序
太陽が天で輝く今日。
子供たちは元気よく遊び、商人は客引きのため声を出し、客は値切り交渉をし、はたまた、仕事に勤しむ者もいて。
相も変わらずの、賑やかな城下町。
とは、裏腹に、城内はいつもと雰囲気が違っていた。皆が皆、何処か気もそぞろといった感じで、落ち着きがない。
そして、そんな城内のとある一角では、しんと張り詰めた空気を醸し出していた。
「陽隼氏と美蘭氏両名は、詠玪氏に対し、賠償金の支払いを命じる。また、陽隼氏は、詠玪氏との重大な契約違反となるため、」
「司法長官、何をおっしゃられる!?」
「そんな、私、悪いことはしていません!!」
ありえないといったように、司法長官に言葉を投げつける両名の姿は、この特別な最高司法院に置いて相応しくない。
詠玪が真っ直ぐ、凛とした面持ちで司法長官の言葉を受け止めているのとは違い、遮ってまで、喚く陽隼と美蘭。
差が目に見える形にとなってしまい、周囲の目がさらに冷たくなる。
少し前に、この場において、最大な権力をもつ最高官の司法長官から直々に注意されたことも忘れているのだろう。
司法官吏は、他の官職とは違い、司法官吏となるための必要ないくつかの特殊条件が存在する。
その中でも必須条件の一つ、『己の感情を表に出さない』という、鉄壁の仮面が徐々に崩れている。
だが、傍聴席にて、陽隼と美蘭の言い分を聴いた者たちは、司法官と長官に同情していた。
ここまで話が通じなかったにも関わらず、逆に、よくぞここまで、表情を保てたものだ。
さすが、国内でも、一二を争うほどに難しい試験を突破せし者達であると、感心の念さえ抱いていた。
それ程に、彼らの言い分が理にかなっていなかったのだ。
ちなみに、司法省と並び、医療庁の試験が、国の難関試験で有名である。
昇級試験は、これまた難しく、出世を見送ることになった者も存在したり。
入試試験合格だけでも泊がつくと評判だ。
そして、それなりの地位にいる人物には、尊敬の念が集まり、異性からのお誘いも絶えないという、真偽の定かでない噂もある。
閑話休題。
「愛する人と一緒になることの何が問題なのですか!?」
かん高い声に、耳を塞ぐ者もいた。
問題がある、逆に問題しかないからこそ、この場が設けられた。その事を理解出来ていない美蘭の言い分に、詠玪は内心ため息をつく。
(やはり、彼女に言い含めることは、無理だったようね。)
視線を横に流すと、彼、陽隼が、必死に美蘭を宥めていた。
彼女の背に、手を添えて何かを囁く。
流石にこれ以上騒ぐことが得策ではないと、陽隼も理解しているのだろう。
美蘭とは違い、陽隼は王位継承権第一位の持ち主であるからして、充分な教育環境で育ってきたのだ。
一端の貴族が知らないことも、知らねばらならい立場だった。
気づくのが、遅すぎたようだが。
「――以上をもって、閉廷致します」
慣れているからだろうか。食ってかかられた筈の長官は、意に返さず、判決を言い渡し、そのまま終わらせてしまった。
証言、証拠ともに出揃っており、詠玪と陽隼の間には婚約に関する契約書も存在したため、言い逃れの余地もない。
本来であるなら、司法長官直々に出る必要のない婚約破棄に、最高司法院まで開かれた理由は、陽隼が王族であったため。ようは、茶番なのだ。
長官の言葉を受けて、司法院専属の軍官は、美蘭を中心に囲み、早々と退室を促していた。
鮮やか過ぎて、彼らがどれほど不満を溜めていたのかが、よく分かった。
傍聴席側からきこえた失笑は、聞き間違いということにしておこう。
開け放たれた扉からは、新鮮な空気が入り込んでくる。
がやがやとそれぞれ、出口に向かっていく中で、動かずにいた詠玪は目を閉じた。
時間にすれば、ほんの一瞬。
開かれた瞳は、奥に雷光のような強い輝きを宿していた。
同じく、席から立たずにいた聖職者によく間違われる、柔らかな笑顔を浮かべた、この場の支配者に、彼女は流れるような簡易な礼をすると、その場を後にしたのだった。
龍烈は、遠縁で可愛がってもいる詠玪の背が見えなくなると、天を仰いだ。
陽隼が、許嫁であった詠玪に、婚約を解消を告げた場面にも居合わせたが、正直言えば、わけがわからなかった。
何故、こんな事になったのか。