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第二章 討伐計画(6)

【六】


 久龍空奈討伐会議の翌日。

 三回目のマーダータイムを目前に控えた今、飛鳥はロビーで、額に手を当て集中していた。


 昨日は美里亜を逃がすためとはいえ、久龍から目を離してしまい、結局殺人を許してしまった。

 だから今日は、絶対に久龍を視界から外さない。久龍にこれ以上好き勝手させない目的もあるが、久龍の狙いを読み、久龍の仲間を明らかにする必要があるのだ。いや、仲間というより久龍の依頼人か。飛鳥からすれば、どちらも復讐対象ということで変わりないのだが。


「あれ」


 顔を上げて大型ディスプレイの時計を見れば、マーダータイムまで残り一分を切っている。ここにはまだ十人中七人しかいない。

 井口衣鈴と春野晴未がいないのは当然として、肝心の久龍がいないのだ。久龍はいつも重役出勤ではあるが、ここまでギリギリだったことはないのに。久龍を注視したくとも、彼女が来なければ何も始まらないではないか。


 どうやらそれは誰しも思っているようで、全員表には出さないが、その目はエントランスとロビーとを隔てる扉にいっていた。


「おー。今日もマーダータイムスタートだよー」


 結局、久龍は来なかった。殺しをするには、まず十二時にロビーに集合しないといけないのに、久龍はそれを放棄したのだ。

 思わず、マーダータイム開始宣言をするメアリーの脱力加減が伝染してしまいそうである。


「何を気の抜けた顔をしている? 奴がいないならいないで、我々にはやることがあるだろう。なあ? 天崎飛鳥」


 そんな場の空気に冷や水をかけたのは、風祭界斗だ。飛鳥は彼の言わんとしていることはすぐに理解する。“絶対服従”を使用するのだ。

 それをさせるわけにはいかない。風祭の“絶対服従”は、他の使い方をする必要があり、「待ってくれ、風祭。俺の話を聞いてくれ」と、提案するつもりだった。


 のだが――。


「なっ……!」


 そんな短い驚きを漏らしたのは、全員ほぼ同時だっただろう。


 目撃したのは、自分達が座る長テーブルが突如宙に飛び上がり、テーブルクロスを撒き散らしながら落下してくるところだった。


「久龍さん!」


 そんなポルターガイスト的現象。その発生源を真っ先に突き止めたのは美里亜だった。忽然と姿を現したらしい久龍を指差し、そう叫ぶ。

 どうも久龍は、随分前からテーブルの下に隠れており、マーダータイムが始まるや否や、テーブルを蹴り上げたようだ。テーブルクロスのせいで姿は見えなかったし、誰もそこに人がいるとは想像すらしていなかったのだ。


「逃げて!」


 テーブル下から滑り出した久龍が向かった先は、飛鳥の所だった。


不意を突かれた飛鳥は身動き出来ず、届いた美里亜の言葉でやっと椅子から立ち上がるだけだ。しかしもう、久龍のナイフは、飛鳥の目の前で。


「痛っ!」


 飛鳥は、腕から痛みを感じて押さえる。腕を切られたのだろうか? 腹ではなく腕? これまでは一思いにやっていたはずの久龍が、いったいなぜ?


「個室まで逃げて!」


 その答えは、美里亜の発言で分かる。飛鳥は切られてなどいない。美里亜に後ろから引っ張られ、その拍子に飛鳥は転び、腕を床に打ち付けただけだった。


「お前……!」

「早く!」


 美里亜は、飛鳥と久龍に割って入るようにしており、久龍が横に動けば美里亜も続く。美里亜は、昨日彼女が言った『飛鳥を守る』を体言しているのだ。


「すまん!」


 飛鳥はエントランスに転げ出て、階段を上る。女性に守られるなんて格好悪い、などと考える暇もなく、そこまで辿り着いた。


 運動不足の飛鳥には、この程度の移動でも息が上がる。肩が上下する。血液の代わりに乳酸が体中を駆け巡っているかのようだ。死に直面して夢中で手足を動かしたのだから、飛鳥でなくても同じ状態になるかもしれないが。


 唯一まともに動くのは、頭くらいだ。そこでは、ひとつの疑問が生まれていた。


「なんであいつ……」


 思わず歩くことさえ止め、口にしてしまった。


「何しているの、早く!」


 休息はあまりに束の間で、背中を鋭い声で押されてまた足を動かす。ロビーから走って来た美里亜が見えたが、すぐ後ろには久龍もいるではないか。


「あたしの部屋に行って! わざと扉が締まり切らないように布を挟んであるから、パスワードを入力しなくても入れる!」


 美里亜に言われるまま、飛鳥は体当たりするように扉を開けると、そのまま美里亜の部屋に転がり込んだ。すぐに美里亜もやってきて、手際よく挟んだ布を手繰り寄せれば、今度はパスワードがなければ開かぬ扉になっていた。


「……ありがとう、美里亜」

「いえ。宣言通りのことをしたまでだから」


 各々腰を下ろすと、大きな溜め息を同時に吐く。一先ず安堵が先立っているが、それ

ばかりではいられない。

 すぐに頭を切り替える必要があるのだと、二人とも思っていた。共に疑問を持っているのだ。


 なぜ久龍空奈は、天崎飛鳥を狙ったのか。


「変なことを言うようだけど……さっきの久龍さん、らしくなかったのよ」


 先に口を開いたのは美里亜だ。


「らしくない……?」

「さっきあたし、久龍さんの前に出たじゃない? あの時一瞬、久龍さんは動きを止めたのよ」

「それは、お前があいつのターゲットじゃないからだろ? 間違って殺したら久龍も死ぬ」

「そうだけど、あの久龍さんよ? すでに二人のプレイヤーを、なんの躊躇もなく殺している、あの。あたしを押しのけたり、なんなら軽く刺したりっていうのを、即実行してもおかしくなかったのに……」


 はっきりとは言わないが、決して折れる様子もない美里亜。なんでもズバズバという美里亜らしくない行動なのを見るに、根拠の無い勘程度なのだろうが、それだけ腑に落ちないということだ。

 そんな美里亜を見ては、飛鳥も『久龍らしくない』という言葉が、言い得て妙に思えて仕方ない。


「……」


 だから、考えることにした。どうせ今日のマーダータイムも、この後何かが起こることはないだろう。だからこの際、一から考える。


 そもそも久龍空奈が、井口衣鈴と春野晴未を殺した理由は何か。いや、久龍に依頼をしたXがその二人を殺せと言ったのはなぜか、という方が正しいだろう。賞金はXではなく久龍が獲得している以上、そこに金以外の理由があるはずだからだ。


 当初は寺沢鉄地がXだと考えていたが、それは空振り。であれば、衣鈴と春野は寺沢に恨まれたわけではなく、それ以外で何かしらの共通点があるはずなのだ。

 さらに美里亜の疑問を汲むなら、久龍が美里亜に対し、一瞬動きを停止したこともヒントになるかもしれない。


 或いは、Xが久龍に依頼している、という部分から間違っているのだろうか。あくまで久龍は単独犯であり、飛鳥が復讐すべきは久龍一人。

 いや、それはない。“肉体殺し”能力者であることが確定している久龍が、ナイフを罰則を受けることなくマーダータイム外に持ち出しているのだから、久龍一人で動いていることはありえない。


「! ま、待て待て、根本的に……!」


 飛鳥は、気付いた。もっと早くに気付くべきだった、大きな疑問に。


 なぜXは、久龍に依頼したのか。


 このゲームにおいて、誰かと組むのが重要なのは分かる。だが自分以外に九人いるという選択肢の中で、久龍を選ぶだろうか。素直に考えれば、ガタイの良い仙波戦士や見剣みちる、刑事である風祭界斗を選ぶだろう。


 飛鳥はその法則から外れた、衣鈴や美里亜と組んでいるが、そこには魂が介在している。

 衣鈴は飛鳥の魂を持ち、飛鳥に近付いた。飛鳥は美里亜の魂を持ち、復讐のための同盟を組んだ。

 しかし久龍の魂を持っているのは美里亜なのだから、魂を介して久龍の性質を知る機会はない。”霊媒師”能力なら可能だが、それは飛鳥のものだ。


 だから、Xが久龍を選んだ理由が、必ずあるはずなのだ。


「二回目のマーダータイム、変だったんだよな……」

「変? どういうこと?」


 声に出したつもりはなかったが、美里亜に問われては言わざるを得ない。だが美里亜の凛とした目を見れば、彼女の意見も聞くことは正しいと思った。もし自分の考えと美里亜の考えが一致すれば、それが答えと言っていいはずだ。


「一回目のマーダータイム、久龍が“肉体殺し”であることが分かった。このゲームは魂の在処を探してから動くものなのに、久龍はその必要がない。そいつの存在が分かった時点で、大いに警戒しないといけないはずだ。そんな中、全員がマーダータイムに参加することなど、ありえるだろうか?」

「まずあたしと飛鳥は、衣鈴さんの仇討ちと、互いに負けたくないって思いから、来るしかなかった」


 美里亜は、指を二本立てて、二人分理由を語ったことを示した。


「刑事である風祭さんは分かり易い。元々久龍さんを追っていたみたいだし、“絶対服従”があるから襲われても大丈夫だと思って出てきたはず。次に仙波さんは自衛隊みたいだし、身体能力で久龍さんに引けを取れないからじゃないかしら。寺沢さんはたぶん、あたしにしたように久龍さんにもアプローチしていて、好感触だったから逃げる必要がなかったのだと思われるわ」


 美里亜の片手が開き、五人分の理由を語ると、ここで質問に対する回答は止まった。


「でもそれ以外の、見剣さん、メアリーさん、春野さんは分からない。見剣さんとメアリーさんは組んでいるし、春野さんも寺沢さんと組んでいると思っていいはず。けれど、仲間がいるから大丈夫なんて考えは甘いわよね」

「見剣とメアリーは、どこか全体を一歩引いたところから見ている節がある。一歩距離を置いておくことで、自分達が狙われるのを防いでいるんだろうな」


 飛鳥の答えに、美里亜はすぐに納得したように頷く。

 同じことを考えつつも、確証がないためにあえて言わなかったのだろう。それは飛鳥もで、先程美里亜が語ったことと全く同じ意見を持っている。


 そうだと分かれば、後は確認をするだけだ。ここまでで名前が挙がらなかったのは、一人しかいない。やはり美里亜に聞いたのは正解だったようだ。

 同時にその残った一人への怒りが込みあがってきて、握った拳に力が入っていく。


「次の質問なんだが、このゲームで最も殺しにくい相手は、誰だと思う?」

「簡単ね。相手が自分の魂を持っている場合ね。久龍さんで言うなら……あたし」

 

 二人が言わんとしていることは、やはり同じだった。美里亜が目で合図をすれば、飛鳥は頷き口にする。


「よし……『春野晴未の魂を口寄せする』」


 先程唯一、二回目のマーダータイムに顔を出した理由が出なかった女の魂を見るため、飛鳥は目を瞑る――


「鉄地さん、お給料が入ったから、これぇ……」

「おう」


 そこは、春野の家と思われるアパートだった。物はあまりなく、生活に必要なものが、整然と並べられているだけだった。

 春野の家なのに、寺沢がソファを占領するように大きく足を開いて座っている。春野は座る気配がない。

 飛鳥は春野の目線で見ているのだが、大きな胸が視界を疎外し、寺沢の全身は映りきっていなかった。


「足りねー。もっと出せよ」

「そんなこと言わないで……ほら、お料理も用意したからぁ……」


 春野は寺沢に、いや、これまで付き合った男に、金を貢いできた。学生時代に社会人と付き合った際、アルバイト代を全てつぎ込んだのを皮切りに、今の寺沢に至る。


「料理か。ま、それで許してやる。盆持ってこい、俺が運ぶ」


 寺沢はようやく立ち上がると、春野の差し出した盆を奪い取り、言葉通りの行動を取った。普段の彼なら絶対にしない行動なのだが、金を得た瞬間ゆえに上機嫌になっているのだ。足りないというのも、彼の口癖のようなものだった。春野には、それが分かっている。


「……」


 雑にお盆に積んだせいで、汁物をこぼした寺沢。春野は彼を、ただ見ていた。


 寺沢が自分を、金を貢ぐ女としか見ていないことは知っている。いや、それならまだいい。ただの金としか見ていないのではないか。


 かといって、寺沢を切ることなんて出来ない。

 春野は人見知りだ。同性ならいざ知らず、異性における交友関係を広めるなど絶対に無理。だから男関係も、自分から声をかけることなど出来ず、いつもナンパで始まって、数ヶ月の後捨てられる。


 どうやら自分の容姿がある程度優れていることは自覚しているが、今は若さと幸運が味方しているのも分かっていた。もし寺沢から捨てれ、次は誰からも声がかけられなかったら、どうなってしまうのか。


 悪の寺沢鉄地像を頭から掻き消したい。心から信じたい。だが、目の前にいる彼に対する疑いを、無条件で晴らすことなど出来なかった。


 もやもやとした想いをずっと抱えたまま、半月程経ったある日。


「……え?」


 白く綺麗な封筒がポストにあった。宛名も切手もないので捨ててしまおうかと思ったが、開けろ開けろと封筒から訴えられた気がした。殺し合いの館への招待状であった。

 叫んだわけでもない。目を見開いたわけでもない。内心さえ荒れたわけでもなかった。驚きや恐怖をとうに通り越していたのだ。


 そうして過ぎ去ったのが数瞬だったのか或いは数刻だったかは分からないが、真っ先に寺沢に連絡した。だが、「冗談ならもっとマシなこと言えや!」と即座に切られてしまった。


 唯一頼るべき相手にそんなことをされては、もういいかと諦めたくなる。

 殺しで賞金を得られる館なら、当然殺す人間と殺される人間が出る。自分は間違いなく、後者だろう。それでいいかと思った。思ったのだが。


「あらぁ……?」


 ポストには、封筒以外にもまだ何か入っていた。殺し合いの館についてのパンフレットであり、参加条件等の記載がある。殺し合いの場だというのに、申し込み方法はあまりに簡単だった。


「どうせ死ぬならぁ……」


 一度は諦めかけた春野は、もう失う物などなかった。


 殺し合いの館に申し込もう。自分の分はすでにあるから、他人を招待するのだ。

 その相手は、寺沢鉄地。


 死に直面すれば、人間の本質が見えるはずだ。寺沢を試そう。そうして、彼を心から信じられるようになろう。

 春野の申し込みは無事受理され、ふと目覚めたどこかも分からぬこの館で、見事寺沢と再会を果たしたのである。

 

――“霊媒師”能力を解除し、飛鳥が目を開けると、その顔はついに、怒りを隠せなくなっていた。


「やはり、そうだった」

「そ」


 美里亜もたった一文字の返しの中に、衣鈴への想いを込めたらしい。冷たい目は、二人が探していた最も復讐すべき相手に向けているのだろう。


 久龍に衣鈴を殺すことを依頼したX。それは、春野晴未だ。春野は、死んでなどいない。


 春野が自身の目的を達成するのは、一人では不可能だ。だが、春野の悩みを考えれば、男性側にその話を持っていくことは考えにくいし、異性は苦手らしい。ならば、美里亜、衣鈴、メアリー、久龍が選択肢にあがってくる。


 この中で、衣鈴は殺されてしまった以上組んだわけではないだろうし、メアリーは初日から見剣といたのだから声をかけ辛いはず。美里亜は春野と話した様子はないので、残ったのは久龍だけ。

 そこで久龍の“人助けの人”という性質を知ったのだろう。久龍はそういったことを隠す性格には見えないし、春野が困っている様子を見れば自分から助けると言い出したはずだ。


 春野も春野で、久龍が見返りさえ払うことが出来れば何でも行う人間だと気付けば、久龍に依頼をするしかなくなる。


 見返りとしては、久龍が賞金を得られるようにすることが一つ。

 久龍は“肉体殺し”能力者であり、容易に賞金を獲得することが出来る。しかしながら、そのための武器は個室に置いておく必要があるため、マーダータイムが始まってから久龍が個室に戻るなんて行動を取れば、他プレイヤーは四散するだろう。


 そこで春野は、最初に交渉した段階から自分のナイフを持ち出して久龍に渡し、武器を常に利用出来る状態にしたはずだ。


 さらに、春野は情報を渡していることも予想出来る。それは魂の情報で、春野は“魂把握”能力者なのだ。

 この能力ならば、ナイフを持ち出した罰則により能力が使えなくても問題ない。何かを把握するタイプの能力はPCに情報が表示されるらしいので、それを一度使った時点でメモなりキャプチャなりすれば良いだけだ。


 春野の特殊能力に気付いたのは、久龍の前に美里亜が立ちふさがった際、久龍が一瞬動きを止めたことを聞いたからだ。

 久龍の魂は美里亜が持っている。久龍はそれを春野から聞いて知ってしまっていたので、無意識に、反射的に態度に出てしまったのだと推理した。


 “肉体殺し”である久龍は、魂の情報がなくても殺しが行える。しかしながら、それを知っていれば、いくらだって利用出来るだろう。

 例えば、久龍が殺したい相手が引き籠った場合、他人の個室には入れないのだから“肉体殺し”は無意味となる。そこで、その能力を使わずに誰かを刺してターゲットの魂を消すことが出来れば、結果は同じになるのだ。


 では、なぜ春野は衣鈴を狙わせたのか。


 それは、春野が衣鈴の魂を持っていたからだ。

 久龍は二回目のマーダータイム、寺沢を狙ったフリをして、春野を刺している。その実、元々春野を刺す算段だったのだ。


 そもそも飛鳥は、おかしいと思っていた。なぜ久龍が、わざわざ春野の部屋で殺しを行ったのか、ということを。

 あの時、久龍は“鍵師”能力者でもないのにあっさりと春野の部屋に入った。なんのことはない、先程美里亜もしていたように、扉が閉まらぬよう何か挟んであったのだろう。

 それを仕込んだのは当然その部屋の主たる春野で、春野が久龍を招き入れたのだ。


 そしてこの日、久龍は“肉体殺し”を発動せず、春野を刺した。

 さすれば、春野自身は死ぬことはなく、その内にある魂が消えるのみ。消えた魂が誰のものかといえば、井口衣鈴のものだ。


 だが、衣鈴はすでに死んでいる。見た目上の変化は何も起きていないと言っていい。

 つまり春野は、自身の死を偽装するために、あらかじめ衣鈴を殺しておかなくてはならなかったのだ。春野は死んだフリをするために衣鈴を殺したということである。


 だからこそ、久龍は春野の部屋で殺しを行っている。

 衣鈴の死体はいつの間にやらなくなっていたが、これはゲームから除外されたために、館側が処置したと考えられる。

 だが春野は、実際には死んでいない。生きている春野の身体はいつまでも残ったままとなり、なら自分で動くかといえば、下手をすれば誰かに見つかってしまう。しかし春野の部屋で、死んだフリをした春野だけを残して全員が去れば、その問題を解決出来るというわけだ。


「つまり、春野は死んでいない。死んだフリをして、寺沢を試したんだ。春野が久龍に対して行った依頼は、『寺沢を助け死んだフリをする。その時の寺沢の反応で、彼の真意を確かめたい』……こんなところか」

「うん、それなら筋が通っていると思う」


 飛鳥がそう締めると、美里亜も一度だけ頷いた。二人とも、なんら晴れた表情などしていない。

 こうして推理はしたし、Xの正体も暴いたといっていい。だが、解決したなんて爽快感はなく、ただ春野晴未に対して怒りが募るばかりだった。


 その程度のことで、衣鈴を手にかけるなんて。


 衣鈴が殺されたのは、春野に魂を持たれてしまったからだ。春野が寺沢を試すという下らない目的を達成すべく動いたために、死ぬことになった。たったそれだけの理由なのだ。

 ただ歩道を歩いていただけで、ダンプが突っ込んでくるようなものだ。運が悪いだけ、なんて言葉で片付けたくはないが、衣鈴にはこれっぽっちも、僅かだって、罪はない。


 この館にルールなんてものがなければ、今すぐにだって春野を殺しに行きたい。だが、許されない。動けない自分にも腹が立って仕方なかった。


「……分からない点もあるんだ」


 何か考えていなければ、迂闊な行動に出てしまいそうだった。だから、怒りを少しでも頭の片隅に追いやるべく、次の疑問を口にする。


「なぜ久龍は、今日俺を狙ったのか。そしてなぜ寺沢を狙わなかったか、ということが。春野は寺沢を試して、寺沢が黒だと……真っ黒だと分かったはず。俺ならすぐにでも殺してやりたいって思うが……」


 実際飛鳥は、久龍が寺沢を襲うフリをした時、寺沢死ね、と思っていた。


 アゴに手を当て疑問を呈す飛鳥に、美里亜は「それなら」と立ち上がって腕組みをする。美里亜も、一旦頭を切り替えたかったらしい。


「なぜ寺沢さんを狙わなかったかということなら、あたし分かるわよ」


 確信に満ちた目を飛鳥に向けていた。


「マジか?」


 つられて飛鳥も立ち上がれば、美里亜は語り出す。


「ええ。まずこれは、春野さんが寺沢さんを殺すという決断をした、という前提ね。春野さんを踏みにじるような発言を寺沢さんはしたから、まず間違いなくしていると思うけど」

「それは俺も同意だ」

「でも、寺沢さんを久龍さんに殺してもらうかといえば、それはしないでしょ」


「どうしてだ?」

「確かに春野さんは、久龍さんに依頼して衣鈴さんを殺してもらった。でも、言い方は悪いけど、衣鈴さんは死を偽装するために利用した、ただの他人。寺沢さんとは訳が違う。寄り添ってきた恋人に対してのケジメは自分がつけたい……小心者に見える春野さんであっても、そうするはず。春野さんは“魂把握”だから、誰が寺沢さんの魂を持っているか分かるんだしね」

「! ということは、その魂を持っているプレイヤーが問題……!」


 美里亜の誘導的な話し方により、飛鳥は声を出して美里亜を見た。結論は、またしても二人とも同じようだ。


「春野さんは自分のナイフを、常に久龍さんに渡している。マーダータイム外に武器を持ち出してはいけないという罰則を犯してね。

 なら今日は、ルール上殺しが出来なかった、というのは頷ける。でも、動くとしたら明日でないといけないのに、今日も久龍さんはナイフを持っていた。それが意味するのは、明日もなお、それを渡した春野さんは罰則ということ。殺しを行う気がないということ。

 せっかく死んだフリをして不意を突き易いというのに、そんなことをするかしら?」


「しないだろうな。そこまで決意した春野が、そんなチャンスを逃すわけない。だが、それでもせざるを得なかった。なぜなら……」


 二人は、その結論を確かめるように頷きあう。


「寺沢鉄地の魂を持っているのが、久龍空奈だから」


 声を揃えて言った。


 誰かが殺されても、あくまで消えるのは内にある魂だが、魂を持っていない状態で殺されたらアウト。

 寺沢を殺すには久龍の内にある魂を消さねばならないが、久龍が窮地となるため、了承しなかったのだろう。やるなら、ゲームの終盤にしろとでも言ったのだ。だから、春野は寺沢を殺すことが出来ていないのである。


恐らく春野は、寺沢から裏切られないと、信じていたのだ。いや、信じたかったのだ。


 だからこそ、あえて寺沢の魂を持つ久龍に対して依頼をしたのかもしれない。

 寺沢の悪い部分を久龍は魂から知っているはずなので、春野の願いを聞き入れてくれ易いだろうことも予想出来る。

 春野が助力を請うための様々な条件を、久龍が揃えていたということだ。


「これで久龍の魂を奪う算段がついた。これが分かれば、風祭に寺沢をターゲットにさせ、“絶対服従”で久龍を殺させる。そうすれば、久龍の内にある魂は消える!」

「そして内にある魂を失った久龍さんをターゲットにして殺すことが出来れば久龍さん自身が死ぬ……! けれど、あの身体能力が高い久龍さんを殺すことは出来る? “絶対服従”は、寺沢さんの魂を消す段階で使っている。その能力は一日一回しか使えないから、その日に久龍さん本人を殺すことは出来ない。次の日まで待ってもいいけど、同じ日に不意を突かないと逃げられるかも」

「それは問題ない。こっちには仙波や見剣がいる。さすがに久龍も、大男二人を相手にしたらひとたまりもない!」


 飛鳥はガッツポーズで美里亜を見る。これで衣鈴殺しの報復が出来る上、真の敵である春野に向かう前の障壁を取り払うことが出来るのだ。

 春野を殺すまでが、復讐だ。

 だから、当然美里亜も同じ気持ちなのだろうと思っていた。


「……」


 美里亜は、ジト目でこちらを見るだけだった。


「あれ?」

「あなた……そこは『俺が衣鈴の仇を取る!』と言って、自分で行くところじゃないの?」

「俺は引き籠りだぞ!? これまでだって、ちょっと走っただけで息切れしていたのを見ただろ。無理だ、無理。いつもやってるネットゲームだって、勝てる相手にだけ勝って、強いと思った相手にはそいつの体力が削れている時にしか立ち向かわなかった!」

「あなた、サイテーね。さっきまでのキレた推理はどこへいったのよ」


 美里亜のジト目加減は強まるばかりだが、最後にはヤレヤレと苦笑いだ。


「ま。頭の回転って意味では見直したけど、度胸の意味ではこれまでと変わらずマイナス評価。だから、五十点といったところね」

「なんの点数だそれは……。というか、これまでと変わらずマイナスってことは、さっきまで俺の評価は……」

「さぁね? じゃあ今の策、風祭さんと仙波さんに話しに行きましょ」


 飛鳥の訴え空しく、美里亜は部屋を出て、彼らの元へと向かって行った。

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