ボディーソープ
女子の一人暮らしと、丸わかりな淡いピンクで統一された部屋の中央にあるベッドに仰向けに横になる私。
視界いっぱいに広がるのは、クリーム色の天井。
テレビさえ付けていない部屋に流れてくる音は、シャワールームから聞こえる水音。
この部屋の主人である私が、こうしているのだから。
今、シャワールームにいるのは違う人物なわけで。
まぁ…、私も25歳だし。
世間ではもう三十路に片足ツッコミかけてるわけだから、察してくださいよ。
シャワールームにいるのが、男だってことに。
でも、決して周りに祝福されるような相手ではないんだけどね。
ドラマの主人公かよ⁉︎っていうくらいにど定番な展開で申し訳ないけど。
相手は、職場の上司で既婚者。
元々私は、好意は持ってたけど。
彼の指に光る、シルバーのリングがストッパーになってくれていたのに。
飲み会の後の、不意の誘惑に勝てず。
こんな関係を築いてしまっていた。
断ち切らなければいけないと、思いつつも。
この甘美な関係から、なかなか抜け出せずにいた。
そんな考え事をしていると、ふいに音が止み。
彼が先ほどまでの、甘美な香りを一切纏っていない。
いつも部長の姿で現れた。
『帰るよ。』
『そう…またね。』
『あぁ…』
そう言って、ベッドに腰掛けている私を軽く抱き寄せる彼。
その彼からは、私の最近お気に入りのローズのボディーソープの香りはしなかった。
彼が去った後の部屋は、同じ部屋なのに。
温度を感じない空間になっていた。
何も残らない空間。
久々に高校時代の親友である紗南とランチをすることになった。
紗南は私とは対照的で、高校時代から付き合っていた先輩と結婚して今では一児のママだ。
幸せの王道を行く人生を送っている。
『莉奈。いい加減やめたら…?』
『何が?』
『とぼけるのはやめて。わかってるから。
あなた、まだあの人と続いてるんでしょ?』
『だったらなに…?幸せならいいんじゃない?』
『幸せなわけないでしょ?莉奈と奥様を天秤にかけてるような人を相手に。』
『紗南。幸せは人それぞれよ?解釈の仕方なんて人によって大きく変わるわ。』
『それは、そうかもだけど…。
本当の意味で幸せじゃないわ!』
『……』
しばしの間、沈黙が流れる。
紗南が私のことを心から心配してくれてるから、言ってくれてる言葉だってわかってる。
でも、これが今の幸せだから。
『ねぇ…。紗南?一つ聞いてもいい?』
『なに?』
『紗南とご主人。ボディーソープの香りって一緒?』
『もちろん。一緒に住んでるんだから一緒に決まってるじゃない。』
『そうよね。普通はそうよね。
でもね、今の私の幸せの形は、ボディーソープの香りが違うことで成り立ってるの。』
『どういう意味?』
『一緒になってしまったら、あちらさんに気づかれてしまう。
そうなったら、この関係に幕が引かれてしまう。
危うさがある関係なのよ。』
『そんなの正しい愛じゃないじゃない!』
『…今日はもう帰るわ…。』
自分の分のお金だけをテーブルに置き。
店を後にする私。
最近、彼からパッタリと連絡が来なくなって苛立ちと焦りを感じていたところに。
紗南に言われた言葉は、グサリと胸を突き刺した。
紗奈と別れた後。
何処に行くなんていうあてもなく、夜の街を彷徨っていた。
気づくと、足が一つの店の前で足が止まっていた。
そこは、2人で初めてデートしたレストラン。
大人な雰囲気漂うレストランで、その日は一日中幸せな気持ちでいっぱいになっていた。
外からボーッと見ていると、ふいにレストランのドアが開いた。
中から、出てきたのは彼と女性だった。
その女性には見覚えがあった。
以前職場で、彼が部下達に追求されてスマホの画面の写真に映っていた女性だ。
その時の女性はスリムだったけれど、今はお腹まわり膨らみが。
つまりはそういうこと…。
私が邪魔者だったのだ。
知ってしまった現実に別れをつげ、クルリと向き直り彼らとは違う道へ。
結局、彼と私の香りは一生交わることはなかった。
ただ、それだけのことだった…。