ボクの好きなスペシャルプレート
これから行くところは、ボクの気に入っているカフェ。
マスターが作るスイーツが好きで、よくそこに通っている。
今日は天気も良くて、ぽかぽか陽気が心地良い。
こんな日にあのカフェに行けるなんて、なんて幸せなんだろう。
こんなにボクをワクワクさせるなんて、ホントは凄いコトなんだよ?
まあ、マスターはそんなこと、全然気づいてないだろうけどね。
からんと、ドアに付いたベルが、来客を知らせる。
「こんちはー、マスター」
そうボクが挨拶を交わすと。
「ん」
無愛想に返事を返す。
身長が高く、がたいも良いし、ちょっと強面なんだが、彼の手から生み出されるスイーツはどれも天下一品だ。
ボクはいつものカウンターに座って……気づいた。
「うわああああ!! ランチ始めたのっ!?」
「ああ。だが今日はもう終わった」
材料が切れてしまったらしい。うわあ、そういうことなら、もう少し早く来れば良かった。がっくり肩を下ろすと同時に掛けていた眼鏡がずり落ちた。
ため息とともにそれを直しつつ。
「……マスタぁー、いつものやつ。クリームマシマシでぇ~」
がっかりするボクの前に、滴の付いた冷たい水を出してくれた。
「ああ、作ってやる」
もう、やる気なしでカウンター上に頭を乗せる。
ふと見れば、お客さんがいっぱいだ。
どの卓には可愛らしいお嬢さん達がいっぱい座ってる。
だろうねって思う。
だってさ、ここのスイーツって、凄いんだよ。
チョコケーキもプディングも、小さなパンでさえ、どれも甘くて美味しい。
卓に座っている子、全部、笑顔を浮かべているのを見れば、どれだけ美味しいかってわかると思う。
けれど、マスターがあんな風貌なのと、ちょっと古くさい店なのと、駅から20分くらい離れているってこともあって、客足はそれほど多くはない。
とはいえ、最近は口コミのおかげか、満席に近い。
ボクも口コミ、頑張っちゃったもんね。
でもちょっとだけ、モヤモヤしちゃうんだ。
このカフェは、ボクだけのにしたいな、なんてね。
そんなこと言ったら、一人でも多くの人に来て欲しいって言うマスターに怒られちゃうから、それは言わないつもり。
そうだよ、ボクはそんな美味しいスイーツを食べに来たんだったよ。
よっこいしょっと顔を上げて、カウンター内のキッチンを眺めて見た。
じゅううという音ともに、クレープの薄皮を焼いていた。
くるっと回す、あの棒、凄いよね。
綺麗にプレートの上にまあるく、薄く皮が現れる。
見ていて思う。これってある意味、マジックだよね。
それをナイフのようなへらで、すっと取ると、白いプレートの上に、綺麗に扇状に畳んで乗せた。そこにイチゴのジャムをトゥルーって掛けて、3文の一が完成。
次にカウンターの下から、がちゃりと扉を開けて、箱を取り出した。
ああ、あれはボクの好きなレアチーズケーキ。
丁度良い具合に冷やしてあるんだ。堅くもなくかといって、柔らかくもなく。
でもそれが、マジで丁度いい堅さなんだ。
それを見ていると、だんだん落ち込んでいた気分が、徐々にあがっていく。
「見るの好きだよな」
「うん、マスターの作ってるの、見るの好きだよ」
思わず笑みがこぼれる。ケーキに今度はブルーベリーのソースが掛けられていく。
これまた、芸術的なかけ方なんだよな。
最後は、ボクの大好きな、カタラーナ……って、あれ? 上に乗ってる堅い砂糖プレートはないの?
マスターは代わりに、これでもかとクリームを絞っていく。それをナイフで綺麗に平らにすると、どこからか取り出した厚紙みたいなのを、カタラーナに乗せた。
「??」
思わず首を傾げる。
マスターはココアパウダーを取り出すと、厚紙の上からふわっと掛けた。
「え?」
すっと、マスターが厚紙を取り外すと。
「スノーマン!!」
「前に好きだって言ってたからな」
三つのスイーツが乗ったプレートに、さらに生クリームを絞っていく。
最後にチョコレートソースで、ハッピータイムフォーユーなんて書いてくれちゃった。
自家製の甘いジンジャーエールとともに、そのプレートがボクの前に置かれた。
「どうぞ」
「いっただきまーすっ!!」
嬉しくて嬉しくてたまんない!!
まずは、クレープ。
「んんー! あっまーいっ!」
畳んで厚みが増したクレープ、その一部分をナイフで切って、外側のソースとクリームを一緒につけて、もう一度、口に運ぶ。
本当に甘い。けれど、その甘さにしつこさはない。見た目よりも濃くなく、軽い甘さというか何というか。それが口いっぱいに広がる。
そのクレープを味わいながら、エールをごくりと飲んだ。
しゅわっとした炭酸。
キツくなく、かとって、スイーツの甘さを引き立てるようなドリンクもたまらない。
次にチーズケーキを切って、口に入れた。
しっとりと濃い味わいが広がる。しっとりケーキに掛かったソースが、彩りを添えてくれるように華やかさを見せてくれている。
「ううん、こっちもいいねぇー」
口元が思わず綻ぶ。いや、まだだ。
最後にココアパウダーでイラストが施された、カタラーナ。
あ、でも堅い砂糖のプレートがないから、違うのかな?
でも、味は……。
「ふうううん、しあわ、せーぇ~♪」
口の中に優しい甘さが、じんわりと広がっていく。
そうだよそうだよ、この甘い幸せを買うためにボクは、やってきたのだ。
「うわっ!! 危ない危ない、もう少しでスノーマンが全部、消えちゃうところだった!」
ボクは思い出して、ぱしゃりと携帯で写メを取る。
どれもが一口ずつ食べちゃっているが、それがより美味しそうに見える。
と、思いたい。
でも、仕方ないよね。これ、マジで美味しいもん!
「やっぱ、ボクの好きなスペシャルプレート、最高だね」
写真を撮り終えて、再度、幸せを噛みしめる。
「はああっ、幸せ……」
ボクの顔が周りの女の子達と同じ、幸せそうな顔だと気づいたのは、その数時間後のことだった。
「ねえねえ、知ってる? あのカフェの話」
「ああ、モデルのカナンが通っているところでしょ? ちょっと駅から遠いんだよね」
「けどね、ものすごくスイーツが美味しいんだって!」
「でも、あんまり有名じゃないんでしょ?」
「うーん、そうなんだけどさー。ほら見て」
「んんー?」
「ものすごく、美味しそうじゃない? このスペシャルプレート」
「名前が安直だよね」
「はあ……やっぱ、無理かー」
「誰も、駄目だとは言ってないわよ」
「え?」
「それに、あのカナンがお墨付きつけてるんでしょ? スイーツにはうるさいカナンが通い詰めているってところで、もう決定」
「え? ええ!? その……いいの?」
「ほら、そうと決まったら、行くわよ! それにね!」
「それに?」
「噂のカナンに会えるかもしれないでしょ? あたし、彼のファンなんだよね」
「えええっ!? それ、初耳っ!!」
「そうだったっけ?」
「初めて聞いたよ、ソレ!!」
「まあ、そういうことで、決まりね! 行くわよ!」
二人が見ていたもの。
それは、読者モデルのカナンのツイッターに載せられた写真。
一口ずつ、口をつけられたスペシャルプレートの、ココアパウダーでスノーマンが書かれた、あの写真だった。
月島あやのさんから、いただいた挿絵を差し込んでみました。
ありがとうございました!!