4日目(3)―悪夢と不安
ふと、ミーナの体が、透けていくような気がした。
背中の向こうにあるはずのものが見えて、もうそれは本当のことだって気づいてしまう。
「ねえ、ミーナ、体透けてない!?」
「……ごめんね、大事なこと、言い忘れてたんだ」
その言葉で、何となく察してしまう。
「行かないで、ミーナぁ……っ」
「ごめんね、最初から決まってたんだ」
もう2度と戻ってこないと思っていたもの。それを一度与えてからまた取り上げるなんて。
神様、いや、猫又様は残酷だ。
運命から逃れようと、ミーナを離すまいと、ミーナの体を抱きしめようとする。嫌だよ。抱いてた気持ちにようやく気付いたたのに。
でも、その腕は、ミーナの体をすり抜けた。
「言えなかったんだ、この体でいられるのは、3日だけなんて」
「ひどいよぉ……、なんで言ってくれなかったの?」
悲嘆、絶望、そんな気持ちが、溢れて涙になる。
ミーナと、ずっと一緒にいられると信じられるほど能天気なわけでもない。だけど――
こんな風に二回目のお別れが来るなんて、思いたくなかった。
「だって、……こうしていられる間は、笑ってほしかったもん」
「ずるいよ、ミーナぁ……」
髪を撫でられているはずのなのに、もう感触は、かすかにしか感じない。
「ごめんね、……でも、大好き、だったよぉ……」
ミーナの声にも涙が混じる。
「私も、……好きだよぉ、ミーナぁ……っ」
顔が近づいて、目を閉じる。
いくら待っても、ミーナの唇が重なることはなかった。
目を開けると、もう、ミーナがいた形跡は、跡形もなく消え失せていた。
「……ミーナ、ミーナぁ……っ」
「……どうしたの?」
目を開けると、ミーナが不思議そうに見下ろしていた。
ミーナの体に、そっと触れる。そこには、確かに、人の温もりがあって。
「ミーナぁ……っ」
思わず抱きつく。肌の香りも柔らかさも、全部ちゃんとあった。
よかった、あれは、全部、悪い夢だ。
「嫌な夢、見てたの?」
「うん……っ」
抱きしめてくれる腕は、凍ってしまいそうなくらい冷えてしまった心を温めてくれる。
その手で、もっと触れられたい、なんて考えてしまうくらいに、心が溶けていく。
「恐い夢だったんだね。……体、震えてる」
言われて、初めて気づいた。私の体が、ずっと震えていたことに。
私にとって、どれだけミーナの存在が大きかったかということに。
「ありがと、心配してくれて」
精一杯笑う。ミーナの顔を見れたの、久々かもしれない。
「ううん、だって、カスミのこと、大好きだもん」
まだ、時間はお昼前。お昼は、なんとか食べられそうだ。
「わたしも、一緒に寝ていい?」
ミーナが、寝るのが大好きなのは、猫だったときと変わらない。
「うん、……おやすみ」
多分、強すぎた想いが、あんな夢を作らせたんだろう。
自覚してしまった、あの熱い激情。
きっと、二人の距離が定まるまで、あの炎が収まることはないのかもしれない。
「ねぇ、ミーナ」
まだ、向き合って寝るなんてできない。後ろから抱きつかれるのを感じながら聞いてみる。
「なぁに?」
「いきなり、消えたりとか、しないよねぇ……」
あの夢を思い出しただけで、涙がこぼれそうになる。
「もう、何言ってるの?……そんなこと、絶対無いから」
私を抱く腕が、きつくなる。胸の中に、安堵が零れる。
張りつめていた意識が緩んで、そのまま眠りに落ちていく。
今度は、いい夢だったらいいな。
夢オチでよかった。本当に。