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0日目―その始まり

 私は泣いた。

 涙が、涸れ果ててしまいそうなくらい泣いた。


 ねえ、ミーナ、起きてよ。

 鈴の付いた首輪のあたりを、軽く撫でる。リンリン、と鈴は鳴るが、たったそれだけ。

 生きていたときとさほど変わらない姿の飼い猫だったものは、もう、そうしたって、甘えることも、喉をゴロゴロと鳴らすこともしない。


 触れてみた手に感じたひんやりとした感覚。枯れ葉が降り注ぐような季節だといっても、生きているには冷たすぎだ。

 ミーナはもう、とっくに生きてなんかいないのだと気づいているのに。


 それは、ありえなくもないただの事故だったのだろう。

 いつものようにご飯を食べ、トイレを済ませ、散歩に行くことをせがんでいた。

 ただの何気ない日課としてドアを開け放しミーナを外に放した。それが動いているミーナを見た最後だった。


 そして、今、私は、道端に転がっていた彼女の亡骸を前にしている。

 まだ生まれて1年も経っていない女の子だった。そろそろ避妊手術を受けさせなきゃな、と思っていたところだった。

 もう、ミーナは帰ってこない。彼女のいた日常は、もう戻らない。


 せめて、おうちで、ゆっくりと休みたいよね。

 そう心の中で言って、ミーナだった、もう動かない茶トラの猫を、そっと抱きかかえる。


 いつも、私に抱っこされてたよね。

 聞こえるわけないのに、心の中で話しかける。

 お父さんやお母さんにはあんまりなついてくれなかったから、いつも私がブラッシングしてたよね。

 いつも、リビングで一緒に遊んでたよね。

 勉強してるとき、いっつも膝の上に座ってきてたよね。

 寒い日に、よく私の布団に入ってきてたよね。


 でも、もうミーナはここにはいない。よく登っていた塀の上よりも、ずっとずっと高いとこにあるどこかに、もう行ってしまった。

 止められない涙が、もう冷たいミーナにもかかった。

 庭の、よく爪とぎをされていた木の根元にミーナを埋める。


 帰ってから、両親にこのことを報告し、ご飯にも手をつけずに部屋に閉じこもる。

 いつもミーナが上に乗っていたクッションを抱きかかえる。ほんの少しだけ、ミーナの匂いがするようで。

 よく一緒に寝ていたベッドのシーツに残っていた、僅かな香りや私のではない短い毛を見つける。


 今日みたいな寒い日は、布団に潜ってくるんだろうな、きっと。

 頭ではもうわかっているのに、心の中では、まだ、近くで、ミーナがいるような気がして。


 ねえ、ミーナ。

 まだ、一緒にいたいよ。

 微かに残ったミーナのにおいを追いかけるように、意識がいつのまにか遠くなっていく。

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