表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

第九話 KAKUMEI

 惟人と奈々がカラオケボックスを出ると、外は雪が降っていた。

 無言のまま手をつなぎ、二人はコンビニに入った。

 コンビニから深々と降る雪を眺めながら惟人は、ビニール傘二つと、缶コーヒー、そして缶のコーンポタージュを買った。

 奈々はまだ少し震えていた。

 カラオケボックスの階段を降りる辺りから、事態が飲み込めたのか、奈々は震えていた。

 惟人はつないだ手を、更に強く握った。

 コンビニを出ると惟人は傘を一つ奈々に渡し、自分も傘を差した。

 そして相変わらずの無言のまま、惟人が少し前を歩く形で、手をつないだままスタスタと歩いて行く。

 奈々はその後姿を見ているだけで、惟人が怒っているのが分った。


 二人は暫く歩き、駅の側、新幹線の高架下に入った。

 ここなら雪の心配もないし、人もいない。

 惟人は奈々の手を離し、先程買ったコーンポタージュの缶をコンビニの袋から出して、渡した。

 まだ温かいコーンポタージュを奈々は両手で持った。

 惟人も自分の缶コーヒーを出すと、両手で持ち、悴んだ手を温めた。

 「それで、どうしてあーなった?」

 カラオケボックスを出てから初めて、惟人は奈々に話しかけた。

 奈々は惟人の目を見ない様に、下を向いて黙っていた。

 「奈々ちゃんの事だから、なんとなく分るけどね」

 惟人は眼鏡の奥で憐れむ様な目をして、話し始めた。

 「昔から良く知っているから。また、悪い癖が出たんじゃないの?障害の所為もあるとは思うけど。このままじゃ奈々ちゃん。自分で自分を不幸にするよ」

 奈々はまだ、下を向いて黙ったままだった。

 「ずっと黙って、何を考えてるの?さっきキスしてきた男の事?」

 惟人のこの質問には奈々は大きく首を横に振った。

 「じゃあ、佐野君って、彼氏の事?」

 今度は縦に小さく首を振る。

 「彼氏、顔色悪かったよ。また焼餅妬かせようとして、意地悪したんだろう」

 「違う!そんな事してない!」

 奈々が叫んだ。

 「やっと喋った。じゃあなんでこうなったの?佐野君はいなくなっちゃった。僕は、彼は優しそうで、良い人かも知れないと思っていたのに」

 「優しいよ!元秋君は優しいよ!」

 「じゃあなんで?奈々ちゃんは、彼に何をしたの?」

 奈々はまた口を噤み、下を向いた。

 「はー。じゃあ彼の事は諦めるのかい?」

 惟人は溜息をついて言った。

 奈々はその言葉にピクッと反応した。

 「それは・・・」

 「どんなに上手く行ってたって、こうなっちゃ、自然消滅しちゃうよ。それが嫌なら、最初から話して」

 先程までより少し優しく、惟人は言った。

 「話したら、元に戻れる?」

 すがる様に奈々は訊いた。

 「たぶん」

 惟人のその言葉から暫くして、奈々は話し始めた。

 「んとね。奥山君って、バイト先で一緒の人なの。それで告白されて、彼氏いるって言ったら、友達でいいからって言われて。そして彼氏も一緒でいいからカラオケ行こうって言われて。そしたら奥山君が私にピッタリくっ付いて、元秋君が独りぼっちみたいになっちゃって。多分怒っちゃったんだと思う。出て行っちゃった」

 「なんで追わなかったの?」

 奈々の話が終ると同時に、惟人は聞いた。

 奈々はまた下を向いて黙ってしまった。

 「僕が知っている奈々ちゃんの悪い所。直ぐに焼餅を妬かせたがる。誰にでも優しくするから、男に自分に気があるかもって、勘違いさせる。好きでもない男からでもチヤホヤされると喜ぶ。昔から思ってたけど、奈々ちゃんって、男好きだよね」

 それは奈々にとっては酷い言葉で、聞きながら、涙が零れた。

 「泣いても駄目だよ。僕は奈々ちゃんの親戚で、君の事が好きだから、ちゃんと今言うよ。君が直さなくちゃいけない悪い所を。それは障害の所為でもあるけれど、考え方が少しおかしい所が奈々ちゃんにはあるんだよ。障害なんて気にせず生きている方が当然いいけど、でも僕は、奈々ちゃんに幸せになって欲しいからはっきり言うよ。障害があるから、普通とちょっと考え方が違うから、意識していないといけない。そうしないと、手の隙間からポロポロと、幸せが零れていくよ」

 奈々は黙っていた。黙って聞いていた。

 「世の中には色々な人がいる。中には奈々ちゃんの優しさに付け込んだり、体目的やもっと酷い事をする男だっている。騙されたと気付いた時じゃ遅いんだ。そういうのに引っ掛からない様に、自分で意識しないと。本当に大事な人は誰なのか。僕は中学の頃の奈々ちゃんから、佐野君への片想いの話も聞いてる。付き合う様になってからの話も聞いてる。だから、佐野君は優しい人だと思ってる。奈々ちゃんにとって良い彼氏なんだろうとも思ってる。ただ、彼は、優し過ぎるのかも知れない」

 「ごめんなさい・・・」

 惟人の話の後に、奈々はポツリと呟いた。

 その言葉を聞いて惟人は少し微笑んだ。

 「謝るのは僕じゃない。しょうがない、一緒に探してあげるよ。行こう、佐野君を探しに」

 そう言いながら惟人は、高架下から外を眺めた。

 相変わらず雪は深々と降っていた。

 結局飲み物は手を温めるだけで、飲まなかった。




          つづく

いつも読んで頂いて、有難うございます。

ブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります。

ツイッターでの感想等も励みになりますので宜しければお願いします。

孤独堂ででます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ