1日目(1)―出会い
夢を見ていた。
ミーナがしゃべれるようになって、一緒にいつもの日々を過ごす夢。
「ねえ、カスミ、一緒に遊んで?」
「だめだよ、いま勉強してるんだから」
「えー?いいじゃんっ」
普段聞いていたミーナの鳴き声が、そんな意味をもっていたら、楽しいのにな。
チェシャ猫じゃあるまいし、言葉を話すなんて。まして、もうミーナはここにはいないのに。
夢の中で見た夢から覚めかけた私を、誰かが揺り起こす。
ミーナが私のことを起こすときと同じように、お腹を軽く揉むようにして。
「んん、ミーナ……?」
「起きて、カスミ、がっこう、行くんでしょ?」
聞きなれない声に、重い瞼を開ける。
目が合った顔は、お父さんでも、お母さんでも、私の知ってる誰でもない、見知らない顔。
寝ぼけていた頭が、予想もつかない出来事に完全に覚める。
「カスミ、おはよ」
でも、見知らない彼女の行動は、ミーナがしていた事と完全に重なっていて。
「お、おはよぉ、……」
うっかり、ミーナ、って続けそうになった。それくらい、ミーナと彼女の動きは似ていた。
「早くしないと、ママがかんかんだよ?」
待って、もう、彼女の姿は、ミーナにしか重ならない。
「ねえ、……ミーナ、なの……?」
「もー、なんで気づいてくれなかったの!?」
言われた瞬間、抱きしめていた。
「ミーナっ、会いたかったぁ……」
昨日、ミーナが死んでしまったときの、何倍もってくらい泣いた。
「カスミは、本当に寂しがりやだなぁ……っ」
呆れたように言って、それから、ぼそりと呟く。
「まあ、わたしも、カスミに会いたかったから、ネコマタ様にお願いしたんだけどね」
『猫又様』って誰なのかとか、どうして人間で生まれてきたのとか、聞きたいことは山ほどあったけど、これ以上ここにいるとお母さんからの怒号が降ってきてしまう。
「じゃあ、ご飯食べよっか」
階段を下りて、家族と会う。
「おはよー……」
「おはよ、ママ」
「おはよう、香澄、美奈ちゃん、ご飯出来てるよ」
美奈という聞きなれない名前に、ミーナがこっそりと耳打ちする。
「ネコマタ様が、わたしを『真部美奈』ってことにして、ここの家族にしてくれたんだよ?」
真部は、私の苗字。つまり、猫又様というのが、ミーナを人間にして、ここの家の子ということにしたんだろう。
「人間のルールについては、ネコマタ様に教えてもらったから大丈夫だよ?猫って覚えるのは早いし」
耳元で言われて、そんな会話なんてなかったように「いただきます」とご飯を二人で食べはじめる。
ミーナの箸さばきは、昨日まで猫として生きてきたとは思えないくらい上手かった。
私も昨日の夜から何も食べてないせいかあっという間に食べ終えて、上でミーナと一緒におなじ制服を着る。
すんなりと制服を着終わって、そういえば、とミーナが話を切り出す。
「わたしがここにいられるのには、一個条件があるんだって」
「何?」
さすがに、ただでミーナが生まれ変われるわけがない。それくらいは冷静になれば思いつく。
「カスミと毎日、キスっていうのをしないといけないんだって」
ミーナの言葉を、頭で反芻して。
「え、……えぇーーーっ!!?」
殊更に冷静になろうとした頭が、一瞬で茹だった。