第九話 KAKUMEI
惟人と奈々がカラオケボックスを出ると、外は雪が降っていた。
無言のまま手をつなぎ、二人はコンビニに入った。
コンビニから深々と降る雪を眺めながら惟人は、ビニール傘二つと、缶コーヒー、そして缶のコーンポタージュを買った。
奈々はまだ少し震えていた。
カラオケボックスの階段を降りる辺りから、事態が飲み込めたのか、奈々は震えていた。
惟人はつないだ手を、更に強く握った。
コンビニを出ると惟人は傘を一つ奈々に渡し、自分も傘を差した。
そして相変わらずの無言のまま、惟人が少し前を歩く形で、手をつないだままスタスタと歩いて行く。
奈々はその後姿を見ているだけで、惟人が怒っているのが分った。
二人は暫く歩き、駅の側、新幹線の高架下に入った。
ここなら雪の心配もないし、人もいない。
惟人は奈々の手を離し、先程買ったコーンポタージュの缶をコンビニの袋から出して、渡した。
まだ温かいコーンポタージュを奈々は両手で持った。
惟人も自分の缶コーヒーを出すと、両手で持ち、悴んだ手を温めた。
「それで、どうしてあーなった?」
カラオケボックスを出てから初めて、惟人は奈々に話しかけた。
奈々は惟人の目を見ない様に、下を向いて黙っていた。
「奈々ちゃんの事だから、なんとなく分るけどね」
惟人は眼鏡の奥で憐れむ様な目をして、話し始めた。
「昔から良く知っているから。また、悪い癖が出たんじゃないの?障害の所為もあるとは思うけど。このままじゃ奈々ちゃん。自分で自分を不幸にするよ」
奈々はまだ、下を向いて黙ったままだった。
「ずっと黙って、何を考えてるの?さっきキスしてきた男の事?」
惟人のこの質問には奈々は大きく首を横に振った。
「じゃあ、佐野君って、彼氏の事?」
今度は縦に小さく首を振る。
「彼氏、顔色悪かったよ。また焼餅妬かせようとして、意地悪したんだろう」
「違う!そんな事してない!」
奈々が叫んだ。
「やっと喋った。じゃあなんでこうなったの?佐野君はいなくなっちゃった。僕は、彼は優しそうで、良い人かも知れないと思っていたのに」
「優しいよ!元秋君は優しいよ!」
「じゃあなんで?奈々ちゃんは、彼に何をしたの?」
奈々はまた口を噤み、下を向いた。
「はー。じゃあ彼の事は諦めるのかい?」
惟人は溜息をついて言った。
奈々はその言葉にピクッと反応した。
「それは・・・」
「どんなに上手く行ってたって、こうなっちゃ、自然消滅しちゃうよ。それが嫌なら、最初から話して」
先程までより少し優しく、惟人は言った。
「話したら、元に戻れる?」
すがる様に奈々は訊いた。
「たぶん」
惟人のその言葉から暫くして、奈々は話し始めた。
「んとね。奥山君って、バイト先で一緒の人なの。それで告白されて、彼氏いるって言ったら、友達でいいからって言われて。そして彼氏も一緒でいいからカラオケ行こうって言われて。そしたら奥山君が私にピッタリくっ付いて、元秋君が独りぼっちみたいになっちゃって。多分怒っちゃったんだと思う。出て行っちゃった」
「なんで追わなかったの?」
奈々の話が終ると同時に、惟人は聞いた。
奈々はまた下を向いて黙ってしまった。
「僕が知っている奈々ちゃんの悪い所。直ぐに焼餅を妬かせたがる。誰にでも優しくするから、男に自分に気があるかもって、勘違いさせる。好きでもない男からでもチヤホヤされると喜ぶ。昔から思ってたけど、奈々ちゃんって、男好きだよね」
それは奈々にとっては酷い言葉で、聞きながら、涙が零れた。
「泣いても駄目だよ。僕は奈々ちゃんの親戚で、君の事が好きだから、ちゃんと今言うよ。君が直さなくちゃいけない悪い所を。それは障害の所為でもあるけれど、考え方が少しおかしい所が奈々ちゃんにはあるんだよ。障害なんて気にせず生きている方が当然いいけど、でも僕は、奈々ちゃんに幸せになって欲しいからはっきり言うよ。障害があるから、普通とちょっと考え方が違うから、意識していないといけない。そうしないと、手の隙間からポロポロと、幸せが零れていくよ」
奈々は黙っていた。黙って聞いていた。
「世の中には色々な人がいる。中には奈々ちゃんの優しさに付け込んだり、体目的やもっと酷い事をする男だっている。騙されたと気付いた時じゃ遅いんだ。そういうのに引っ掛からない様に、自分で意識しないと。本当に大事な人は誰なのか。僕は中学の頃の奈々ちゃんから、佐野君への片想いの話も聞いてる。付き合う様になってからの話も聞いてる。だから、佐野君は優しい人だと思ってる。奈々ちゃんにとって良い彼氏なんだろうとも思ってる。ただ、彼は、優し過ぎるのかも知れない」
「ごめんなさい・・・」
惟人の話の後に、奈々はポツリと呟いた。
その言葉を聞いて惟人は少し微笑んだ。
「謝るのは僕じゃない。しょうがない、一緒に探してあげるよ。行こう、佐野君を探しに」
そう言いながら惟人は、高架下から外を眺めた。
相変わらず雪は深々と降っていた。
結局飲み物は手を温めるだけで、飲まなかった。
つづく
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