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第三章 依頼の対価(4)

【四】


 明けて、五回目のマーダータイム。


 この日、久龍は昨日受けた罰則の影響で、能力も使えなければターゲット指定も出来ないため、マーダータイムに参加しても意味がない。

 だが飛鳥と美里亜の関係を洗っておきたいし、他プレイヤーの動きを見たいこともあり、マーダータイム開始三分前にはエントランスの一階にいた。


「おやおや少年、中に入らないのかい?」

「久龍……」


 ロビーへの扉の前に来た時、その脇で、壁にもたれかかっていた飛鳥を見た。こちらに気付けば飛鳥は睨んでくるが、別段何をしてくるわけでもない。


「ま! かくいうクゥも入るつもりないけどねー! 入っても意味ないし」


 久龍はおどけるように、くるりと一回転してスカートの裾を広げるようなポーズをするが、ショートパンツの久龍では格好がつかない。


「それじゃー、マーダータイムスタートー」


 そうこうしているうちに、半開きになっていたロビーの扉からメアリーの脱力ボイスが届く。


「あらま、始まっちゃったねー。クゥ、帰る!」


 その声を聞くや否や、久龍は数十段ある階段を三歩程で上り切る勢いで駆け上がれば、即座に自室に飛び込んだ。

 ロビーにはメアリーと見剣しかおらず、飛鳥はエントランス。美里亜はそこにいなかったので、飛鳥と美里亜は共にはいないことを確認出来たからだ。


 自分がそこにいれば、久龍自身はターゲット指定が出来ない以上殺しは許されず、他プレイヤーもそれは分かっているだろうから、ただのサンドバッグになりかねない。ゆえにすぐに戻ることにしたのである。


「あれ」


 そこで久龍は気付く。感じた、といった方が適切か。


 これまでのマーダータイム、久龍は全て参加しており、しないのは今日が初だ。すると、“今自分はマーダータイムに参加していない”と頭が認識していた。何かがそう訴えかけているようで、この不思議な館の成せる技なのだろう。


「……少年、面白そうなことしてたなー……」


 衣服を適当に脱ぎ去る久龍はひとりごちた。


「うん、明日が楽しみだー!」


 そうしてまたシャワーを浴びた後、ベッドにダイブ。勿論スキンケアなどは怠らないが、数秒後には眠りに落ちていたのだった。



 次に久龍が目を覚ました時、時計の短針があれから二週する直前だった。翌日、六回目のマーダータイム開始まであと僅かだ。


「お布団、すごい。美容の味方」


 手早く着替えからブランチからメイクから済ませた久龍は、エントランスの大階段をぶつぶつ言いながら降りていく。


「メアリーさん、この前は邪魔してくれてありがとう。あたしと飛鳥は、あなたを狙うことにしたから」

「マジかー、それは怖いねー」


 久龍は、ロビーの出入口付近で、腕組みをした美里亜とガムの封を開けたメアリーが対峙しているのを見た。美里亜の冷たい目は真っ直ぐにメアリーを捉えており、メアリーはガム風船を作りつつ頭をかく。


 美里亜は飛鳥の名を口にしたが、それが方便であることを久龍は聞いている。“状況把握”で割れるかもしれないが、表立って久龍と美里亜の繋がりがバレてはお話にならないからだ。


 そんな彼女らを横目で見つつ、終わるまでは中に入れないなと思っていると、同じように所在なさそうにしている見剣が近付いてきた。


「いやーー、女同士ってのは怖いねー! って、その女に言ったって仕方ないってか!?」

「だっはっはお兄さんも何考えているか分からんから怖いけどね!」

「マジで!? 俺程裏表のない人間はいないって俺ん中で有名だぜー? オセロをやっても石が両面白ってなもんだから勝敗つかねーみたいな!?」


 そういう訳分からんことを言うのも怖い要因のひとつなんだよと感じたが、適度に流した。


 美里亜とメアリーのちょっとしたバトルが五分程で終われば、メアリーが先陣を切ってロビーに入る。見剣が続き、久龍と美里亜も目配せしてから中へ入った。


「ちょっとー、もうマーダータイム開始まで三分切ってるよー。一応ウチ、開始終了宣言がこの館での唯一の仕事だと思ってるからー、心の準備をさせてよー」


 メアリーは、まずはディスプレイに表示された時計を確認していた。

 久龍が周りを見渡すと、飛鳥の姿はない。久龍、美里亜、見剣、メアリーの四人だけのようだ。


「ということでー、開始まであと二分ー。マーダータイムも残すところ、今日を含めてあと三回、悔いのないようにー……」


 メアリーによる、ちょっとしたカウントダウン。八回目まであるマーダータイムのうち、今日は六回目であり、すでに折り返し地点を過ぎている。恐らくメアリーは、そんな言葉を続けるつもりだったのだろう。


「せいやー!」


 だが、代わりに響いた。久龍のそんな、気の抜けた軽い掛け声が。しかしその手には、美里亜が事前に持ち出し久龍が預かったナイフがある。

 久龍の行先には、見剣がいる。彼の内にある魂が、メアリーのものであることは分かっている。


「ん……?」


 さしもの見剣も、まだマーダータイムが始まっていないこの状況では、メアリーに向けていた目線をゆっくりと久龍に変えるだけだった。何も対応出来ないし、する素振りもない。なぜ動いた? という疑問が先立って硬直したという方が正しいか。それは久龍の、そして美里亜の狙いでもある。


 まだマーダータイムが始まっていない。マーダータイムは二分後から開始される。それは勘違いであり、美里亜が仕込んだ罠だ。


 ディスプレイ表示用のPCを操作し、時計を二分程遅くし、今に至る。つまり、すでにマーダータイムは始まっている。

 これまでメアリーは、開始宣言をする際必ずディスプレイに映る時計を見ていた。それは他プレイヤーも同じであり、全員その時計を元に動いていたということである。


 美里亜が先程メアリーと揉めていたのも、個室にある時計と比較した、全員の時間的間隔を狂わすために行っていたものだ。


 つまりこれが美里亜の言った策なのであり、だから美里亜は、『単純だけど実行可能』と言っていたのだ。


「ちょ、おま!」


 久龍の刃先が、見剣に迫る。久龍が行動に移ってから二秒程して、ようやく防御行動に出る見剣だが、時既に遅し。

 いかに距離があったとはいえ、身体能力に秀でる久龍に隙を突かれた時点で、そう簡単に逃れることなど出来ないのだ。


 だから見剣も、防御行動という名の硬直を見せるだけで、もう久龍のナイフを受け入れるしかなくなっていた。


 ついに、見剣の身体をナイフが貫く。


「久龍うううううう!」


 そう思われた次の瞬間に、扉を目一杯の力で開ける音と雄叫びのような声が飛び込めば、久龍さえも思わず、そちらに注目して動きを止めてしまった。


 視線を一身に集めた彼、天崎飛鳥は、手にした拳銃を迷わず久龍に向けている。

久龍との距離、およそ五メートル。

 その一発目は、リコイルショックのせいで狙いが大きく上にズレてはずすも、彼はすぐに二発目の準備をしている。さらに、距離を縮めても来る。


「……あはっ」


 飛鳥の狙いは、間違いなく久龍。だが久龍は、焦るでもなくうろたえるでもなく、顔に貼り付けるは笑顔だ。しかし目は笑っておらず、光を失い仄暗く。


 なぜなら、久龍の脳裏に浮かんでいたからだ。

 やっぱり飛鳥と美里亜はグルだった! 自分に見剣を狙わせて隙を作らせ、自分を狙ってきたのだ!


これは美里亜の裏切りだ。さて彼女をどうしてくれよう。だがその前に対峙すべきは飛鳥だ。


 久龍は、昨日飛鳥が、マーダータイムに参加しないのにロビー近くにいるのを見て、その意図に気付いていた。あれは、ロビーに集合しなければ参加出来ないマーダータイムに対し、どの位置取りをしていれば、参加していると悟られずに参加権を得られるか試していたのだ。


 久龍はその時すでに自室側に戻ろうとしていたが、『自分はマーダータイムに参加していない』、と勝手に脳が理解していた。その場に残った飛鳥はそうならなかったのだろう。つまり、ロビーに入らず壁にもたれかかる形でも、ギリギリ参加権が認められたということだ。


 だから今日も、飛鳥は同じようにマーダータイム参加権を得て奇襲をしかけてくると思っていたのだ。「次は外さない」という飛鳥の声も空しく響くばかりだ。


 しかしながら、あくまで久龍は美里亜の依頼で動く。そこに主体性があれば、久龍は飛鳥をターゲットにしていたかもしれない。

 だが裏切りを予想していてなお、美里亜の言う通りにしか動いていない。“肉体殺し”を発動していない久龍の狙いは、あくまで見剣の内にあるメアリーの魂だった。


 今すべきは、すでに二発目の準備を終えた飛鳥から距離を取ること。

 素人の鉄砲など、離れてしまえば当たるはずはない。そうして誰かの影に隠れればいい。もし自分以外の誰かに命中すれば、飛鳥は死ぬ。ターゲット以外の殺しとなり、罰則が課せられるからだ。


 次に聞こえるのは銃声か、久龍の笑い声か。


「天崎飛鳥はあたしの命令を聞け! あなたは今すぐ、個室に戻れええええええ!!」


 そんな二択であるはずが、響いたのは美里亜の声。美里亜が発動した、“絶対服従”の文句だった。


 それはまたしても、全員の視線を集めるものとなる。久龍も、左右どちらに跳躍するかと小さく揺れていたが止めてしまった。

 そんな中、美里亜へ視線を向けていないプレイヤーが一人だけいた。


「……」


 すでに個室に向けて歩を進め始めた、飛鳥だ。それは、美里亜の命令通りのものである。


「……あれ」


 最初に口を開いたのは久龍だった。

 決して大きくないが、様々な緊張が入り混じったこの数秒の後に出る音としては、あまりに気の抜けたものである。


 なぜ自分は、飛鳥が思った通りに動いて笑った? なぜ自分は、裏切られると予想していた美里亜に助けられた? そして今、自分は美里亜のことを、どう思っている??


 自分は、依頼されたことを依頼された通りにやることしか、生きる道はない。自分の価値はそこでしか見出せないはずだ。助けられて嬉しい、なんて、あっちゃいけない。あくまで自分は、助ける側の人間でしかないはずだ。


「久龍さん、大丈夫? あたしは、念のため飛鳥を追う。あなたも早く来て」


 一人悶々とする久龍の肩を、美里亜が軽く叩いて早々に退散する。それも当然で、美里亜は能力を使ってしまったからだ。

 そして、久龍はもっと状況が良くない。奇襲に失敗し、自分は元々ターゲットにされている可能性があり、かつ自分の今日のターゲットはメアリーであることが割れている見込みが高いからだ。

幸い今なら、場に残る混乱が退却を許す。



「こっち」


 久龍が個室前の廊下に来れば、僅かだけ自室の扉を開けた美里亜が、中から手招きしていた。


「ごめんなさい、久龍さん」

「……うん?」


 久龍が部屋に入れば、美里亜に頭を下げられる。心当たりのない久龍は、人差し指をアゴにあてて、少し首を傾げた。


「あたし今日、あなたにナイフを渡していたでしょ、あたしが罰則を受けるからと言って。でも実のところ、あたしは罰則になっていない。だからさっき、能力を使えたの」

「ああ、そういうことね」


 いつもの軽いテンションから少し落とした久龍は、それでも手をポンと大げさにやると、美里亜の意図に気付く。


 美里亜が謝ったのは、嘘を吐いたからだ。

 美里亜は先程、“絶対服従”を使用していたが、今の美里亜の言動を見るに,“武器携帯可能”も使用していたことになる。これら異なる二つの能力を使うには、美里亜が“能力拝借”能力者であること以外ない。


「クゥお姉さん的には、そんなことはどうでもよくてね。……依頼人さん、なんでクゥを助けたの? クゥは、利用されるだけの請負人なのに」

「それは、あたし一人じゃ、この先生き残れないから。あなたが依頼で動いてくれること、身体能力が高いこと……あなたの言い方を借りれば、利用出来るのよ。あたしは“能力拝借”能力者だから、あなたの“肉体殺し”だって拝借出来るけど、あたしがメアリーさんや見剣さんを殺すビジョンが見えないの。だから、たとえ多少違った動きをされてもあなたが必要だった」

「必要だった、ね」


 正直久龍は、自分が責められることも想定していた。確かに美里亜は嘘を吐いたが、それが裏切りかといえば、そうとは言い切れない。むしろ、自分の能力は隠して然るべしで、当然の行動といえる。


 だが久龍の方はといえば、美里亜からの依頼をこなせず、一人で何か分からないものに対して悩むだけ。あまつさえ、美里亜を最初から疑い、そして裏切り者だと決め付けていた。責められて当然だと思っていたのだ。


 もし久龍が美里亜の立場だったとすれば、裏切り者だと見なして即、殺していたことだろうに。


「それと、これだけは言わせて」


 久龍は頭を抱え益々悶々としたが、美里亜は腕組みで、こちらを真っ直ぐに見ていた。


「あなたに対し、あたしは依頼すると言った。それは成し遂げたいから言ったのだけれど、失敗したからと言って責めるつもりはない。あたし達は、一蓮托生ってこと」

「いちれんたくしょー……」


 久龍は、美里亜と飛鳥の関係を振り返る。片方が依頼人で他方が請負人。彼らもそうなのだと考えても、どこか解せなかった。そうは見えなかったその二人に。


 そして今、自分に対しても美里亜は、そんな理解し難い関係を作ろうとしているように思えて、不思議で仕方ない。もしかしたら、自分が襲われたあの事件以降忘れていた感情なのかもしれない。ポッカリ空いた穴の底の底に残っているかもしれず手を伸ばしてみるが、答えは見えなかった。


 ただ今は、美里亜と話したい。


「依頼人さん、クゥお姉さんより若いのにしっかりしてるね。謝るべき所は謝る……それってなかなか出来ないことだと思うなっ」

「あたし、曲がったこと嫌いだから」

「やや、かっこいい憧れる! クゥお姉さん、益々関心しちゃうな!」


「そんなことない。あたしは褒められた人間じゃないわよ。打算的な面だってたくさん持ってる。例えば、最初にあなたを狙っていた時から“能力拝借”を利用すれば簡単に殺せたはずなのにしなかったこと。あれは、まだプレイヤーがたくさんいる序盤から、易々と能力を晒したくなかったからよ。……まあ、飛鳥に邪魔された、ということもあるけど」

「ああ、あの時ね」


 久龍は二回目のマーダータイムで、飛鳥が美里亜を連れて逃げた時のことを思い出す。


「衣鈴さんの仇を取る、なんて言いながら、あたしは結局自分がかわいいと思ってしまったということ。今となっては、あなたを殺さなくて良かったと思っているけど」

「……」


 もっと話したくて、美里亜の言葉を聞いた。結果は、なおいっそう、訳が分からなくなるだけだった。


「あっはっはっはっは!」


 なんだか笑ってしまっていた。理由は、自分でも分からない。そんな久龍に少し困惑した表情の美里亜を見て、もう一度笑う。


「君みたいなタイプの依頼人は始めてだよ! 利用されてるだけかと思ってたわ! それに最初はクゥを狙っていたのに今度は助けて、『殺さなくてよかった』……って? ぜんっぜん分からん! あっはっはっは!」

「こ、殺そうとしていたことについては謝るけど……」

「いいよいいよもうそれは! クゥは狙われるだけのことをしたし、それでなくてもそういう館だよここは~」


 先程まで少し落ちた様子だった久龍が、今度はからからと笑うのを見て、美里亜はさぞ混乱したことだろう。


「あ! 笑ったついでに、お姉さん良いこと思いついた!」

「えぇ?」


 久龍のさらなる発言に、美里亜はついに戸惑いを声に出す。


 だが今、久龍の頭には、先程の迷いなどない。とうに、晴れていた。

 いかに美里亜の依頼を達成するか。即ちどうやってメアリーや見剣を殺すか。そのことだけを考えている。それがゆえの、先程の発言なのだ。

 “状況把握”と“仲間化”能力者である彼らを殺すには、これしかない。


「ということで依頼人さん! 君に依頼がある! クゥは君に助けられたから、見返りを払いたい。でもそのためには、この依頼を受けて貰わないといけない。クゥ的には複雑なんだけど……」

「あたしとしては、どっちが依頼してどっちが動こうか、なんてどうでもいい。一緒に頑張りましょ?」

「……!」


 久龍は、また驚かされる。対価を払わぬ人間に生きる価値なし。自分はそう考えていたし、これまでの依頼人も、間違っても『一緒に』なんて言わなかった。

 だが現在の依頼人、美里亜は言ってくれた。自分を見てくれた。そもそも、自分が他人に依頼をするなんて行動を取ろうとしていることに、少し目を白黒させた。


「……よし! よしよーし、頑張ろうね依頼人さん……ううん、美里亜!」


 自分の中で、何かが変わるのだろうか。穴が埋まるのだろうか。そんな想いを秘めつつ、久龍は胸を張って片手を腰に、もう片手を上に突き上げるのだった。

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