第三章 依頼の対価(1)
【一】
「やーやー依頼人様方、成功してよかったねー」
久龍は自室に戻る前に、新たな依頼人の元を訪れていた。
久龍が飛鳥と美里亜の策を回避し、逆に風祭と仙波を死に至らしめたのは、その依頼によるものだ。
「だってよメアリー! お前さんの策やべーなー。おかげでこのミッチー様も賞金をいただけたんだから、今すぐ感謝状を認めないとなー! ありがとう、以外の言葉は浮かばねーけど!」
「すげーのはウチじゃなくて、銃弾回避した久龍だからさー」
その依頼人は、相変わらずでかい身体に大声の見剣と、風船ガムを豊満な胸の谷間から取り出したメアリーだ。
「ねね、風船ガムのお姉さん。今の状況見せてよ。嘘だったんでしょ? “状況把握”能力が、現在の賞金を見る能力だーってこと」
「あらまー、バレてるかー」
「そりゃね。クゥの元依頼人さんが生きているって、早い段階から気付いてたみたいだから」
肩をすくめる久龍に、メアリーは「元依頼人さんって春野晴未のことねー」と言いつつ、PC画面を見せる。
そこに書かれていたのは、その“状況把握”能力で見られるプレイヤー情報だ。
=賞金額=
見剣みちる :二億円
久龍空奈 :一億円
米良メアリー :一億円
見れば、各プレイヤーの獲得賞金が映し出されている。
久龍の賞金は、初日の衣鈴殺しによるもの。メアリーは、本日の仙波殺しによるものだ。賞金額が最も大きい見剣は、本日の風祭殺しによるものである。風祭は今日、ターゲットとした寺沢を殺した瞬間に一億円を獲得している。さらにその風祭を殺した見剣の賞金額は、ターゲット殺しの一億と、その風祭が所有していた一億とを加算した、二億円となっているのである。
「でー……“次項”ボタンを押すとーっと」
久龍はPCを勝手に操作する。メアリーの言った嘘、即ち“状況把握”は賞金額を見るものである。その真実がそこにあった。
=罰則回=
春野晴未:一、二、三、四
久龍空奈:四
“状況把握”能力で把握出来るのは、プレイヤー達の賞金額だけではない。“各プレイヤーが罰則となったのがいつか”ということも分かるのである。表示されている数字は、罰則を受けたのが何回目のマーダータイムか、ということだ。
○状況把握
効果:各プレイヤーにおける、①所持する賞金額、②罰則を受けた回、の二点が自室のノートPCで確認出来る
発動条件:無
発動可能時間:常
「あやや、今日のマーダータイム、クゥ以外罰則を受けてないのか。ほならば、自衛隊迷彩おっさんが、“武器携帯可能”能力だったーってわけね」
これまで罰則を受け、その日と翌日のターゲット指定権及び能力使用権を失ったのは、久龍と春野の二人だけ。
今日のマーダータイムで、自衛隊迷彩おっさんと呼ばれた仙波戦士は、個室に戻っていないにも関わらず拳銃を手にしていた。久龍はそれを見て、誰かが罰則を犯して武器を持ち出し仙波に渡していたのではと思っていたが、それは違った。
罰則を受けた者がないのであれば、特殊能力を使った以外ありえない。仙波の能力は、いつでも武器を携帯出来る、“武器携帯可能”だと分かる。
「でもさ、今回の依頼はクゥ姉さんにとっても良いこと尽くめだったよ! 感謝感謝ー」
「だーっはっはっは、良いってことよ良いってことよ! 俺っち、メアリー大明神に全力で乗っかってるだけだかんなー!」
「ならウチより一歩前に出るのは止めて欲しいなー、どうでもいいけどー」
久龍が、自分より背が高い見剣の肩を挙手するようになりながらバンバンと叩けば、見剣は調子付き、メアリーは興味なさげにガム風船を含まらせた。
久龍は満足げに頷くと、こうしてその二人に依頼を受けた際の話を思い出す。
メアリーと見剣は、初日から組んでいた。なぜなら、見剣はメアリーの、メアリーは見剣の魂をそれぞれ内に持っているからだ。
見剣はメアリーの魂を見て、自分を当事者にせず周りを動かすスタイルに共感した。
メアリーは見剣の魂を見て、まず自分は狙わないので協力出来ると思ったとのことだった。
この二人は、一言で言えば、漁夫の利を狙うプレイヤーだ。あくまで自分達は当事者にならず一歩引き、オイシイ所をかっさらう。
その上で、“仲間化”能力を持っていることが、さらに二人を組み易くしていた。
“仲間化”は、指定したプレイヤーのターゲットを強制変更出来る。変更先は、能力者が指定したターゲットだ。つまり、同じターゲットを狙う仲間を作ることが出来る能力である。
○仲間化
効果:他プレイヤーを仲間に出来る。仲間になったプレイヤーは、ターゲットが仲間化を発動したプレイヤーと同じになる。ターゲット殺害で獲得できる一億円は二人で分け、五千万円ずつ得られる。一日一回しか使えない。
発動条件:「(相手の名前)は(一人称)の仲間になれ」という発言。これを聞いたプレイヤー一人が仲間になる。
発動可能時間:マーダータイム中
この能力があれば、二人は常に同じターゲットを狙うこととなり、裏切りもなくなる。今日のように、それぞれが殺しを行えるという状況下になると分かっている場合は発動しないのだが。
そして”状況把握”があることで、飛鳥達よりも早く、久龍と春野が組んでいることに気付いていた。
久龍が初日に衣鈴を殺した時、春野が罰則となっている。他プレイヤーから見ればそれは分からないが、“状況把握”能力によれば分かってしまう。久龍がなぜか武器を持っていたことを見れば、即座に二人はグルだと気付けたというわけだ。
メアリーらが久龍と接触したのは、その一回目のマーダータイムを終えた後である。もっともその際は、組もうだとか依頼したいだとか、そんな話をしたわけではない。
『ウチらはあんたは狙わないからー、あんたもウチらを狙わないでくれー。その代わり、春野が罰則を受けていることや、あんたらがやろうとしていること……誰にも言わんからー』
と、メアリーが久龍の返事も聞かずに言っただけである。
それでも実際、メアリーは見剣以外には他言していないことを、久龍は分かっていた。春野の死亡偽装がしばし割れなかったからだ。
そればかりか、手助けも行ったとも聞いた。風祭が主体となり久龍の討伐会議をした際、久龍の賞金は二億だと答えたことだ。
他プレイヤーから見て、久龍は衣鈴と春野を殺したように見えるのだから、二億円獲得しているのだと考えるのが自然。だが実際の所、久龍は春野は殺していないゆえ、久龍の賞金は一億なのだ。
もっとも、なんの意味もなくメアリーが手を貸したわけではないことは、久龍は分かっている。
メアリーの言葉通り、厄介な“肉体殺し”能力を持つ久龍から狙われぬようにすることが一つ。そして何より、他プレイヤーに久龍だけを注目させるためだろう。すると、メアリーや見剣は誰からも狙われないし、それでいて久龍ばかりを見るプレイヤー達の隙を突ける。
そうしてまさにそれを行ったのが、今日この日だった。メアリーが昨日のマーダータイムの直後に依頼をしてきたのだ。
『明日さー、あんた狙われるよー。けどウチらにとってもチャンスだからさー、依頼があるわー』
久龍が依頼で動くことを、メアリーに告げたことはなかった。だが、何度か接触しているうちに漏れ出ていたのだろう。春野のことを“依頼人”と呼んでいたことも、気付かれた一因かもしれない。
『あんたは囮になってねー。見返りに、あんたの天敵になりえる“絶対服従”能力者、風祭界斗を殺すよー。ついでに仙波戦士も』
だから久龍は、狙われることが分かってもロビーに顔を出したのだ。
加えてもう一つの役目もあった。
メアリーらが今日、個室に戻らずに拳銃を持っていたのは、久龍と春野が罰則となり持ち出していたからだ。今日久龍が誰も殺せなかったのは、罰則を受けているからである。
久龍は今に至るまでを思い返し、改めて満足げに頷くと、「でもさ」と口を開いた。
「風船ガムのお姉さんもだっはっはお兄さんもすごいよね。“魂把握”能力者でもないのに、全員の魂の在処を分かっているんでしょ? クゥお姉さんぶったまげだ!」
オーバーリアクションに手を広げて、自分は驚いています、と見せる。
久龍は春野の“魂把握”で当初からその情報を持っていたが、メアリーらは推理するしかないのだ。
「そりゃまー、これまでの状況を整理してたら誰でも分かるよー。実際、天崎飛鳥や御堂美里亜も分かっていただろうしー」
メアリーは、噛んでいたガムを紙に包みつつ答える。
「ウチとミッチーの魂は当然分かるとして。一番分かり易いのは、井口衣鈴だよねー。井口があんたに刺された時、自分が死んだと思い込んで天崎は倒れた。井口の内には天崎の魂があるってことだねー。
次に、御堂の魂を天崎が持っていることはー、あんたが天崎を襲った時に御堂が庇ったことで分かったわー。あんたがその時一瞬動きを止めたことで、御堂が久龍の魂を持っていることもなー」
メアリーはPCに向かい、口にしたプレイヤーと魂との対応を書いていく。
「次にー、あんたと春野晴未が組んで寺沢鉄地を試したことは、“状況把握”と推測から分かっていたー。となれば、春野は井口の魂を持っていることは分かるしー、その後春野が寺沢を殺しに動かないのを見ればー、あんたが寺沢の魂持ちってことは分かったよー」
どうやらメアリーはPCが得意ではないらしく、ブラインドタッチは愚か、両手の人差し指だけで文字を打つ。使い始めも、「ねえミッチー、あの白いページってどれだっけ?」「メモ帳だよメモ帳」なんて会話をしていた。
「寺沢鉄地はー、春野に対する態度が初日と二日目で変わってたからー、たぶん魂を見たからなんじゃないかなーと思った。春野の思惑を知って、急に取り繕った。無駄だったみたいだけど。つまり、寺沢の内には春野ー。
残った風祭と仙波は、もし自分の内に自分の魂を持っていたらゲームにならんからー、風祭は仙波の、仙波は風祭の魂を……ってことになるねー」
そう締めれば、PCには魂の対応表が出来上がる。
=プレイヤー= =内にある魂=
米良メアリー 見剣みちる
見剣みちる 米良メアリー
井口衣鈴 天崎飛鳥
天崎飛鳥 御堂美里亜
御堂美里亜 久龍空奈
春野晴未 井口衣鈴
久龍空奈 寺沢鉄地
寺沢鉄地 春野晴未
風祭界斗 仙波戦士
仙波戦士 風祭界斗
「うーん、正解なんだこれが! やっぱりクゥお姉さんぶったまげ!」
久龍は拍手をしつつ、内心は警戒心を強めていた。
別にそれは、メアリーや見剣が相手だからというわけではなく、常にそう。現時点で、久龍が依頼された内容は終わっている。ひとつの依頼が終われば、依頼人と請負人という繋がりがなくなり、利害関係もなくなる。全て白紙に戻ると、久龍は考えるからだ。
「あ……もう一つの依頼、どうする? クゥ、やらかしちゃったし。依頼の失敗に対しては、十倍返しで謝罪したいんだけど……」
「あーあー、そっちはとりあえずいいや!」
「あっそ!」
思い出したように切り出したこの言葉を、見剣が軽く流す。久龍はそう回答されると分かった上だった。
元々久龍は、メアリーらから二つの依頼をされていたが、うち一つを失敗していた。だが、久龍とメアリーらの繋がりが見えてしまった今、彼らが目立ったことをするのはしばらくしないだろうと分かっている。
「そんじゃま! 俺らはまたコソコソやってるから、適当によろしくたのんます!」
「たのんまーす」
「はいはーい、クゥお姉さんはいつでも、ご依頼お待ちしてまーす!」
本日の反省会を終え、久龍はメアリーの部屋を後にした。




