたがな」

「黒らしい?」


琉賀は怪訝そうに眉を寄せた。――――無理もない。国内でも知られていないことだ。それにしる必要のないことだ。


「まぁ、儂も赤の血を受け継いだからのぅ。なんと、言えば伝わるのか正直な話わからんのだ」


自分にとって当たり前のことを言葉にするのは至難の業だ。第一に、それが他とはちがうなんて考えもしない。


「王には王の。貴族には貴族の。それぞれに役目がある。それは五色家の出のものも例外にあらず。五色を名乗るならば、果たさなければならぬものがある」


諳んじるように、厳かに告げる焔碍もまた、五色の一角。『王の剣』たる赤家として生まれ、人生を歩んできた。


「だから、なのかもしれん。それぞれの一族が、それにふさわしく育っていくのは。その血脈らしく」

「らしく、というのは?」

「それぞれの家には、それぞれの役割というか、役目というか、まあぁ、そういうのがある。それに呼応するような性質をもってうまれるということじゃ。…………まあ、それ故に時たま例外もあるがのぅ」


からっと一笑した焔碍によって重苦しい雰囲気が霧散した。

―――ここまで、ということだろう。

琉賀は癖になりそうなため息をまた1つ零した。

わかっていたことだが、どうして詠玪が『自分を殺せる者』を求めていたのかは解らなかった。……結局のところ、「こたえ」は本人から聞くしかないのだ。

琉賀は目を閉じて切り替えた。


「………分かった。もういい。――――だが、これは知っているだろう?なぜ、今まではいなかった専属の護衛を急に了承したのか」

「本人が自分より強くないものは、と申してのぅ」

「……本人が、というより周りが、だろう?というか、鍛えた本人が何をいう」


普通護衛を雇うならば、自分のことをまもれる人間だろうが、そういったことはきっと詠玪は気にしないだろう。それどころか、『些末なことでしょう?』とか言いそうである。

琉賀の脳裏には護衛を逆に護る姫という絵が浮かんでいた。

まだ短い付き合いながらも詠玪の性格をつかみはじめてきていた琉賀の予想はきっとあたっている。

その証拠に原因の一端を担ったであろう焔碍は目を逸らしたままである。


「……いや、だからのう。おぬしを紹介したじゃろうが!」

「…………へえー、責任をとったわけだ」

「いや、だから儂も反省しとるわ!!」


自覚があったことを暗に仄めかされて、力は開き直った。


詠玪を育てあげた一人の師である焔碍は、実のところちょっと反省をしていた。力は強さだ。戦う術は色々あった方がいい。されど、あそこまで武力を強くする必要性はなかったような気がしないでもないのだ。


黒家に訪れる度に、昔馴染みの家令はまあいいが、他の、特に侍女からの視線が痛かった。年の離れた弟のように思っていた詠玪の父、岑廼にも、珍しく少し困った顔を向けられたのが意外と堪えた焔碍である。



「いや、でも儂だけじゃないわ!!うちの上の息子とか、その奥方とかが色々教え込んだのじゃから」


「…………………はっ?」


責任転嫁をするように叫ぶ焔碍に、琉賀は思わず呻いた。――――今、とてつもなくおそろしいことを言われたような。


「――――まっ、まあ、今更言っても仕方がない」





琉賀は礼儀正しく聞かなかったふりをした。もし、想像通りの人物であるなら琉賀にとっては無闇に触れたくない存在だ。―――わざわざ虎の寝床に出向くほど琉賀は命知らずではない。




「まて」


「大丈夫です。問題ない。なにもきいてない」


「いや、」


「オレナニモシラナイ」



頑なな琉賀の態度に焔碍は、それ以上言うのをやめた。気持ちは、まあわかる。――――――いずれにしても、あの事もそのうち知るだろう。

と、焔碍は珍しく気を遣った訳であるが、後にその事実を知った琉賀に激しく問い詰められることをこの時には分かるはずもなかった。


焔碍がこれ以上なにも言わない様子に一安心した琉賀は話題を元に戻した。



「……で、何で急に護衛官が必要になったんだ?」


いないこと自体がおいしいが。そこには蓋をして。

今までは、彼女の傍に潜む存在だけで事足りたにもかかわらず、今までは良しとされた事態を、()()()()()()()()になって、変えようとしているのか。


「まあ、うん。ちょっとなぁ。危険が増えそうだったのでな。潜むものだけでは、不都合が生じるだろうと思ってのぅ」

「危険?」

「ふむ。どこにでも一定多数のばかは存在するんじゃよ」


焔碍は鼻で笑った。苦々しさが滲み出た声に、琉賀は軽く目を見張った。――――珍しい。


「どこぞの。バカがバカをする事態が発生するのか?それが、あのお姫様に関係あると」

「まあ、詠玪のことだから鮮やかな手際で片づけそうではあるが。……手札は多いいに越したことはないだろう?」

「……ようは、ただの心配性か」

「そうともいう」


いい笑顔の焔碍に、呆れた琉賀は後頭部に手をやった。

髪の毛はすでに乾ききっていた。


「まあ、いくら『強い』からと言って無敵なわけではないしのぅ」


ほやほやと胡散臭さを漂わせた焔碍は、琉賀が危惧した可能性を示唆しているのだろう。

表情を改めた琉賀に思わず焔碍の口角が上がった。

焔碍は、この拾った厄介で生意気な子猫を気に入っていた。自分の愛する妻も、この傷だらけのこどもを可愛がっていた。

しかし、出会ってからおよそ二年。その間にも瞳の奥に浮かぶ虚無は消えなかった。

琉賀がどう生きてきたのか、詳しくは知らない。だが、焔碍はこういう目をしたものを知っている。

寒々しく、空虚な中に詰め込まれた、怒りと諦め。大切なものを失った者の瞳。

それを埋めれる存在は赤州にはいなかったようだが。



琉賀にとっても、詠玪にとっても良き縁を繋げたことに安堵の吐息を漏らした焔碍の様子を、月だけが見守っていた。

 

***


夜も明けきらぬ頃。太陽が出ているときよりも涼しさを感じながら、未だ夢の中の住人を起こさぬようにこっそりと準備をしていた焔碍は手を止めた。

近づいてくる見知った気配に、焔碍の目じりに皺がよる。


「ばれてしまったなぁ」


「師匠の苦手なことぐらいわかっていますから」


誇らしげにされると、こちらの方が照れくさい。焔碍は右の人差し指で頬をかいた。

馬を連れてきた琉賀は焔碍以外の存在がいることに気が付き、あぁーという顔をした。


「せめて、きちんと見送らせてください」


(妻と同じことを言うのぅー)

焔碍の奥方も、夫が見送られるのが苦手で何も言わずに出発しようとすると、柔らかな微笑みを浮かべなから夫の姿が見えなくなるまで、その場にとどまるのだ。

焔碍は面映ゆい思いになった。詠玪も、赤州で過ごす時間が長かったからいつの間にか映ってしまったのか。

旅支度はほぼ済んでおり、馬に積むのもすぐ終わり本当にあとは出発するだけだった。


「ようっとな」

男たちはひらりと馬に跨り、随分と低くなった詠玪をみた。



掛け声が出てしまうのは、歳をとった証か。


「さて、ではまたな」


別れではなく、再会を約束するのは、昔からの願掛けのようなものだった。


「はい。またいつの日か」


そして、守れない約束はしない詠玪がこれだけは不確かでもするもの。


「琉賀様も道中お気をつけて」

「ありがとうございます」


詠玪はそれだけしか彼に声をかけなかった。対する琉賀も端的に応じて軽く頭を下げただけだった。


「では、行くとするかのぅ」


焔碍はただ黙って二人のやり取りが終えるのを見ると、ゆっくりと促した。どちらかにだったかも知れないし、もしくは両名にか。

琉賀は頷くと、焔碍の後ろに着いた。数歩馬を進めて、気がつく。大事なことを忘れていた。

詠玪は自分の元へ再び戻ってきた琉賀に目を丸くする。



「?忘れ物でもありましたか?」

「はい、忘れものです」


きっぱりと答えた琉賀はそのまま続けた。


「多分、諸々ありますので、十日です」

「十日?」

唐突な物言いに戸惑って繰り返した詠玪に、琉賀は晴れやかに笑った。

「はい。それまでに、俺の部屋を用意していただけると嬉しいです」

どんどん目を丸くする彼女の表情をこれから幾度見られるのだろうか。―――そんな心が期待に踊ることは久しくなかったことに気づいて、琉賀はまた笑う。

「帰ってきたときに、改めて言います。では!」


琉賀はまた器用に手綱を操ってくるりと方向をを変えると、詠玪の反応は見ずに、逃げ出すような勢いで馬を走らせる。


「――――っ、用意しています!だから、っ、いってらしゃい琉賀!!」


大きな声でその背に投げた言葉は届いたのだろう。片手を上げた彼の姿が何よりの証拠。

詠玪の後ろで、気配を消して控えていた丹邑は目尻を下げた。


(一先ず、護衛に関しては大丈夫ですね)



うっすら空が色づきはじめ、日の出を告げる。明けない夜はない。


焔碍と琉賀がたって、数刻後。早馬が黒邸に到着した。

王家の紋章である鳳凰印が押された、正式な公文の一文にはこう書かれていた。


『黒候直系長姫、黒詠玪姫。王城召喚』と。



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