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第二章 討伐計画(2)

【二】


 翌日。

 マーダータイムを十五分後に控え、飛鳥はエントランスとロビーとは隔てる扉を開けた。すでに美里亜、風祭、仙波、そして寺沢と春野がいる。


美里亜は相変わらず腕組みで睨みつけるように、風祭はメガネを直しつつ、仙波は無表情で何を考えているか分からない状態だ。彼らに共通しているのは、やたらイチャつく寺沢・春野カップルを見ていることである。


「オイそこの男……天崎ぃ……何見てやがんだぁ!? 他の奴らも同じだクソが。こいつは俺の女……顔も身体も一級品だが、俺がいなくちゃ何も出来ねえ奴だぜ?」


 飛鳥も釣られてうっかり凝視してしまえば、寺沢から名指しで睨まれる。それを機に、美里亜ら他の三名も寺沢から目を背けた。


「あの二人……昨日は仲が悪そうだったが……」

「男女の仲なんて分からないものよ」


 誰にも聞こえないと思って呟いた言葉。

 それをどうも、美里亜が聞いていたらしい。昨日の敵意を剥き出しにした状態など忘れたかのように、飛鳥に近付いてきた。相変わらずそのツリ目は鋭いが。


「おま……」

「勘違いしないで。あたしもそれに同意なだけだし、ここにいる他の奴らよりはあなたが、辛うじてたまたま極わずかにマシってだけ。風祭さんはプライドの塊なのか、『今は観察だ』と言って話にならない。仙波さんはそもそも一言も話さないし……誰よりもあの寺沢鉄地って男、最悪だから」


 ツンっぽいセリフを最初に置いたのも束の間、ここにいる男全員をディスり少しのデレもない。


「確かに美人の彼女がいるからって、あんなに見せ付けるのは最悪だよな……」


 ご縁のない飛鳥には、あんなものは目に毒だ。


「それもあるけど……そうね、あなたは男だから知らないのね。寺沢さんは初日の夜、あたしの所にやってきて口説いてきた。『帰って』の一言で消したけど、背中を追ってみたら、今度はメアリーさんと話しているじゃない。あれはきっと、ここにいる女全員を口説きに行っているわよ。春野さん、遊ばれているんじゃない?」

「それって……!」

「! ……余計なことを言ってしまったみたいね。それじゃ」


 美里亜はすぐに離れ、別の場所に座る。だが、寺沢に対しての敵意を共有したためか、美里亜は少し饒舌だった。

 相変わらず美里亜には言われる一方だが、彼女のおかげで光明が見えた。復讐を果たすにあたる、大きな一歩が踏み出せた気がする。美里亜の言葉から一つのヒントを得たのだ。


 久龍空奈と組んだプレイヤーX。それは寺沢鉄地ではないだろうか。


 久龍は、性格はよく分からないが見た目は良い。

 寺沢はご多分に漏れず久龍にもアプローチをかけ、そこで久龍が良い反応を見せれば、寺沢が彼女を落すために献身的になる可能性はある。

 寺沢の、渋谷でヤンチャしてます的な見た目や態度を見ると献身など想像出来ないが、女を落とし慣れているように見える彼なら、「ナイフ? いいぜ、持ってけよ」なんて最初だけはそんなことをしても不思議ではないだろう。


 さらに寺沢が、衣鈴が殺すに至る動機も考えられる。彼が衣鈴にアプローチをかけるも断られ、その腹いせに殺したのだ、と。


 つまり昨日の衣鈴殺しは、久龍の意思ではない。

 寺沢が久龍の能力たる“肉体殺し”を利用して、気に入らない衣鈴を殺した、ということになるのではないだろうか。

 ナイフを渡される代わりに久龍は賞金を得られるのだから、久龍にとっても良いことばかり。


「美里亜も……」


 そして美里亜の、『余計なことを言ってしまった』という発言から、彼女も同じ推理をして寺沢を疑っていることが想像出来る。

 衣鈴のための復讐を誓った者同士なのに、情報を与えてしまったと思っての発言だ。美里亜にとっては、久龍を狙うこと、それと組んだプレイヤーXの可能性が高い寺沢を狙うことは勿論、飛鳥も意識しないといけないライバルとなっているのだろう。


 だがどちらにしろ、今の時点では飛鳥は何も出来ない。

 久龍や寺沢を殺したくとも、いったい誰の内にその魂があるか分からないのだから、狙いようがないのだ。


「おーおー皆さんお揃いで! 五分前行動とは関心するぜー。俺なんて五分後行動がモットーだからなー!」

「ウチが呼ばなかったらミッチー、永遠にマーダータイム参加出来ないよー」

「生まれた時も予定日の一カ月後の出産だったらしいこの俺様だかんな! だーっはっはっは!」


 飛鳥が狙いを定めた頃、扉が破壊されたのではというけたたましい音とともに開けば、それさえかき消しそうなボリュームの大笑いと脱力ボイスがやってくる。

 まだロビーに来ていなかった、見剣とメアリーだ。

 寺沢のせいでピリついた空気が一転、殺し合いの場ということを忘れそうな程呑気なものとなっていた。


「あっちゃー、またクゥお姉さんが最後か。お布団大好きだからしょうがないね! 寝る子は育つ~でもなんで胸は育たなかったの~」


 それも束の間だった。

 追って現れた久龍により、一瞬で崩れ去っていった。

 久龍の発言だけとれば空気に馴染むものだが、部屋の奥で自分達だけの世界を作っていた寺沢と春野さえ、久龍に注目している。

 久龍は唯一殺しを成功させた女であり、全員が警戒している対象だ。全員が全員、この場の存在意義を再確認したことだろう。


「お? ちょっとちょっとー、確かにクゥは美人さんかもしんないけど、そんなに注目される程じゃなくない?」


 当の本人は、少しだけモデルよろしくポーズを二、三キメるが、照れくさそうに笑ってストンと椅子に腰を下ろす。なぜ自分が注目されているか分からないといった様子だ。


「……意外だ」


 久龍に顔を向けるのは飛鳥も同じではあるが、自分の耳にも聞こえない程度に呟いた。気付けば、これで生き残ったプレイヤー全員が揃っている。飛鳥の疑問は、そのプレイヤー達に対してのものだ。


 久龍が“肉体殺し”であることは、誰しも想像出来るはず。ならば、次に狙われるのは自分だと考えないのだろうか。

 飛鳥自身は、復讐のために情報収集をという想いがあるため、まずは顔を出すしかなかった。果たして他プレイヤーはいかがなものか。


「あ……」


 美里亜と目が合う。すぐに逸れたが、他プレイヤーを見渡している彼女を見るに、またしても飛鳥と同じように考えているのだろう。


「!」


 同時に飛鳥は、一つの可能性に気付いた。

 いや、先程プレイヤーXの件……寺沢が衣鈴を狙った動機に思い至った時点で、考えるべきことだったのに。


 気付いたのは、別に飛鳥に危機が迫っていることではない。むしろ飛鳥自身は、今日は安全を約束された気がした。今日、久龍に狙われる可能性が高いプレイヤーが分かってしまったのだ。


「お。間もなく時間だーあと十秒ー」

「あ!」


 メアリーが風船ガムを膨らませつつ、ディスプレイに映る時計を指差す。何か対策を取る余裕はないらしい。


 まあ、自分に被害が及ぶわけじゃないんだ、仕方ない。

 一瞬そう考えてしまったことを、強く後悔した。使わないと決めた口癖を、早速頭に浮かべているではないか。


「美里亜……御堂美里亜!」


 飛鳥はブンブンと頭を振り、「マーダータイムスタートー」というメアリーの力の抜けた声を掻き消す。


「え?」


 美里亜の元に駆け寄るとその腕を強引に掴み、「痛いから離して!」と言うのも無視してロビーを後にしていた。他プレイヤーから悪目立ちしていると思ったが、飛鳥は夢中だった。


「ちょっと!」


 大階段を上り、エントランスを見下ろせる二階の吹き抜け部分にやってくると、美里亜に手を振りほどかれた。


「何してくれるわけ?」

「お前は!」


 大して疲れた様子もなく詰め寄る美里亜と、膝に手を置き何度も息を吸って吐いてする飛鳥。それでも飛鳥は、顔をあげて美里亜を睨む。


「お前は、久龍に次に狙われていたかもしれないんだぞ!? 今すぐ部屋に戻れ!」


 さらに、なおも美里亜の腕を掴もうとした。


「……そんなこと、分かっているんだけど?」


 しかし、美里亜はさらりとそれをかわすと、呆れましたと飛鳥にぶつけるように、大きな溜息を吐いた。


「あなたの言いたいこと、こうでしょ? 久龍さんは、寺沢さんに指定されたプレイヤーを殺すつもりでいる。昨日は衣鈴さんを殺し、それは衣鈴さんが寺沢さんのアプローチを断ったからだった。であれば今日、同じように断ったあたしが狙われる、と」

「そうだ! だから部屋に入れ!」

「だから言ったでしょ、分かっていた、って。その上であたしがマーダータイムに参加した理由を察してほしいわよ、まったく」

「り、理由……?」


 なおも引き下がらない飛鳥に、美里亜は先程以上の溜息を吐けば、少し髪を整えてから腕組みをして、凍えるようなツリ目を飛鳥に向けた。


「あたしは、今日久龍さんを殺せる策を持っていた。あなたが邪魔さえしなければね。あたしを助けるフリをして、自分の獲物を奪わせないようにする気だったわけ?」

「な……違っ……!」

「とにかく。もう起こってしまったことは仕方ない。ここからでもロビーの様子は分かる……あたしは観察に徹するから、せめて、邪魔しないで」


 美里亜はもう1度飛鳥を強く睨むと、短いスカートを翻しつつ一挙に回れ右した。


「そうだ……あなた、意外と話すのね。もっと無口かと思っていた」


 美里亜は一階のロビーの方へ視線を移しつつ、飛鳥の返答を期待するでもなく言うだけだった。

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