第二章 討伐計画(5)
【五】
ロビーでの会議が終わり、個室に戻った飛鳥。
「またか?」
程なくして、再度インターフォンが鳴った。風祭に『明日は貴様に“絶対服従”を使うぞ』と念押しでもされるのだろうか。ならば出る必要などない。
「しつこい……」
インターフォンは鳴り止まない。止む所か、最初は数十秒に一度だけだったのに、今やそのインターバルたるや秒という単位はいらない程だ。
「ああ、もう分かった!」
結局折れたのは、飛鳥の方だった。面倒な相手と対峙するのは嫌だが、今の状況の方が余程嫌だ。
「入れて」
開錠すると、飛鳥がそれ以上力を入れていないのに扉が勝手に開いたかと思えば、返事を聞く前に彼女は部屋に入り込む。鍵が開いたと見るや否や、扉に手を入れてこじ開けたようだ。
「美里亜!?」
「あなたいったい何をしているの? さっきの会議、ありえないんだけど」
飛鳥に了承も得ず、ずかずかと部屋に入り込めば、ベッドに腰かけ脚も腕も組んだ。スカートがあまりに短いものだから飛鳥が思わず目を逸らすも、「目を逸らすな!」という美里亜の一喝で向き直るしかない。
美里亜は会議終盤、怒りを抱えているように見えた。これを見るに、どうやらそれは飛鳥に対しての怒りだったようだ。
「さっきの会議って、なんのことだよ」
「はぁ? あなた風祭さんに、持っている魂は久龍さんの物か、と問われた時にハッキリ否定しなかったでしょ? あれを否定するのは簡単じゃない。
あなたの内にある魂が誰か言ってしまい、かつその魂で見える記憶を話す。そうすれば、その魂を持っていると証明出来るから、久龍さんの魂は持っていないと断言出来るでしょ?」
「それをしたら……」
「ええ、後々不利になるかもしれないわ。でもね、あの時重要なのは、あくまで久龍さんの魂。どうせ“魂把握”能力者がいるし、ゲームが進めば魂の在処は割れていく。なら、その他大勢の魂を持っていると分かったところで、即あなたが狙われるってことにはならない。
でもあそこではっきり否定しなかったことで、下手するとあなたは狙われるかもしれないのよ? 特に問題なのは、久龍さんに狙われること!」
「く、久龍は“肉体殺し”だから、久龍の魂を持っているプレイヤーの肉体を殺し、魂を自分の内に戻そうとする、ってことか……」
美里亜はツリ目をさらに吊り上げて、早口でまくし立てる。
久龍が久龍の魂を持つプレイヤーを狙うと予測する理由は、ルール上、魂の消滅の前に肉体が死んで居場所がなくなった魂は、本人の元に戻ることになっているからだ。
さすれば、本人が殺されさえしなければいいのだから、引き籠るなりなんなりすればいい。内にある魂でなく肉体を殺せる“肉体殺し”能力者たる久龍だけが出来る行動だ。
「それが分かっているなら、なんで否定しなかったの? まさか、自分の内にある魂を言えば否定出来るって思い至らなかった? それはさすがに、呆れた、なんて言葉じゃ片付けられないけれど!」
美里亜の剣幕は続く。
飛鳥は美里亜に対する言い分は持っているものの、それ以上に、なんでこいつは自分に対してこんなに怒っているんだ、という疑問が先立ち口を開かなかった。
美里亜から見て飛鳥は、衣鈴のための復讐を成すにあたるライバルであるはず。であれば、飛鳥が死ぬのは美里亜にとって都合の良いことのはずなのに。
「……すまん、美里亜。もちろん、風祭に対して言うべきことは、自分の内にある魂を明かすことだというのは分かっていた。でも、言えなかったんだ……」
そんな疑問を抱えた飛鳥は、語ることにした。
「なんで?」
「俺は昨日、お前を助けた。結果はお前の邪魔をしただけだったが、俺にとっては必要だったんだ。お前には死んで欲しくない。なぜなら、俺にとってお前だけは信用出来た……特別な存在だから」
「! それって……!」
飛鳥の遠回しな回答にも、美里亜は言わんとしていることに気付いたらしい。
初対面である二人が、すぐに信用出来るようになるなどありえない。だが、この館においては一つだけ方法がある。
「俺が持っている魂は、御堂美里亜……お前だったからだ」
相手の魂を持っていて、無条件で相手のことを“知っている”場合だけだ。
今現在、プレイヤー達の目下の敵は、すでに二度の殺しを行った久龍空奈だ。だから、まとまらなかったとはいえ、討伐会議を開いたのだ。
しかし、久龍が死ねば、共通敵を失って協力関係など破綻、互いに狙うしかないだろう。
ならば次に狙われるプレイヤーは誰か。
その時点で魂の在処が割れているプレイヤーに違いない。
そこで飛鳥が、自分は久龍の魂を持っていないと否定するために、美里亜の魂を持っていることを語れば、美里亜が狙われることとなってしまう。
もし飛鳥の持つ魂が、美里亜以外の有象無象なら、風祭の問いかけに対して即座に否定していたかもしれない。美里亜だからこそ出来なかった。彼女は同じ想いを持った同士ゆえ、間違いなく敵にはならない存在だと分かっていたからだ。
そして何より。飛鳥の見た美里亜の魂……彼女の存在が、飛鳥の憧れでもあったからで――
「ふぅ、今日の習い事は終わりね」
美里亜の目線を通して飛鳥が見たのは、殺し合いが行われるこの館と比較しても引けを取らないような屋敷だった。目の前にはグランドピアノがあり、鍵盤蓋を閉じたところである。
美里亜は幼少の頃から、ピアノ以外にもバレエに水泳、英語など、様々なことを習い、かつ学業も怠らなかったようだ。
殺し合いの館において、美里亜はツリ目で早口な罵倒をするという姿を良く見せていたが、その実お嬢様だ。しかも、そこいらの小金持ちとは比べるのもおこがましい程の、超が付く大金持ちのお嬢様。大企業の令嬢として、箱入りに育てられていた。
「お嬢様。例の女の資料です。この方を選定するのは、これを利用すれば容易かと」
立ち上がった美里亜に、メイドと思しき女が近付く。事務的な声で、封筒を美里亜に手渡した。
まだ美里亜は高校生ではあるが、男が生まれなかった御堂グループにおいて、跡継ぎは美里亜となる。学業に多くの習い事に加え、すでに父の会社でも重要なポジションを担っていた。
それは、御堂グループ関係者の中で不出来な者と対面すること。目的は、更正させるか、首を切るかの選択を行うことだった。
ただ令嬢というだけの、高校生のガキが。暗にそう言われることも多かった。
若い美里亜の負担は相当なものだっと分かっているはずの父は、これから御堂グループを背負う人間になるために、必要な経験なのだと言っていた。自分も最初は、そこからスタートしたのだと。
美里亜は臆することなくこなして見せる。負担はあまりに重かったが、だからこそ学業よりも習い事よりも真剣に取り組んだ。美里亜の判断はいつも正しく、気付けば彼女を非難する声は当初よりは遥かに少ない。
「ちょっと、あなた」
「はい?」
美里亜は、受け取った資料をさらりと読むと、テーブルに叩き付けるように置いた。
「ふざけないで。この資料、その女性をクビにする材料でしかない。あたしの役目は、首切りじゃない。更正させることを第一にして、どうしてもダメだった時だけ最終手段に出ること」
「た、確かにそうですが……」
「ですが、じゃない! もういい、次から気をつけて。あたしが欲しているのは、あくまで社員の仕事ぶりや功績を知るための資料。それを忘れないで!」
美里亜は人差し指を突きつけながら、メイドを壁に追いやる。ついに壁に背中をぶつけたメイドが出来ることは、一つしかない。
「も、申し訳ございませんでした……!」
テーブルから落ちてしまっていた資料を全て回収し、「すぐに新しい資料をお持ちします」と言って去るだけだった。
「……まったく」
美里亜はゆっくりとした動作でソファに腰かけ、腕も脚も組んだ。
美里亜は、曲がったことが大嫌いだった。父の影響を受けたのか、生まれながらに持っていた性質なのかは分からないが、勧善懲悪な毎日を送る。
必死に担うこの役目も、そんな性格だったためか、自分に合っていると思っていた。恨みを買ってばかりの立場ではあるが、正義は我にありと心に置いている。
通常、美里亜が相手にするのは、まだ役職がない若い社員であることが多い。入社時から態度の悪い者、期待を寄せられ入社したのにプレッシャーに負けた者、後輩が出来て先輩風を吹かせすぎた者。
だがある時美里亜は、役員と対峙していた。
「これはこれは美里亜お嬢様。学校のお勉強はもう終わったのですかな?」
この、小娘が。腹の内からそんな言葉が透けて見える役員は、断りもなく煙草に火をつける。
美里亜は、先日メイドに一喝したように、通常なら悪を善に変えるように動くのだが、この時ばかりは違った。美里亜が相手するまでもなく、解任しても良いような相手だった。
「あなたは、取引先から多額のリベートを繰り返し受け取り、私腹を肥やしているみたいね。全てを自白して返済するのなら、こちらも考えなくはないけれど」
一応、手を差し伸べてみる。
「なんのことか分かりませんな。いやしかし、妹君と違い、美里亜お嬢様は聡明でおられる」
「おだてられても、何も変わらない」
美里亜は役員を睨むが、反面、嫌な予感を覚えた。美里亜には、六つ違いの小学生の妹がいる。なぜ今、その存在を持ち出してきたのか。
「聡明なあなた様なら、この写真の意味がお分かりでしょう」
顔を動かさず、目だけ、役員がテーブルに置いた写真を見る。
映っているのは、一人はその役員。もう一人は、美里亜に資料を渡す役目を担うメイドだった。二人の間には封筒があり、どうやら役員がメイドに手渡しているらしい。
「……あたしに、どうしろと?」
「いやはや、さすがお嬢様。話が早くて助かりますな」
美里亜は目を伏せる。
写真には、これ見よがしに今日の日付が刻印されている。美里亜が役員を解任せんとするきっかけとなった資料は、その役員本人が用意したものということだ。役員が自ら解任を望むはずもなく、そしてわざわざ捏造したことが分かる証拠写真を見せたということは、企みがあるということだった。
更正か、首切りか。
そんな話をする場に易々と他人が入って来られるはずもないが、裏を返せば美里亜が何をされても分からない。役員はそれを狙い、わざと自分が呼び出されるような資料を作ったのだ。
そして、先程突如口にした妹のこと。美里亜が役員に従わねば、妹に危害が及ぶ。暗にそう知らせてきている。
「こちら、どうぞお納めください」
役員は、懐から白い封筒を取り出す。美里亜が開封する間もなく、役員は立ち去っていた。
殺し合いの館への、招待状だった。
招待された者の名は、“御堂”で止まっていて、美里亜でも妹でもどちらでも構わないのだと伝わってくる。
「……最低な人間。ああいう人こそ、あたしがなんとかしないといけないのに」
美里亜は“御堂”の後に“美里亜”と書き殴る。
美里亜は女子高生にして、御堂グループの跡取りとなることが決まっている。こんな立場になる前から、周りの大人達からは執拗に声をかけられてきた。今のうちに小娘を支配下に置いてやろう、そんな相手の浅はかな考えはすぐに分かった。
だが美里亜の真っ直ぐできつい性格は、世間知らずのお嬢様をコントロールしてやろうという周りの人間からは、邪魔だったはずだ。
役員の目的は、美里亜か妹かどちらかを殺し合いの館へ葬ることではない。美里亜だ。ただ美里亜だけを陥れるために、招待状を用意したのだろう。美里亜が妹を犠牲に出来ないことも、分かっていての行動だ。
「それにしても……あたしがここに行くことになるなんてね」
美里亜は、館のことを知っていた。どんな恐ろしい場所か知っていた。しかし、決して恐怖に震えはしない。
「あたしは必ず帰るから。覚えておくといいわ」
とうに消えた役員に向けて、美里亜は言った。
招待状を手にし、机に伏す。眠って、次に目を開ければ、自分がここではない場所にいることとなるのは、分かっていた。
――飛鳥が目を開ければ、やはり自分は、美里亜のようになりたかったのだと感じていた。
決して、大企業の跡取りになりたかったとか、勉強に運動に全てにおいて優秀でありたかったとか、そんなことではない。
曲がったことは指摘し、立ち向かっていく彼女のスタイル。それを羨ましく思っていたのだ。
勉学だけを追及した自分と、勉学を始め多くのことを吸収し、重い責任さえも背負っていた美里亜。
飛鳥は、必死に生きて失敗したのだから、引き籠りは仕方ないなんて思っていた。それはなんら必死なことでも仕方ないことでもないと、美里亜の魂から感じさせられていた。本当に、自分は愚かだった。
衣鈴のための復讐を果たさねばという強い想いで、飛鳥は動く。
これまでの自分では考えられないことだったが、衣鈴という存在は勿論、美里亜の魂も後押しとなっていたのだ。
そんな美里亜が、自分の目の前にいて、遠まわしながら自分の身を案じてくれるようなことを言った。その理由は、美里亜の魂を見た飛鳥にも分からない。ただ、気恥ずかしさを感じつつ、嬉しくもあった。
「なあ、美里亜。なんで俺なんかを……」
しばし出来た沈黙に耐え切れなくなり、飛鳥は疑問を口にすることにした。
「……ごめんなさい!」
だが、それより早く美里亜が立ち上がり、頭を下げていた。九十度以上に曲がっていて、お嬢様が、一般庶民の中でも最下層に当たるような飛鳥に対してするべきそれではない。
「あたしはどうしても、猪突猛進で……あたしの魂を持っているあなたなら、それは言わなくても分かるわね。あたしは、風祭さんに腹が立って八つ当たりをしてしまった」
ようやく顔を上げる美里亜は、「いえ、違うわね」と続ける。
「味方になってくれると思った衣鈴さんをすぐに失い、犯人たる久龍さんには好きにさせてしまった。あたしは、あたし自身に腹が立っていたのよ」
飛鳥は、真っ直ぐ自分を見る美里亜に、同じく真っ直な目を向けている。
「だからこそ、あたしと同じ目的を持って、同じように失敗したあなたが、自分を見ているようで腹が立っていたんだと思う。それでいてさっきの会議だから、ね。あなたはあなたの意思を以て行動をしていたのに、あたしときたら……」
「そ、そこまで謝ってもらわなくてもいいんだが……」
「あたし、曲がったことが嫌い。でもあたしは、それをやってしまった。だから、決めた」
美里亜は一歩、飛鳥に近付く。飛鳥は、一歩も下がらない。お互い目を合わせたままだ。美里亜の力強い瞳に、飛鳥は引き込まれる。見ているだけで力を貰える気さえした。
「あたしは……あたしが、あなたを守る!」
すぅと息を吸った美里亜は、人差し指をビシリと向けていた。
「……は?」
飛鳥から出たのは、息が漏れる程度の音だけだ。
そんなセリフ、男が女に吐いて然るべしでは。最初の感想はそんなものだったが、すぐに、男女平等と謳われる今の世の中この考えすらセクハラなのだろうかと思い直す。
飛鳥は混乱していたのだ。男女平等だとかセクハラだとかは本当はどうでもよく、大真面目に何か恥かしいことを言っている美里亜の目を、ついに見られなくなった。曲がったことが嫌いといっても、その言葉は飛躍し過ぎている。
「でも勘違いしないで。あなたがあたしの魂を持っているなら、あなたを守ることで自分の魂を守る……つまりは自分を守ることに繋がるから」
美里亜も同じことを思ったのだろう。失敗した、というような表情で付け加えた。
ただ彼女は、そのまま少し黙る。
「どうした?」
「いえ……もうひとつ、謝らないといけないことがあった。怒ってくれて構わないから」
「なんだよ」
あれだけ早口にまくしたてていた彼女。謝罪さえもそうだったのに、ここに来て口ごもった。
「……あたしなのよ」
「何が?」
また少しの間が空く。飛鳥は黙って彼女を見た。また二人の目が合えば、美里亜は早口に言葉を繰り出す。
「久龍さんの魂を持っているの、あたしなのよ! さっきは散々あなたを責めたのに、あたしが名乗り出ればよかっただけ。あたしが死ねば、内の魂が消えて久龍さんが死ぬことは分かっていたのに!」
これまでと違い、そこに圧はなかった。ツリ目からも、冷たさを感じなかった。
「それは分かっていたから、何も思わないが」
飛鳥はポヤンとして言うだけだった。
「……え? 分かっていた?」
「お前がさっき俺を責めた時、俺が久龍の魂を持っていないことを、確信しているような言い振りだったからな。だから、お前が“魂把握”能力者か、久龍の魂を持っているかどっちかだと」
「何よそれ。全部あたしの一人相撲? バカみたい」
美里亜ははにかむ。それでも飛鳥は初めて、睨まれてばかりだった彼女の笑みを見る。
「ありがとう」
思わず飛鳥の口からそんな言葉が出ていた。
「何がよ?」
「お前が持つ魂が消えれば、お前はピンチになる。だから、久龍の魂を持っていることを言い出せないのは、止むを得ない。けど、それを俺に打ち明けてくれたのは、俺がお前を狙わないと思ってのことだろ? だから、ありがとう。こんな引き籠りでクズな俺を信用してくれて」
「その引き籠りっていうのは、あたしが叩き直してあげたいところだけど。けれど、どうしても久龍さんを倒さないといけなくなった時が来たら、あなたがあたしを殺し、久龍さんの魂を消して。でも、今はまだ……」
「ああ、久龍と組んでいるプレイヤーXを明らかにしないと、何も始まらない」
飛鳥は、自分の言葉に熱がこもっていると気付いた。美里亜になら、何でも言えるとも思った。だから、美里亜を失うわけにはいかない。いかに復讐のためとはいえ、美里亜の中にある久龍の魂を消す以外の方法を取らねばならない。
「久龍を殺す方法は、魂を消す以外にもある。久龍の持つ魂を知り、その魂を消した後、空になった久龍を殺せばいい。要は、久龍を二回殺すんだ」
これまでの、久龍を殺したいのに久龍以外を殺さねばならぬという図式より分かり易い。
もっとも、久龍の内にある魂を明らかにし、そのプレイヤーを先に殺さないといけないので、やはり直線的な復讐にはならないのだが。
美里亜は無言で頷いていた。同じ動きをしようと思っていたらしく、すでに飛鳥を睨んでなどいない。敵視することもライバル心もなくなったようだ。
これは同盟だと、飛鳥は思った。衣鈴のための復讐。一人で出来ないことも、美里亜とならば成せるかもしれない。友達なんていたことはなかったが、仲間とはこうも心強いものなのか。
「そうだ、俺は“霊媒師”能力者だ。これは他プレイヤーの魂を呼び出して記憶を見られる。俺はこれまで、衣鈴と寺沢の魂を見ているから、情報として一応教えておく」
そうと決まれば、小さなことでも共有だ。そう思って口を開いたのだが、美里亜は腕組みをして「それはありがたいけど……」と歯切れが悪い。
「今、あなたが持っている能力を言われると、あなたがあたしの魂を持っていることの証拠が薄くなるわよ? あたしの記憶を語ることが出来たのは、あたしの魂を持っているからではなく、ただ“霊媒師”能力者だから知っているだけ、とも取れるもの」
しまったと思った。もう遅い。せっかく仲間だと思えたのに、人付き合いに対する経験不足は深刻であった。
「……ふふ」
「……?」
下を見た。美里亜が下から覗き込むようにイタズラっぽく笑うものだから、思わず笑い返してしまう。飛鳥の言葉に嘘はない。美里亜もそれを理解してくれていたようだ。飛鳥が一人で勝手に深刻になっていただけのようで、美里亜にからかわれていたのだ。
「なら代わりに、あたしが持っている久龍空奈の魂について話すわ。……善悪の判断は、あなたに任せるけど」
笑みを崩した美里亜は、どこか気まずそうにする。飛鳥は、明日は久龍の魂を口寄せしようとしていたゆえ、これ幸いと耳を傾けた。
「久龍さんは、一言で言えば“人助けの人”ね。強盗殺人犯にも臆さず、持ち前の身体能力を駆使して立ち向かい、警察に突き出してしまうという善行を行っているみたい。けど……」
美里亜は一旦切り、少し言葉を選ぶ素振りを見せた。
「ある時久龍さんは、人助けをしようとしたのに、裏切られてしまった。それは酷いものでね。
そして久龍さんは、『お礼なくして人助けなし』ということに行き付いてしまった。久龍さんは身体を張って人助けをしているのだから、それに見合ったお礼がなければ、それは久龍さんに対して敵意を持っているからだ、と。
だから久龍さんは、必ず依頼人に見返りを要求し……満足出来なければ、依頼人を殺す。裏を返せば、正当な報酬さえあれば、久龍さんはどんな依頼でも受ける」
「……」
美里亜が一通り話を終えると、飛鳥はしばし口を開かなかった。
“霊媒師”能力を使ったわけではないので、久龍の魂を直接見てはいない。それに美里亜がある程度オブラートに包んだので、本当の意味で久龍を“知る”ことは出来なかったからだ。
「確かに、全部が全部、久龍だけが悪いと言うつもりはない。だがこの館において、久龍空奈は、衣鈴を奪った。それは間違いない」
だから、今言える最低限のことだけ美里亜に伝えた。
「ええ」
その判決、どうやら美里亜も同じだったらしい。
二人は再度顔を見合わせて頷くと、決意を新たにするのだった。