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Final Resolution 1.8!!

作者: タオ・タシ

Gage☆Change Truck 2


「えーと、駅を出て左……」

「なんでメール見てんだよ。あれだろどう見ても」

 千早をたしなめた優菜の眼はバスを見つけていた。なぜなら、その横っ腹には鷹取家の家紋が、点灯し始めた街灯に照らされているのだから。そして、その近くでブンブン手を振っている女子たちと隼人も。

「わ! くるみちゃん! 元気になったんだね!」

 そう、勢いよく手が振れるくらい、長年患っていた病気がようやく快方へと向かっているのだ。

 1月末の寒風をものともせず近づいて、再会を喜び合いながら、バスに乗り込む。

 席の一つに収まるや、圭がさっそく茶化し始めた。

「めっちゃいいもん食ってんだろうなぁ」

「そんなことないですよ」

 とは姉のなごみの反論。隼人も横から口を添える。食材は確かに一級品なのかもしれないが、メニューはいたって普通なのだそうだ。

「それをお義母さんが張り切って毎朝作ってるから、くるみも栄養が取れたんだと思うぞ」

「すみませんね、わたしがずぼらで」

 拗ねて見せるなごみとも、久しぶり。血色が良くなったのは、やはり不安定だった生活から脱したからだろう。

 そこを指摘してみると、笑顔でうなずかれた。

「そーなんですよ。逆に栄養過多で、毎朝庭をウォーキングしなきゃいけないくらいで」

 かつて鷹取屋敷を訪問した時のことを思い出し、

「広いからウォーキングしがいがあるな」

「ええ、お引越しした時、『最寄のコンビニまで片道30分です』って言われて絶句しちゃいましたよ」

「「プチ秘境やね、正味の話」」

 そうコメントして笑いを取った双子は、隼人に話しかけた。

「「虐められてへんの? お姑さんとか小姑さんに」」

「全然。屋敷が広すぎて、飯の時くらいしか接点がないし。用がある時も別にツンケンされてないし」

「むしろあのオッサンたちだよね」

 そう口を挟んだのはくるみだった。一瞬眉根を寄せたなごみが腕を押さえる。

「もぅ、くるみ。あんまりそういう話を外でしゃべるもんじゃないよ」

「いいじゃん、別に」

「それに、アレですっかりシオシオになっちゃったじゃん」

 また言い返したなごみだったが、優菜も含めたみんなの視線に耐え切れず、妹と交互に『アレ』の話を始めた。



 お引越しをした日のこと。

 屋敷に到着時から、沙耶は首を傾げていたそうだ。『やけに召使の数が少ない』と。

 隼人と沙耶、なごみとくるみの部屋をそれぞれ案内された後、疑問は解明された。なんと、親族が多数集まってきていて、大広間で昼食会が催されるというのだ。沙耶の母が娘に内緒で方々に電話をかけまくって引越しの日取りをしゃべった結果、自然に集まってきてしまったのだ。

 それの準備に動員されていたのかと話しながら大広間に移動し、昼食会――というか、隼人兄妹のお披露目会に参加する。あいさつは隼人が代表して(くるみは大勢を目の当たりにして既に動悸が激しくなってしまったので)行い、賑やかかつ和やかに会は進む――はずだったのだが、ハプニングが起きた。

 わっと押し寄せた鷹取や海原の男子の波。その勢いに、くるみが目を回してしまったのだ。

 別室に寝かされたくるみに付き添っていると、1時間ほどして優羽が様子を見に来てくれた。感謝しながらも、優羽のどこか膨れた表情を邪推したのだが、それは外れた。

『まったくもう、あのオッサンたちったら』

『もしかして、次は優羽ちゃんだねってからかわれた?』

 別の推測も外れて、聞かされたのはどうにもこうにもな話題だった。

 義兄の隼人は、正直言ってどこの馬の骨とも分からない男である。それが不満で、とある良家の坊ちゃんを沙耶の婚約者に据え直そうという人たちがいるのだそうだ。

 そろって他所人の婿養子たちらしいが、

『……今さら?』

『うん。そいつらがね、隼人先輩にネチネチ嫌味を言ってたし、総領様たちに壮梧くんを薦めたりして、マジむかつく』

 そう吐き捨てた優羽は、ぼそりとつぶやいた。

『家柄やお金でお婿さんが選べるなら、誰も苦労しないのに』



 優羽のつぶやきは、驚きをもって優菜の脳裏に再現された。いや、優菜だけではないようだ。ほかのみんなもそれぞれに思いをめぐらせているように見える。それは半年前の騒動で、不満分子の大多数をなしていた婿養子たちが一掃されていないということだけではないだろう。

 陽子の席から身じろぎをする音とともに、ぼそりとしたつぶやきが聞こえてきた。

「優羽が愚痴るなんて、よっぽど腹に据えかねたんだね……」

 確かに、彼女はいわゆる『発展家』であり、その気になればより取り見取りだろうと噂されるくらい艶聞の絶えない女子である。

 鷹取家がボランティアの後援者となって1年余り、その一族が体験した悲恋はいくつか――時には具体的な人名もついて――耳に入っているが、そんな呪いなんて笑い飛ばせそうなくらいの賑やかさなのだ。

 そしてここにも、艶聞の絶えない女がいる。周囲の雰囲気を気にしないという意味でも、優羽と同類の。

「んでんで? そっからどうシオシオになるの?」

 くるみを促するいの瞳はもうキラッキラで、通路を挟んだミキマキすら引き気味なくらい輝いている。

 だが、くるみの反応は逆に出た。いきなり青くなって塞ぎこんでしまったのだ。心なしか震えているようにすら見える。横から姉が肩を抱いて、優しい声をかけ始めた。

「うんうん、怖かったもんね。私が残りを話すから」

(まあシオシオっつうんだから、何か騒動があったんだよな)

 優菜のその推測は大正解だったことがすぐに分かる。



 優羽のつぶやきをなごみが黙って受け止めた時、沙耶が部屋に来た。そして尋ねてきたのだ。

『隼人様、どちらにいらっしゃるのかしら?』

 しばらく前から姿が見えないらしい。なごみたちも知らないと答えるのを待ちきれないように、沙耶は慌しく出て行った。

 そして障子が閉まると同時に、優羽がにやりと笑ったのだ。彼女から説明された裏の事情は、今日引っ越してきた身としてはリアクションに困る内容だった。

 隼人は注文してあった婚約指輪を受け取りに、街へ行ったのである。それを本人から告げられた総領が、昼食会場に忘れられていた隼人の携帯を見て、悪戯心を起こした。沙耶にだけその事実を告げず、一族にも使用人にも緘口令を敷いたのだ。

 沙耶を失意と焦燥から急上昇させる。そしてそのやり取りを隣室でこっそり聞いて楽しむ。母親とはいえ正直悪趣味だと思ったが、そこは新参者、言い出せずに本番を迎え――

「どーなったの?」

「分かって訊いてますよね? 大激怒ですよ、沙耶ねえさん」

 あまつさえ、『母様あれですか? 娘の祝言を控えて無念の急死ですかそうですか!』と鬼還りすら始めてしまったのだ。

「で?」

 と優菜が促すと、今度は隼人がやるせないといった顔で答えた。

「止めたよもちろん」

「……どうやって?」

「チョップして」

 目の前で鬼還りしていく沙耶の脳天にチョップを打ち込んで、『親に向かってなんてこと言うんだ!』と怒鳴ったそうだ。

「え? 怒るポイントそこですか?」

「そこだけじゃないよ、まったく」

 隼人はそこでむっつり黙ってしまい、プルプル震えるくるみを抱きながら、なごみが言葉を継いだ。

「もらったばっかりの婚約指輪、ブッチギッちゃったんですよ、ねえさん」

 鬼還りのせいで指が太くなり、切れ飛んでしまった指輪。それを見て、隼人が怒り出したのだそうだ。

「うわあ……」

「もうわちゃくちゃね」

「うん、それは怒っていいな」

 最愛の人から怒られたショックと、『婚約指輪を切る』という縁起でもないことをしでかしてしまったショック。その2つが相まって、沙耶はごめんなさいしか繰り返せず号泣してしまった。

 その彼女を隼人が胸であやしながら、一同を夕食会場へお引取りいただいたのだが、最後に締めが待っていた。

 大広間にへたり込んだ婿養子たちの首謀者に――すっかり怯えて青くなっている男たちのリーダー格に――海原家の当主がゆっくりと尋ねたのだそうだ。

『その壮梧って方、私よく存じ上げないんだけど……あの鬼の制御、できるんでしょうね?』

「……ああ、それでシオシオにね」

「寿命、縮んだんだろうな……」

 優菜たちがあの地下洞窟で見た鬼は、まさに鬼気迫る威風といかめしさ、そして圧倒的な破壊力だった。その激怒が直に向けられたのだ。命があるだけ儲けものだろう。

 隼人が振り返った。その顔には憂いがありありと出ている。

「みんなも気を付けろよ。あいつ、ヤバイぞ」

「婚約者の台詞じゃないね……」

「なにがどうヤバイんすか?」

 隼人の即答は、みんなを凍りつかせた。

「あいつ、他人を虫けらとしか思ってないぞ。俺以外の」



 そんな話をしていたら、これだよ。

「お帰りなさいませ、隼人様」

 噂の鬼、もとい沙耶(人間態)が隼人を出迎えたのた、しかも、玄関に三つ指突いて。

「いやあの、沙耶、そういうのあんまりみんなの前で――って、ちょ! 引っ張るな!」

 面食らいと半笑いが50:50なみんなの雰囲気に慌てた隼人の抗議も空しく、沙耶は起き直ると満面の笑みで、隼人の腕を取ると奥へ引っ張っていってしまった。

「――ってちょっと! お客は無視?!」

「最初から全開だね、沙耶さん」

「ボクら、完全に眼中に無かったよな……」

 などと玄関先でワイワイやっていると、

「ハイハイ、お待たせしました」

 と言いながら、琴音と鈴香が笑顔で奥からやって来た。神谷姉妹を手伝ってみんなの外套を受け取りながら、

「すみません、ああいう人なので」

「苦労してるね、琴音ちゃん」

 ワイワイやりながら案内されたのは、20畳ほどの大きな座敷だった。机が一列に並んだところに、沙良と優羽が座布団を並べている。

 挨拶を交わして荷物を部屋の隅に固めると、小鉢を運んできた瞳魅を手伝って机上に並べた。

「小鉢に枝豆、冷奴に……あと何が来るの?」

「あ、お刺身とか揚げ物は乾杯のあと順次出てくるそうです」

「なんか居酒屋みたいやね」

 そう、今日は遅い新年会なのだ。

「飲み物は隣の部屋に冷蔵庫があるからセルフでね」

 いつのまにか部屋に入ってきた沙耶がそういうと、各自物色に向かおうとしたのだが、その前に霧乃が目に止まった。その後ろで柱の陰に隠れている女の子も。

「霧乃ちゃん久しぶり……後ろの子はどうしたの?」

「美鈴ねえさま! 大丈夫ですよ、みんな優しいですから」

「そ、そんなつもりじゃ……」

 そーっと姿を現したのは、容姿と『ねえさま』呼びから、海原の女子と察せられた。霧乃や美玖より少し年長だろうか。豊かなロングストレートを小ぎれいにまとめ、可愛らしい服を着ている。

 東京都内に住む彼女は、ボランティアへの顔見世ということで呼ばれたそうだ。

「あ、あの、初めまして。海原美鈴と申します……」

 語尾が見事に消えゆく女子は、突然びくりと痙攣した。そのまん丸に開いた眼は、沙耶に遅れて部屋に入ってきた隼人に向けられている。

「あ、やあ美鈴ちゃん」

「あ、ああああああああのこんばんわっ!」

 そしてまた柱の影へダッシュ!

 奇妙な表情を浮かべる隼人に、双子が挑みかかった。顔はにやつきながらだが。

「「このエロ猿め! あんないたいけな女子に!!」」

「してねぇ!」

 霧乃の説明によると、人見知りで、殊に男性全般がとても苦手らしい。

「なるほど! 隼人君のせいで悪化したんだね!」

「最低ですね隼人さん」

「汚らわしい」

「そのコンボ、まだ続くんだ……」

 そこへ、沙耶から声が飛んだ。

「隼人様、そろそろ始めましょう」

「ああ、うん」

 だが、終われるわけがない。

「つか、玄関ではスルーしたけど――」

 優菜は隼人を小突いた。

「隼人“様”?」

「沙耶さん、めっちゃ丁寧語だし」

「そーゆーせーへきだったんだ」

「最低ですねはや――「だからやめろっちゅうに」

 沙耶はしきたりだと主張するが、隼人は納得していない様子。

 いや、もう一人いたよ。上背を利して厳しい目で見下ろす女が。

「あらあら沙耶さん、もうすっかり奥さん面で」

「理佐、お前も何でつっかかるんだよ」

 だが、沙耶は平然とした顔で打ち返した。

「そりゃあ“ヅラ”よ。まだ祝言を挙げてないんだもの」

 その横で沙良も笑ってる。

「だからまだ『隼人様』なんだから。ね?」

「え? また変わるの?」

「そりゃあもう――」

 と沙耶は胸に手を乗せると、ゆっくり色っぽく囁いた。

「だ・ん・な・さ・ま。うふふふ」

「……ごちそーさまでしたー」「したー」「解散~解散~」

「あら、駅で何か食べてきたの?」

「あんたのせいだあんたの!」

 鷹揚に笑う沙耶となおも突っかかる理佐。2人を無視して、新年会の準備は滞りなく進んだ。



 乾杯も済んでそうそう、鷹取一族の表情が暗くなったのは、凌の一言がきっかけだった。

「あの、今飲み物を取りに行ったら、奥の部屋からモノスゴイ匂いがしてるんですけど」

「ああ、それ私が焼いてるんです。お料理」

 琴音がさらっと答えたのをきっかけに、一族の女子がそろいもそろって目を泳がせたのだ。明らかに、関わり合いたくない雰囲気だ。

 万梨亜がどれどれと言いながら冷蔵庫に向かい、すぐにパタパタと駆け戻ってきた。

「万梨亜隊員、状況を報告せよ」

「るい隊長、激しくスパイシーなかほりが冷凍室の中まで侵入しています!」

「そこを嗅ぐ? ていうか、ほんとにすごい匂いなんだが」

 万梨亜がふすまを締め切らなかったせいで、その激しい匂いがこちらに流れ込んできているのだ。小学生たちやくるみには刺激が強いらしく、咳き込み始めている。

 そんな状況にまったく頓着せず、琴音は朗らかに立ち上がった。

「そろそろ焼けたかな」

 鼻歌を歌いながら取りに行き、両手で捧げ持って戻ってきた代物、それは、

「…ラザニア?」

「いや待て、ラザニアはこんなにスパイシーな匂いしないだろ」

 表面にかかっているチーズより、香辛料のほうが多いように見えるのだ。よって黒っぽいのは、チーズが焦げたんじゃないのだろう。

 鼻歌2曲目に突入した琴音は、引く周囲を気にせず器用に切り分けると、一片を差し出した。

「はい、隼人さん」

「うん、ありがと」

 流れるような一連の動作に間に合わず、アワアワし始める沙耶。それを不思議そうに見ながら隼人は一口ほおばり、

「……うお、けっこう辛いね。でもおいしいよ」

(あれ? 普通の反応?)

 みんなもそう思ったのだろう、他所人成年女子たちがお試しを敢行し――激甚な被害を受けてしまった。

「カ、辛ヒ……!」

「ビール! ビールで消せない!」

「甘いもののほうがいいと思うよ?」

「圭ちゃんはなんで平気なの?! あああ、口を開くと辛い!」

 のた打ち回る女子たちを尻目に、沙耶が突然激高したのはその時だった。

「隼人様!」

「ん!? なに?」

「おいしいって……おいしいって……」

 沙耶は涙目で、婚約者を糾弾し始めた。

「これと同じなんですか?! 私のつくった料理が同じ評価なんですか?!」

 急展開に目を白黒させている小学生トリオを見かねたのだろう。あるいは揶揄したくなったのだろう。なごみが口を開いた。

「沙耶ねえさん、いい加減気付いてくださいよ。お兄ちゃん、なに食べても美味しい人ですよ?」

「だからって……だからって……」

「捨てますか?」

 その問いかけは、いたって笑顔の琴音から発せられた。

「な、なんでそうなるのよ?!」

「だって――」

 と琴音は夢見る乙女っぽいポーズで際どいことを言い出した。

「わたしのお料理をおいしいって食べてくれるんですもの。沙耶様が気に入らないなら、捨ててください。わたしが拾いますわ」

「待てぃ! 隼人くんはわたしにカラダで払う約束してるんだからね!」

「むー! 先輩はあたしが拾うんだもん!」

「ちょっと待ってください! 隼人さんはわたしが予約してるんですよ? 叔母様には一時貸し出ししてるだけです!」

 揉めだす一族。止めない一族。それを眺めながら姦しい他所人の中で、千早がおかしな動きをしていた。

「ほら、行けよ圭」

 と言いながら、圭の背中を押しているのだ。

「なんでだよ」

「ギャクタマチャンスじゃん! 琴音ちゃんの料理、おいしかったろ?」

「お前は何を言ってるんだ」

 思わずツッコミを入れてしまったが、琴音も同じ感想のようだった。

「あの、わたし、同性はちょっと……」

「えっ?」

「えっ?」

 なにこの流れ。

「ボク、男だけど。……あれ?」

 ――固まって3秒。目を一杯に見開くのにも3秒。それからみんなが上げた驚愕の叫びは、宴会場を揺るがすかのようだった。

「う、うううううウソ! ウソでしょ!?」

「こここのあいだ、一緒に温泉行きましたよね?!」

「うん。みんな気付かないもんだなーって」

 1年生カルテットは激しく落ち込み始めた。

「露天風呂、一緒に入ったよね……」

「なんか広い背中だなって思ったんだよ……」

「いったいいつからやってるのそれ?」

 沙耶の問いに、圭は中学入学時からと答えた。彼女――いや彼か、彼女の幼馴染たちは往時を懐かしむような顔でうなずきあっている。

「そうそう、入学式の時、隼人と口げんかしながら登校してたらさぁ――」

「目の前にセーラー服来た圭がにっこり笑って『やあ』って」

「またこれが違和感無かったよね」

「うんうん、かわいかった」

 改めてじっくりと眺めても男性には見えないが、そういえば『カレシがいる』って言ってたような……

「あのさ」

「うん?」

 ちょっと気が進まないけど、訊いてみるか。

「付いてるのか?」

「うん、付いてるよ。ていうか戸籍上は男だし……あ、信用してないな」

「んなことないって」

「よしじゃあ証拠を――「見せんな!!」

 小学生もいるんだっつぅの。

 スカートを脱ぐ真似を止めてビールを一口飲んだ圭の顔は、幼馴染たちに向いた。

「つか、話してなかったの? 誰にも」

 千早と隼人は一瞬顔を見合わせ。神妙な顔でうなずく。

「あんたが言い出さないことをあたしがバラす理由がないじゃん」

「つか、どこまで引っ張れるか試してみたかったし」

「隼人様、ひどいです……」

「そうだよお兄ちゃん。沙耶ねえさんにも話してないなんて」

 姉妹が口を尖らせたが、

「じゃあお前らはなんで打ち明けなかったんだよ?」

「うん、どこまで引っ張れるかなって思って」

 イエーイとハイタッチしあう兄妹に涙目だった沙耶が、やりきれない思いのぶつけ先を見つけたようだ。

「琴音ちゃん、あなた、庭師採用試験の時、履歴書見たんじゃないの? そういえば」

 今度は琴音が落ち込んだ。それはもうガックリと。

「ううう、見逃した……不覚……!」

「ていうか、性別なんて目が行かないんじゃない? 知り合いだし」

 そういう鈴香は疫病神の眼で見破って(?)いたようだが、千早と同じ理由で沈黙を選んだそうだ。

「あ! 圭さん、上司には報告してあるんですか?」

「しましたよもちろん」

 インターンの時に海原家の庭師頭に報告したそうだが、彼女の予想を裏切る展開が待っていた。

 庭師頭がその場にいた全員を集合させて、圭に改めて報告させたあと、とんでもないことを言い出したのだ。

『よしみんな、賭けをしようぜ』と。

 つまり、これが琴音にいつバレるかという賭けを募ったのだそうな。

「琴音ちゃん、軽んぜられてんなおい……」

「フレンドリーなのも良し悪しね……」

「圭ちゃん、ちっぱい団は男性も受け入れるよ?」

「るいお前は黙ってろ」

 突然、琴音が揺れ出した。全然リズミカルじゃない気味の悪さで、唸りながら。

「こ、琴音?!」

「ふううううううみんな修正してやる粛清してやる焼け野原にしてやるううううううう」

「琴音ねえさま落ち着いて!」

「いやぁん琴音様がきゃああたしは庭師じゃないですぅ!」

「はいはい小学生はあっちでお姉さんとジュース飲もうか」

 大騒ぎを肴に呑んでいた双子が、まるで他人事のようにつぶやいた。

「今年のビックリ大賞は圭ちゃんで決まりやな」

「まだ1月末やのになぁ……」



 9時を少し過ぎて、小学生たちがコックリコックリし始めたのを、隼人が目ざとく見つけた。

「さ、そろそろお開きにしようぜ」

「あ、そうですね」

 沙耶に促された美玖たちはちょっと残念そうだったが、素直に立ち上がるとみんなに別れを告げた。

「美鈴ねえさま、みんなで一緒にお風呂入ろう!」

「うん、入ろう入ろう」

 などともう気持ちを切り替えて母屋へと帰っていく3人。その後ろ姿を見送って、隼人も立ち上がった。

「さて、じゃ俺もこれで」

「「ほほう、美玖ちゃんたちとお風呂に入るとな?」」

「んなわけねぇだろ」

 軽くいなした隼人は、引き止めようとする理佐を押しとどめて言った。

「ここからパジャマパーティーだろ? 君ら」

 そして目を閉じ、なにやらうなずき始めた。

「そうかそうか、みんなそんなに俺にパジャマ姿を披露したいのか」

 でも、言い終わらないうちに隼人は襟を掴まれて引き倒され、ズルズルと運ばれる破目になった。誰に? もちろん、婚約者オニに。

「ほほほほ、宴会の片付けは使用人にやってもらうから、みんなお風呂入ってねー」

 また明日ー、という隼人の声が遠ざかっていく。半笑いで見送った優菜たちは、『4人まで一度に入れますよ』という琴音――30分ほど前にようやく落ち着くのと引き換えに、完全に酔ってる――に促されて、お風呂をいただいた。

 ジャンケンの結果、優菜は第2組。実は密かにワクワクしてここへ来たのだ。

『お金持ちのお屋敷の風呂って、どんななんだろう?』って。

 いそいそと服を脱いで、浴室へ。

「わあ、檜風呂だ」

 バスの中でるいが冗談で言っていた『黄金作りの浴室』ではなかったが、十分にお金をかけてあることは素人の優菜でも分かる。湯船に身を沈めて縁を撫でてみると、温泉宿のそれ――比べるなと沙耶に怒られるかもしれないが――とは比べ物にならないくらい質感が違うのだ。

「いっぱい呑みましたね~」

 といつもより赤い顔の万梨亜が寄ってきた。

「ほんとだよ。琴音ちゃん、大丈夫かな?」

「あはは、やっぱまだ隼人先輩に未練があるんですね~」

 ああなるほど、そっちも込みで呑んだくれたのか。

 凌も同意見のようだ。手で湯をすくって肩にかけながら、

「意外と情が深いですね。もっとさっぱりした人だと思ってたのに」

「だな……凌ちゃん、なんでそんなに離れてるの?」

 凌との距離が、万梨亜とのそれの3倍はあるのだ。

「いやその……申しわけないんですけど、お酒の匂いが……」

「そっか、凌ちゃん未成年だもんね」

「そういえば――」と万梨亜が何かを思い出したように話し出した。

「隼人先輩はああ言ってましたけど、沙耶さん、普通ですよね?」

「あの開幕三つ指アンドあたしら置き去りを除けば、な」

 そこで優菜は、凌が首を傾げているのに気づいた。

「どしたの?」

「いや、隼人先輩にあんなこと言われたせいか、なんとなく気味が悪いというか……」

「そっかなー、勘ぐり過ぎじゃない?」

 万梨亜が笑うと、輪がそのまま広がった。

 そこから取りとめのない会話をしつつ交代で身体を洗っていたら、万梨亜が背中に問いかけてきた。

「優菜先輩、ボランティアどうされるんすか?」

 まだ考え中だと答えると、つぶやきが聞こえてきた。

「みんな残ってほしいなぁ」

「凌ちゃんだけになっちゃうから?」

 そう、今の4年生が卒業して全員辞め、北東京支部が復活すると、西東京支部に所属するフロントスタッフは凌だけになってしまうのである。

 万梨亜は、先に上がった凌が身支度しているであろう脱衣場を見つめながら言った。

「凌ちゃんが誰か新入生を引っ張ってこれればいいんすけどね」

「ま、隼人が残るっしょ。沙耶さんは嫌がるかもしれないけど。最悪2人でなんとかしてもらうしかないんじゃない?」

 万梨亜ちゃん、なんでクスクス笑うんだ?

「ああ、それで考え中なんですか。なるほどねぇ」

「違うっつーの」

 情が深いっすね先輩もという万梨亜のほくそ笑みを、頭からお湯をかぶることで聞かなかったことにした優菜であった。

 しばらくして上がると、半裸で万梨亜が首をかしげていた。

「どしたの?」

「優菜先輩、これ、どこのメーカーですかね?」

 彼女が手に持ってるのはドライヤーなのだが、確かに見たことのないメーカーロゴが入っている。

 凌が近づいてくると、スマホでロゴの画像検索をかけた。結果は――

「……すげぇな。ドライヤーでこのお値段って」

「こういうところにもお金がかけてあるんですね……」

「なんか、出てくる風も違う気がする~」

 そして戻ったお座敷では、

「うわ、また呑んでるし」

 琴音が例の激甚辛味ラザニアをチビチビつまみながら、熱燗を手酌でやっていた。

「なんれすか? またにゃないれすよ?」

 そりゃ机上にあるお銚子は1本だけどさ、その『また』じゃねぇ。

「なんつうベタなへべれけ……」

「メタはつげんはいけまへん、よぉ」

「メタじゃねぇ、目の前の現実だ」

 優菜は傍らでお相伴に預かっている鈴香を眺めた。

「鈴香ちゃん、止めないの?」

 まあ止めないだろうけど。あえて優菜は尋ね、鈴香が笑って返そうとした時、酔っぱらいは意表を突く行動に出た。いやある意味いつもどおりなんだけど。鈴香を護るようにその身に抱きついたのだ。

「すずかをいぢめないれくらさい」

「虐めてねぇっつうの」

「いいえわたしませんよぉこのフカフカはぁ」

「ちょ、ちょっと! 揉むな!」

 そのやりとりを見て、座敷にいた女子たちが一斉に食いついた。

「やっぱり……」「そうなんだ」「怪しいと思ってたんだよね」

 鈴香は顔を真っ赤にして逃れようとしているが、琴音にがっちりホールドされて果たせない。

「違います! 違いますから! 琴音離れて誤解されてるってば!」

 そこへ沙良と沙耶が入ってきた。2人とも母屋で入浴してきたのだろう、寝間着に着替えている。

「あらあら、すっかり酔っちゃって」

「やっぱりお子様は帰らせて正解だったわね」

 意外に冷静なコメントに、逆に鈴香はヒートアップした。

「これ剥がしてくださいよ! 誤解されてるんです!」

「誤解って?」

「わたしと琴音が、その……そういう関係だって!」

 沙耶はぶら下げてきた一升瓶を床に置くと、ストンと座ってのたまった。

「あら、違うの?」

 優菜も含めてどっと受ける女子たち。つか陽子ちゃん、こういうのは『汚らわしい』んじゃないのか?

 でも反論したのは激高した鈴香ではなく、へべれけさんだった。

「ちがいますよぉ、すずかはぁ、らぶら~ぶなんだから」

 演劇サークルの男子といい感じらしい。

「なるほど、ヤキモチなのねその行動は」

「おおさすが理佐先輩、同類ならではの読みっすね!」

「串刺し or 氷結?」

 平謝りの万梨亜に笑って、でも次のやりとりで笑えなくなってしまった。鈴香と沙耶のやりとりは、思わぬ方向へ行ったのだ。

「だいたい、わたしと琴音を疑うってことは、沙耶様と木之葉義姉さんがそういうことになるのと同じですよ?」

「あら、じゃあそういうこと(・・・・・・)じゃない」

 部屋の空気が凍ってすぐ、どさりと畳が音を立てた。鈴香が卒倒してしまったのだ。

「すずか! すずか! わらしをおいていかないれ!」

 どこまで本心なのか、鈴香の身体に取りすがって泣き喚き始めた琴音を見下ろしながら、理佐が仇敵をなじった。

「まったく、なに口走ってるんですか。恥じらいってもんが無いんですか?」

 沙耶はたおやかにホホホホホ、なんて笑ってるが、あたしらは笑えねぇ……




 騒動を楽しみながら準備を進めていたるいと凌のかけ声で2次会が始まったが、理佐の追及は収まらなかった。

「そんなにお親しかったのなら、カレシを取られた時はさぞ悔しかったんでしょうねぇ?」

「理佐、もうやめろ」

 優菜は心から止めたが、理佐のほうに追従者が現れた。意外にも大人しいパジャマ――たぶん男と寝る時は別のなのだろう――姿の優羽だ。

「そう! そこを訊いてみたかったんです、前から!」

 ほかの1年生カルテットの手を振り払って、ずいと身を乗り出す。その瞳のきらめきは、好奇心とは何かが違う危うい光が宿っている。

「どぉしてフラれた瞬間に皆殺しにしなかったんですかぁ?」

 泥酔から醒めたようには見えない琴音も、息を吹き返した鈴香も起き直って見つめる中、沙耶は脇に置いてあった一升瓶を手に取った。ふたを開けてコポコポとグラスに注ぎ、コクコクと喉を鳴らして飲み干す。

 タン! と机に空のグラスを置いて、沙耶は暗い目で語り始めた。

「木之葉はね、男運の無い女だったのよ。いろいろ辛いことがあって、でもいつも平気だって強がってて。私はそんなこんななんてまったく縁がなかったけど、いつも一緒にいて、『いつか2人ともいい男見つけて、幸せになろうね』って言って笑い合ってたの」

 だからね、と続く声は、涙で濡れた。

「木之葉の花嫁姿が見たかったの。たとえ相手が蒼也君でも。木之葉の幸せな顔が見たかったのよ……」

 るいが酒を呑む音以外はしなくなった場で、鈴香がようやく声を発した。

「だから、翌日だったんですね……」

「そうよ。昔の人じゃないけど、見るべきものは見た。そう思ったから」

「いい話風にしたってだめですよ」

 そう混ぜ返す雪女。つばを吐きそうなくらい厳しい顔で、

「迷惑だわ」

「そうね」

 さらりと受け流し、またお酒を注ぐ沙耶。その顔には嘆きも怒りも見受けられない。逆に、徐々に笑顔がほころび始めたではないか。

 また一気に飲み干して、今度はおのろけが始まった。

「結果的には、鈴香ちゃんに止めてもらってよかったわ。だって、隼人様と出会えたんですもの。ううん、出会っただけじゃないわ。こんな私をもらってくださったんだもの。感謝してもしきれないくらいよ」

 それは満面の笑みではなく、穏やかに、でも確信と幸福に満ちた笑顔だった。みんなが思わず見とれて、微笑み返してしまうほど。

 ただ一人の例外を除いて。

「月日の流れは残酷ですからね。来年にはどうなってることやら」

 でも、理佐は毒を吐ききれなかった。背後からの重圧に振り向き、顔を引きつらせてしまったのだ。

 それは、怒れる美紀だった。

「大概にしいや」

 どこから出ているのか分からない低音で理佐を圧する美紀。姉も止める気はないようで、アタリメをモグモグしながら冷めた眼で理佐を見つめている。

 沙耶が落ち着いた声を発したのは、その時だった。

「そうね、そのとおりだわ。だからね――」

 言いながら空のグラスを握り、いや握り締めていた。グラスはミチミチと悲鳴を上げながら、ゆっくりと粉状に砕けていく。

 天邪鬼すら動きを止めた静寂の中でグラスを圧砕しただけでも飽き足らず、底の分厚い部分を指で挟んで摺り潰し始めた沙耶は、平然とした顔で宣言した。

「今度こそ躊躇なくやらせてもらうわ。隼人様のいない世界なんて、存在する意味が無いもの」

 ガラス粒の小山がもうすぐ完成する。それを待たず、優菜は声を上げていた。自分でもなぜなのか分からずに。

「させませんよ、そんなこと」

 視線の集まる優菜を沙耶もまた見つめ、

「そ」

 一言つぶやいただけだった。

 読んでいただきありがとうございました。

 というわけで、時系列的にはFR1の3年半ほど前になりますが、『悠刻』キャラによる世界観説明も兼ねた掌編でした。

 次の1.9では、2に直接つながるシーン満載でお届けします。まだ1/5も書いてないですが、なります。

では、またいずれ。

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