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御堂美矢の声色は恐ろしく低く変わり、僕を置いて、一度部屋から出ていくと、再び僕の元へ戻ってきた。その手には注射器が握られていた。冷や汗と恐怖心が一気に襲い、僕は身をじたばたと跳ねさせた。フェンスを掴んで揺さぶる。ゆっくりと御堂美矢は近づいてきた。
「そんなに暴れなくても大丈夫よ。少しの間で済むから」
「や、やめろ!もううんざりだ!……家に帰らせてくれ」
僕は溜まりに溜まった声を吐き出していた。彼女はびっくりしたように瞳を丸くして、次の瞬間鬼のような形相に移り変わった。
「私の赤ん坊が、何をべらべらと喋っている」
殺気を感じ、僕はフェンスをガタガタと揺らした。だが、彼女は一気に詰め寄り、フェンスの合間から僕の腕へ注射の針を刺した。針は血管をきちんと刺して、体内に液体が注入された。それから一分後、僕の体は急に、自分の意思で動く事が不可能となった。はっきりとした視界の中で、御堂美矢が僕をのぞき込む。
「しばらく大人しくしていてね」
その声は、母の声に戻っていた。僕は何とか動こうとするが、体は鉛のように重く、声すら出せない。
「あ……あ……」
僕の喉から哀れに発する声だけが漏れる。彼女は視界外に移動すると、クローゼットの扉を開けて何かを引っ張り出しているようだった。それから僕の視界に戻ってきた頃には、彼女の手には不釣り合いの、鉄の金槌が握られていた。僕はそれを凝視して、更に喉から悲鳴のようなものを上げた。
「あなたは赤ん坊なの。赤ん坊に、歯なんて生えてないわよね。そうよ、ミルクを飲むのに歯なんていらないもの」
首を振ることも許されない。全身から汗が吹き出した。
彼女は金槌の平な面を歯に宛がった。
「いくわよ」
そして僕の歯に向かって思い切り振り下ろした。
「がっ……ぁが」
歯茎から砕けた歯が口内へとポロポロこぼれ落ちる。神経から顔に伝う痛みに涙が零れた。だけど彼女はやめようとはしない。再び、僕の歯に向かって金槌を落とす。僕はやめてと叫びたかった。口の中はごぼごぼと血で満たされる。全ての歯が砕かれるとようやく、地獄は終わった。僕の体は、生物の反応のそれらしく小刻みに震えた。
「これでより私の赤ん坊になれたわね。良かった」
彼女の声色は、鈴の音のように優しい。僕は赤ん坊のように鼻をたれて泣いた。




