表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

第八話 残されたもの

 寸前まで奥山の声が聞こえていたドアを閉じる。

 喧騒から開放されたような静寂。

 元秋は気持ち悪さと悪寒が走った。 

 奈々は追ってドアを開けて来ない。

 一人ぼっちの様な孤独感を感じて、元秋は戸口から階段の方へと歩みを進めた。

 ドリンクコーナーには一人飲み物のおかわりを注いでいる惟人がいた。

 後ろに人の気配を感じて振り返る。

 「あれ?」

 惟人は歩いている元秋に声をかけた。

 振り向いた元秋の顔は青白く、体調が優れない様に見えた。

 「どうした?顔色悪いけど。奈々ちゃんは?」

 声をかけた。

 「奈々は部屋にいます。ちょっとトイレに」

 そう言いながら元秋は階段を降り始めた。

 「いいのかい?放っといて。それにトイレは二階にもあるぞ」

 「楽しく話してるから、大丈夫でしょ」

 惟人の方を見ずに元秋は言って、手摺りに手を掛けながらどんどん下へ降りて行った。

 「どうしたんだ」

 惟人は独り言を言い、そこで暫く考えながら、元秋がトイレから戻って来るのを待つ事にした。

 五分程経っただろうか。

 徐々に違和感を感じた惟人は急ぎ階段を降りて、一階のトイレに向かった。

 しかし、元秋はいなかった。

 トイレはおろか、何処にも。

 「あいつ、逃げたのか」

 そう独り言を言うと、今度は急いで二階に向かった。


 「あの、元秋君なかなか戻って来ないから。ちょっと見て来るね」

 奈々はそう言って立とうとしていた。

 「え、トイレでしょ?大丈夫だよ。それより手を出して。俺手相見れるんだ。奈々ちゃんの手相見てあげるから」

 「でも」

 奈々が何かを言うよりも早く、奥山は奈々の右手首を掴み、前に出させた。

 「あっ」

 奈々がビックリして声をあげる。

 「大丈夫大丈夫!あっ、奈々ちゃんの手、柔らかくて温かいね」

 奈々の右手の掌を両手で挟むようにして広げ、感触を確かめる様に奥山は言った。

 「ぷにぷにしてる。気持ちイイ!どれどれ、手相は・・・」

 しょうがないのでなすがままに、奈々は黙ってその様子を見ていた。

 「あ、奈々ちゃん凄いよ!これ、H好きの線あるよ。うわ~奈々ちゃんて可愛い顔して意外と好き者なのか~」

 「えっ!違うよ!そんな事ないよ!」

 変な事を言われ、奈々は慌てて否定しようとした。

 「ホントにそう?でも俺、奈々ちゃんの噂聞いたよ。嫌いじゃないんでしょ?」

 「えっ?」

 奥山がニヤニヤした顔で言った言葉は、奈々にショックを与えた。

 この人は、知っていてそういう事を言って来たのか。もしかしたら私を誘ったのもそういう事なのかも知れない。そう思うと、気持ちが悲しくなって来た。

 「奈々ちゃんってさ、そんな可愛い顔して、中学の時ヤリマンだったんでしょ?今の彼氏ともバンバンやってるの?俺も、奈々ちゃんの事堪らなく好きなんだ。俺も仲間に入れてよ」

 「なっ、なに言ってるの!そんな事してないし!仲間とか!」

 奥山の言葉に慌てて叫んで否定しながら、奈々はスッと手を引っ込めた。

 しかし奥山はすかさず奈々の上に覆い被さる様にして、奈々の両腕を掴んだ。

 「俺マジで奈々ちゃんの事好きだからさ~」

 そう言いながら奈々の顔に自分の顔を覆い被せて来る。

 ガツンッ!とぶつかる様に奈々の唇と奥山の唇がぶつかる。

 奥山は更にそれを強く逃がさない様に押し付けて来る。

 奈々は懸命に顔を横に逃がした。

 「いやー!」

 奈々は叫んだ。

 「柔らかくて気持ちイイ!」

 奥山は興奮した顔で言った。

 次の瞬間、奥山は横から強い力で押され、床へと転げ落ちた。

 二階に上がり、この部屋にやって来た惟人が、奥山の横っ腹を思い切り足で蹴ったのだ。

 「なにしてる!」

 惟人の顔は、怒りに満ちていた。

 床に腹部を押さえ転がっている奥山を、更に惟人は革靴のつま先で蹴り続ける。

 「殺すぞお前!」

 奈々は怒り狂う惟人の背中を怯えながら見ていた。

 ひとしきり蹴り続け、奥山が動かなくなるのを見ると、惟人は奈々の方を振り向いた。

 「行くぞ」

 そう言うと奈々の手首を掴んだ。

 慌てて奈々はテーブルに置いていたスマホと、脇に置いてあった鞄を持った。

 二人は部屋を出た。

 惟人は最初に自分の友達の所へ行き、急用が出来たから帰ると言い、三千円程置いた。

 それから階段を降りながら、

 「佐野君が消えた」

 と、奈々に伝えた。


 外は、雪が降り始めていた。



       つづく

いつも読んで頂いて、有難うございます。

ブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります。

ツイッターでの感想等も励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ