第二章 討伐計画(4)
【四】
その後、何事もなくマーダータイムを終えた。
十九時になり、一応夕飯を手にしている飛鳥ではあるが、それが口に運ばれるのはせいぜい一分に一回だ。
久龍と組んでいるプレイヤーXだと思っていた寺沢が、その久龍に狙われた。見る限り、とても演技だとは思えない。となれば、Xは寺沢ではなかったということになる。では、一体誰なのだ、Xとは。
そして久龍。
復讐すべき相手は、春野の動きを読み、ターゲットを春野にしたらしい。それはいい。だが、なぜ春野の部屋にあっさりと入ることが出来たのだろう。
「分からん……それに……」
昨日久龍は、マーダータイムが始まって即、衣鈴を手にかけていた。
なのに今日は、なぜすぐに動かなかったのだろう。飛鳥が先に、美里亜を庇う行動をとったからだろうか。久龍は個室に入る術を持っているから、より春野らが油断しているであろう状況を狙ったからなのだろうか。なら衣鈴の時は、なぜそうしなかったのか。
堂々巡りだった。益々食は進まない。
「ん?」
丁度箸を置いた時、部屋にインターフォンが響いた。
「どちら」
「天崎飛鳥。顔を貸せ。拒否権はない」
どちらさまですか。飛鳥がそんな短い言葉を出す前に、その扉の向こうにいるらしい男は声を放り投げ、そうして去っていったようだ。
すぐに扉を開けて姿を見れば、それは風祭界斗だった。いかにもインテリでございという男は、すでに隣の美里亜の部屋でもインターフォンを鳴らし、同じ言葉を言っていた。
衣鈴によれば、風祭は刑事。刑事とは、どうしてこうも威圧的な生き物なのだろうか。そもそも、刑事なんて人間がなぜこんな殺し合いゲームの場にいるのか。ここは治外法権で、館のルールが法律だ。誰かを逮捕出来るわけでもないだろうに。
「何をしている? 時間が惜しい、早くロビーに来い」
風祭は、扉の前から動かない飛鳥を睨みつつメガネをクイと直すと、高そうなスーツを翻して一階に降りていく。
腑に落ちない飛鳥ではあるが、同じように扉の前で、同じような表情をしていた美里亜と目が合うと、仕方なくロビーへ足を運ぶことにした。
◆
「見剣みちる、米良メアリー、仙波戦士、天崎飛鳥、御堂美里亜……そして俺、風祭界斗。この六人で、久龍空奈の討伐を行う」
飛鳥と美里亜が席に座るや否や、足を組み片手で頬杖をつく風祭が、そう会議の宣言をした。それはもう、エラソーに。
「久龍は今日で、二億円を獲得している。そうだな、“状況把握”能力者」
「能力名で言わないでよー米良メアリーだよー。でも、YESー」
なおも踏ん反り返っているかのような質問をメアリーにすれば、メアリーはさして気にする様子もなく、頬付をついてガム風船を作る。
「まず、久龍が“肉体殺し”能力者なのは俺が保証してやる。他人の能力を借りられる、即ち全能力を使える“能力拝借”とも取れる行動をしていたが、それは違う。その能力は一つの能力を一度しか発動出来ない上、どのプレイヤーがどの能力を持っているか分かっていないと拝借出来ん。にも関わらずあいつは二回“肉体殺し”を発動している。同じ能力を二度使えば、プレイヤーの特殊能力はその能力で決まりということだ」
「風祭さん。なぜあなたがそんなことを知っているの? あなたがその、“能力拝借”だからかしら?」
「安直に考える女だな御堂美里亜。俺は刑事。こんな館に来る前から調べはついていたというだけだ」
美里亜の問いに、風祭は彼女の方を見ることなく答えた。もし見ていたら、怒りを冷たく静かに現した彼女の表情で、顔色を変えていたかもしれない。
「“肉体殺し”を使えば、殺した相手がそのまま死ぬ。このゲームのルール……プレイヤーの中にある魂を消し、消えた魂のプレイヤーが死ぬというもの……これをいっさい無視出来る存在だということ。誰を相手にとっても、久龍なら好きに殺しを行えることになり、最も厄介な敵ということだ」
「その意味では、“魂把握”能力者も同じじゃない? いえむしろ、ターゲット本人を狙わず、ターゲットの魂を持ったプレイヤーと結託することも出来るから、より強いかもしれない」
美里亜は懲りずに、わざと風祭と同じように頬杖をついて言う。
○魂把握
効果:プレイヤー全員の魂を把握することが出来る。魂は個室のノートパソコンで確認することが出来る。
発動条件:無
発動可能時間:常
「本当に考えが浅いな貴様は! 『自分が死んでも大丈夫。他人の魂が消えて他人が死ぬだけだ』という先入観が問題なのだ! 自分が死ぬことへの意識が薄いこともあり、警戒が難しいという厄介さも兼ね揃えている。全く同じではない!
実際初日に井口衣鈴が無様にやられているだろう。これからは久龍を警戒することも出来るが、能力を発動するかどうかは奴の気分次第で変わる。そうなれば対処出来んだろう!!」
結果、美里亜は、「その意味では、と前置きしたじゃない……」と、ふてくされるだけなのだが。
「俺はそもそも、奴を追ってこの館に来た。あの犯罪者をな。この館では、いかなる行動も罪に当たらないらしい。俺は小さな罪であっても犯してしまえば、デッドオアアライブだと思っている。つまり、最初から奴を狙っている」
風祭はといえば、だから有無を言わせない、と腕を組んだ。
「おーい、論点ズレそうだぜー? 久龍が厄介なんは分かったけど、だからどうするってー? 全員で組んでも、あいつが危険なのは変わらんぜ。まさか誰かを囮に!? はい俺イチ抜けたー!」
そこに、話しが進まないと見たらしい、見剣が口を開いた。
その大きな身体を後ろに仰け反らせておどけるように話す彼。素なのかわざとなのか分からない行動で、彼の本心は見えない。
「……どいつもこいつもバカばかりか……」
「だーっはっはっは! 言われてんぞーメアリー。んあ? 俺のことか!?」
頭を抱えて首を振る風祭にも、見剣の態度は変わらない。
風祭は、見剣のことなどどうでもいいように、全員を一人ずつ睨みつけた。
「名乗れ。誰が久龍空奈の魂を持っている? 六人もいれば誰かいるだろう。そいつを殺せば、結果的にそいつは死なず、死ぬのは久龍」
一周すればメガネを直し、腕組みに戻す。
誰もがそんな風祭の様子に、一言も発しなかった。
飛鳥は目を逸らしつつ、誰にも聞こえぬよう溜息を吐く。ああ、こいつ頭良いフリしてたぶん悪い。そう言いたいのを、吐いた息に混ぜて踏みとどまった。
風祭の言う策など誰しも思いつくだろうに、さも素晴らしい発想のように語る彼が、あまりに滑稽だったからだ。
風祭とは目を合わさぬように他プレイヤーを見ても、やはり飛鳥と同じような表情をしていた。
まずはメアリーが風船ガムをパンと割る。
「いやー、それは名乗らないんじゃないかー? 確かに久龍は殺せるけどさー、内にある魂を失ったら自分が死なずとも後がヤバイわ。一度目に殺された時に消えるのは内にある誰かの魂でもー、二度目に殺された時に死ぬのは自分自身でしょー」
追ってさっきのお返しとばかりに、美里亜も前のめりで主張する。
「そうなってしまったら、“肉体殺し”がなくても、その魂を失った人をターゲット指定した殺しが出来てしまうわね。いくら久龍さんを倒すためとはいえ、それじゃ本末転倒でしょ? いえ、全プレイヤーから狙われることになり、久龍さん一人を警戒すべき今の方が余程マシよ」
その二人以外も、呆れ顔を隠しもしないようだった。
「……まあ、言わないなら言わないで、それで構わん」
ところが、風祭は特に怒るでもなく、立ち上がってメガネを直してから腕組をする。
「それならば明日から、俺はお前らに命令するだけで事足りる。『お前が久龍空奈の魂を持っているのか?』とな」
「!」
そうして発言した風祭に、全員はほぼ同時にそちらを見た。
「ふん。愚かなお前達でも、俺の言わんとしていることが伝わったようだな。そうだ、俺の能力は“絶対服従”。相手が誰であっても、俺の命令を遵守させることが出来る能力だ」
注目を集めた風祭は、スーツの内ポケットから能力名が書かれた能力カードを取り出すと、テーブル上に投げ出す。そこには確かに、“絶対服従”の文字があった。
○絶対服従
効果:自分の命令を確実に実行させる。一日一回、一プレイヤーに対してのみ効果が得られる。
発動条件:「(相手の名前)は(一人称)の命令を聞け」という発言を相手に聞かせる。その次に発言した命令が実行される。
発動可能時間:マーダータイム中
「そういうことだ。言わないと言うなら言わせるだけだが、無駄な時間を浪費するよりも、今ここで吐いた方がいいだろう? なあ、天崎飛鳥に仙波戦士。貴様らは先程から黙っているが、貴様らのどちらかじゃないのか?」
「え……」
飛鳥は突然名前を呼ばれ、肩がビクリとなる。余計に風祭から疑いの目線が向かってきた。そんな、あたかも数十段上から見下しているかのような問いに、飛鳥は言葉が出なかった。
衣鈴や美里亜の時のように、一対一なら辛うじて話しも出来ていたし、舞い上がったこともあって口は回っていたが、こういう大人数の場ではどうにも苦手だ。
「……」
対面にいて無言で首を振る仙波を見て、より焦る。迷彩服の大男は、初日からこうして名指しされた今に至るまで、一言も話していないのだからそれで成り立つ。だが飛鳥は、少なくとも無口ではない。
「成程。天崎飛鳥、俺が明日“絶対服従”を使うのは貴様だ」
「ちょ、ま……俺は違っ……」
もっとも、飛鳥が話せないのは、コミュ障だから、というだけではなかった。
久龍と組んでいるXが誰か分からないので迂闊なことを言えないとも思うし、本来なら“絶対服従”を久龍にかければいいのではと提案もしたい。
だがそれ以上に、飛鳥の内にある魂が問題なのだ。
「否定するなら、もっとはっきりと否定したらどうだ?」
「まーまーまーご両人! 落ち着きなすって!」
なおも責めてくる風祭に、見かねた見剣が割って入った。飛鳥は正直ホッとしたものの、見剣の顔は笑っているので、面白がっているようにしか見えない。
「だいたいさー、“絶対服従”って一日一回、一プレイヤーに対してしか使えないんでしょー?」
見剣は言葉だけだったが、今度はメアリーが、飛鳥と風祭の間に身体ごと割って入る。
「明日天崎に、『お前は久龍の魂を持っているかー』って聞いてNOだったら、時間無駄にするだけでしょー。一日一人に聞いても、能力が使えるマーダータイムは残り六回でー、久龍以外で生き残っているのは七人なんだからー、最悪見つからずにゲームが終わっちゃうってー」
相変わらずガムを噛む音も止まないが、彼女の脱力ボイスには幾分癒された。
「……なら、会議はお開きね。これ、絶対まとまらないわよ」
一方で。
妙に不機嫌な美里亜は、立ち上がるとほぼ同時にこの場を去りつつ、捨て台詞を残す。風祭のせいで怒っていた彼女ではあるが、その時とは違う、さらに冷たい怒りを抱えているように見えた。
「そうだなー。風祭のダンナよー、次はもっといい作戦頼むぜ!」
「頼むぜー」
それを皮切りに、見剣とメアリーも続けば、無言で仙波も立つ。さらに遅れて飛鳥も立てば、残された風祭は、座り直してまたメガネをクイと直していた。




