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第一章 魂の奪い合い(2)

【二】


「飛鳥さん」


 ルール説明が終わってから、二時間弱経っただろうか。


 飛鳥が自室で、ジェラルミンケースに入っていたルールBOOK、拳銃にナイフ、自身の特殊能力について確認していると、背後から声をかけられた。

 またしても、確実に鍵をかけたはずの部屋へ、衣鈴が入って来たのだ。


「せめてインターフォンを鳴らして欲しかったんだが……」

「あ、ごめんなさい。ついうっかり」


 飛鳥の注意に、衣鈴は冗談半分で謝る。

 どうやら飛鳥が、衣鈴がそうやって入ってくるのを分かっていることに、気付いていたらしい。両手を揃えて膝の上に置きつつ、椅子に腰かけた。


「井口さん。やはりお前は、“鍵師”能力者か」

「はい、そうです。あ、井口じゃなくて、衣鈴、でいいですよ。私も飛鳥さんと読んでいましたし」

「あ、ああ……」


 自然と話せると思っていたが、下の名前で呼べと言われて思わずどもる。

 すぐにルールBOOKに目を落としてごまかし、一点を指差した。ルールBOOKに記載がある、十ある特殊能力の名が羅列されたうちのひとつ、“鍵師”能力の部分だ。


「“鍵師”能力は、どんな鍵のかかった扉も、手を触れるだけで開けることが出来る能力です」

「やっぱりか。い……衣鈴が俺の部屋に入って来たのもその能力を使ったからか。最初は本当に、心臓が止まるかと思った」


 いしゅず、と噛むのをぎりぎりこらえて、飛鳥は衣鈴を見る。

 ルールBOOKにはあくまで特殊能力の名前しか書かれていない。だが、その名前からある程度効果を想像出来るものも多かった。


○特殊能力 鍵師

効果:どの個室のドアも開けることが出来る。

発動条件:個室のドアに手で触れる。

発動可能時間:常


「それで、お前はこれまで何を? もう二十三時過ぎ……」

「ご、ごめんなさい。遅くなって……」

「い、いや、そうじゃなく……」


 こんな遅い時間に、曲がりなりにも飛鳥の部屋となったこの場所で二人きりになるとは。それ以上は言えなかったし、どうも意識しているのが自分だけのようで、気恥ずかしくなった。


「実はですね、皆さんの所を回っていたのです」

「皆さんて……他の八人のプレイヤーの所か!?」

「はいです。明日からのことを考えて、皆さんの人となりを知っておきたかったのです」

「すごいな、それは……」


 さらに衣鈴は、こんな訳の分からない場所に来ているのに、今後のことを考えて動いていたらしい。


 衣鈴の第一印象は、弱々しい女子高生だった。その印象は消えていないし、未だおどおどとしていることも見受けられる。だが、衣鈴は確固たる意志を持って動いているようだ。

 受験戦争に負け、引き籠りとなり、捨てられたここでもただ戸惑うばかりだった飛鳥と大違いだ。


「でも緊張しました……。大きな男の人もいましたし、冷たい目をした女の人もいましたから。でも案外、皆さん良い方でしたよ? 殺し合いが始まってしまえば、どうなるか分かりませんが……」


 えへへと笑う衣鈴は、あまりに眩しかった。


「なあ、衣鈴。お前、どうしてそこまで出来るんだ?」


 本来なら、衣鈴が全員を回った成果を聞くべきであることは分かっていた。

 それでも、こんな小さな身体で、飛鳥より二つも年下の女子高生が、こうして生きるための希望を見出そうとしていることを、理解出来なかった。しかも、ただの人生の敗者でしかない飛鳥に情報を渡そうともしている。


「それは……。そうですね、私は飛鳥さんのことをすでに知っているから、何も聞かずとも動いてしまいました。でも飛鳥さんは、私の魂を持っているわけじゃないですもんね。……ご迷惑でした?」

「迷惑なわけないが……」


 衣鈴とは普通に話せていると思っていたが、やはり飛鳥は、まだまだコミュニケーション能力が足りないらしい。

 素直に衣鈴がいてくれることは嬉しいのに、言葉足らずで真意が伝わらない。ただ衣鈴を尊敬し、加えて心配していただけなのだ。


「そうだ!」


 結局衣鈴も、自分の元を去ってしまうのでは。そう危惧して次の言葉を考えるも、うまく紡げない。

 だが、衣鈴はポンと手を叩いて飛鳥にずいと顔を寄せてきた。くりくりとした目が真っ直ぐに飛鳥を見ていて、恥ずかしくなり目を逸らしたくても、逸らせない。大きな黒目に吸い込まれそうだった。


「私の参加理由をお話しすればいいのですよね! 私は飛鳥さんを信用出来る理由があるので、逆に飛鳥さんも私を信用して欲しいのです。……なんて、自己中な話で申し訳ないのですが……」

「自己中なんて……。そんな大事なことを話していいのか?」

「いいのです! むしろ、飛鳥さんには私を知って欲しいのです」


 飛鳥は、両手を胸に当てて前のめりで話す衣鈴に対し、少なからず舞い上がっていることに気付いた。

 恋人どころか友人もまともにいなかった。殺し合いゲームをするなんて場所ではあるが、自室でかわいい女子と二人きりのシチュエーションで、さらに自分を知って欲しいなんて言ってくる。今この瞬間はしゃがずして、いったいいつそうしようか。


「私は女子高に通っているのですが、私の友人に、この館への招待状が届きました。その子はとても恐がっていて、でも逃げられないと言っていて……だから私は、代わりにここに来ることにしたのです」

「……。……はぁ!?」


 飛鳥を真っ直ぐに向いたまま、大して重要なことでもないように、衣鈴は言った。

 飛鳥は一瞬理解が遅れたものの、その驚きは声に出る。声だけでない、立ち上がるという行動にも出ていた。


「もし私が館から戻らなければ、友人が責任を感じてしまいます。私は、私なら大丈夫ですと言って、出てきてしまいましたから」


 今度は、二歩三歩、後ずさりしてしまった。衣鈴と二人しかいないはずなのに、大勢に囲まれて、後ろ指を差されている気がする。

 自分とは、本当に違う存在だった。親に捨てられた飛鳥と、自らの意志で、他人のために来たという衣鈴。


 最初におどおどとしていたのは、やはり衣鈴も緊張していたからなのだろう。それでも、友人のために絶対に生きて帰るという決意の元、自分を奮い立たせているのだ。だから全員と接触するなんて行動を取れて、かつこんなクズな飛鳥であっても、味方になり得るのなら協力する。

 友人のために代わりに、なんていったいどんな友人なのか見てみたいものだ。


「あ」


 そこで飛鳥は、足元にあるジェラルミンケースを見た。

 見てみたいなら、見ればいいのだ。ケースの中には、先程まで確認していた、己が特殊能力を示すカードも入っている。


「衣鈴。俺、“霊媒師”能力者なんだ。これは、一日一回だけ、誰かの魂を見ることが出来る。これでお前の魂を見れば、お前が俺を信用してくれるように、俺もお前を完全に信用出来るかもしれない」


○霊媒師

効果:他プレイヤーの魂がもたらす記憶を読み取ることが出来る。一日一回、一人の魂のみ口寄せ出来る。

発動条件:「(相手の名前)の魂を口寄せする」と発言する。

発動可能時間:常


 飛鳥はケースから、能力名と説明が書かれたカードを取り出し、衣鈴に渡した。


「え……?」

「ん?」


 衣鈴はそれを凝視して、固まる。『それはいいですね! これでお互い本当の仲間です!』なんて言葉が来るのを期待したのに。


「待ってください!」


 どうかしたのかと聞く前に、衣鈴が叫ぶ。本人も想定外に大きな声が出てしまったようで、「ごめんなさい」と小さくうなだれたまま、言葉を続ける。


「貴重な一回を、私に使うのは勿体無いです。他のプレイヤーの魂を見てみませんか? それに、今の時間を見てください」

「時間……間もなく〇時を回るところか……」

「はいです。一日一回しか使えないなら、今使えば日付を超えてしまうかもしれません。そうしたら、今日の分の消費と見なされるのか、明日とみなされるのか、或いは両方とみなされてしまうのか、分かりません。今日とされるなら良いですが、明日となってしまうなら、最初のマーダータイムとなる明日を見てから使うべきだと思います」


 衣鈴は下を向いたまま、淡々と言った。これまで見た、おどおどや、決意に満ちた態度とはまた違う彼女だった。


「……そこまで言うなら、そうするさ」

「ありがとうございます……!」


 飛鳥は了承した反面、腑に落ちていなかった。

 衣鈴は飛鳥の魂を見たから信用し、逆に自分を信用して欲しいから参加理由を語ると言った。それなら、衣鈴に対して“霊媒師”を使うことは歓迎するはず。衣鈴の言い分はもっともではあるものの、今すぐ使って日付が変わる前に能力の発動をやめればいいだけのはずなのに。


「あ……いよいよですよ」


 そうこうしているうちに、ノートPCに映し出されているデジタル時計は、全て〇を刻んでいた。準備日だった初日を終え、ついに殺し合いが始まるその日となったのだ。


「飛鳥さん。今から今日のターゲット指定が出来ますが、どうするのです?」


 衣鈴は飛鳥の方を見ないまま、PCのデスクトップにある“T”と書かれたアイコンを指差す。ターゲット指定は個人PCで行うので、そのソフトを立ち上げるためのものだろう。


 こちらを見ない衣鈴に、言いたいことはある。でも、衣鈴の中では終わったらしい、終わらせたいらしい先程の話に戻すことは、飛鳥の話術では出来なかった。

 ただ『“霊媒師”能力を使われるのが嫌なのか』と聞くだけでいいことは分かっているのに、それをしたら衣鈴が今度こそ逃げてしまう気がして憚られたのだ。


 すでにターゲット指定用の画面が開かれたノートPCを覗き込む。

 ターゲットをご指定くださいと上部に書かれていて、後はプレイヤーの顔写真と名前が羅列されているだけ。二列×五行の十人分で、五十音順に並んでいる、といった具合のインタフェースだった。飛鳥は天崎なので左側の一番上に、衣鈴は井口なので右側の一番上に、それぞれ名前がある。


「ターゲット指定はするが、たぶん、明日に関してはほとんど意味がない」


 衣鈴に対する疑心を振り払うように、飛鳥は明日に思考を移す。


「飛鳥さんもそう思うですか?」

「ああ。このゲームでいう殺しというのは、例えば俺が衣鈴をターゲットにして衣鈴を殺してもダメなんだろう。あくまで誰かが死ぬのは魂が消えた時……誰かの中にある衣鈴の魂を消さないと衣鈴は死なない。何が言いたいかと言うと……」


「誰の内に誰の魂があるか分からないと、ターゲット指定をしても意味がない、ってことですね!」

「そういうことだ。ターゲット以外を殺したら自分も死ぬなら、博打も出来ないからな。

 つまり賞金を得るには、①誰が誰の魂を持っているか明らかにし、②ターゲット指定した上、③狙う魂を持つプレイヤーを殺す、の三ステップを踏まないといけないということだな」


 口下手である飛鳥だが、こういった論理的思考と解説は得意だった。この館に来て、ここまで長く口を開いたのは初めてだろう。


「そもそも私は、ただのプレイヤーさんを殺す、そんなことをするつもりはありません。だから皆さんと接触したのですから」

「“ただの”プレイヤー?」


 その部分を強調した衣鈴に、飛鳥が問う。


「私は本当なら、殺しなんてするつもりはないです。恐いですから。……ですが、私が代わりにゲームに出たお友達が、私が戻らなければとてつもない罪悪感を抱くかもしれないです。私は、そちらの方が恐い。それに……」


 衣鈴は、一旦言葉を切り、飛鳥を見た。


「私はひとつ、気になっていることがあるです。飛鳥さんも感じているはず」


 そうですよねと、同意を求める目をしていた。


 飛鳥は思い出す。この館に来てから疑問というものは尽きない。

 その中で衣鈴と共有しているらしい疑問と言えば、ルール説明が終わった後の会話だろう。飛鳥の『プレイヤーがボイコットした時、どうするつもりだったのか。審判はいないのか』という問いに、衣鈴は『やはり飛鳥さんを信用してよかったです』と答えていた。衣鈴も同じことを考えていたからこそ、そう反応したに違いない。


 飛鳥が気付いたことに、気付いたらしい衣鈴は、満足そうに頷く。


「あの時の疑問の答え、私はこう考えています。“審判は最初からいる。プレイヤーの中に、ゲーム運営に関係している方がいるのでは”と」

「!」


 衣鈴は拳を握り締め、真剣な眼差しを向ける。飛鳥の首元はゴクリと鳴った。


「こんな不思議なことが多そうなゲーム。今回みたいに混乱なく始まれば良いですが、起こる時は起こるはずです。その際、ゲーム運営関係者が誰もいなければ、破綻するです。そしてその人さえ見つかれば、こんなゲームは、終わるはず……。殺し合いなんてしなくていい……私はそう思っているです!」


 言い切ると、衣鈴はふぅと溜息を吐いた。

 言い切った、言ってしまった、という想いが溢れてしまったのだろう。衣鈴はそうだと信じて疑わないのだろうが、見方によっては、何言っているんだこいつはと言われかねない内容であることも分かっているはずだ。


 飛鳥はそれを馬鹿にするでもなく、確かにそうだと思った。

 殺し合いなんてしたくないからさっさとそいつを見つけてしまおう、なんて考えは甘いということは分かっている。


 だがもし、プレイヤーから不平不満が出ぬように、何者かがコントロールしていたのだとしたら。出た時に、抑止力となれるように構えていたとしたら。


 例えばルール説明において、魂と肉体について説明があった際、二名が死亡している。結局は生き返ったのだが、あの光景は確かだった。

 プレイヤーらは、あの事態を見てから混乱と困惑、加えて不思議なことが起こる館だと妙な納得をしたように思う。あの時死したどちらか或いは両方が、ゲーム運営側の人間だとしたら。


 仮説の域を出ない、むしろ仮説と言うにも根拠が乏しいのは否めない。しかしながら、『誰を殺すか』と考えるよりも、ゲーム運営側の人間、即ち、『黒幕は誰だ』と考える方がよほど頭が回る。


「……俺もそいつを探すこと、協力させてくれ」


 心から、そう言った。


「飛鳥さん……!」


衣鈴はこれまで以上に距離を縮め、飛鳥の手を両手で包み込んできた。飛鳥は暖かな温もりを感じ、恥ずかしさに襲われるも、決して悪い気分ではない。握り返す勇気がないのが、どうにももどかしかった。


「本当に飛鳥さんを信用してよかったです。あなたの魂を持っていてよかったです。一緒に頑張りましょうね!」

「ああ!」


 これまで、すでに死んだ人間であるように考えていた飛鳥は、初めて認められた気がした。

 人間のクズたる自分なんかが、どこまで出来るかは分からない。未だ自分なんかに生きている価値はあるのかと疑念もある。だが幸い、周る頭は持っている。他に使い道がないなら、今ここで使わずしてどうするというのだ。

 全てはこの、井口衣鈴のために。


「明日から、頑張ろうな」

「はい!」


 飛鳥と衣鈴は頷き合うと、もう十二時間もない、殺し合いが許される時間……マーダータイムへの意識を高めていった。

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