第五話 Limited
土曜日のコンサートから二日経った、月曜日。
午後七時半。
奈々は駅前のコンビニでバイトをしていた。バイトが終るといつもそのまま電車で自分の住む町に帰る。バイト終了は八時。あと三十分程あった。
「野沢さん」
突然同じバイトの奥山渉が声をかけて来た。
社員はバックヤード、レジの後ろの部屋に入っていた。
客も丁度途切れて、いない時だった。
「野沢さんって、彼氏いるの?」
レジ担当の奈々の前、カウンターに手を付いて、ニヤニヤしながら奥山が聞いた。
「ん。ん、うん。いるよ」
急に聞かれたので、一瞬口篭った。
「やっぱりな~。可愛いもんなー」
言いながら、相当ショックだったのか天を仰ぐ様に顔を天井に向けた。
「どうしたの?急に」
少しビックリして、目を点にしながら奈々は聞いた。
シフトが重なる時、こうして客がいなくて社員若しくは店長が後ろに行っている時、こうやって話す事は度々あったが、普段は学校の事や好きな芸能人・音楽とか、他愛のない話しかした事がなかったからだ。
「だって、もう冬だよ。もうすぐクリスマス~。奈々ちゃん可愛いからさあ、ずっといいな~と思って。彼氏いたのかー。やっぱなあ」
今度はカウンターに手を付いたまま、下を向いた。
「ごめんね」
奈々は優しく声をかけた。
ガバッ!
その瞬間だった。奥山は勢い良く顔を上げて、奈々の顔を見た。
「じゃあさ、友達なら?友達ならイイよね?友達になってよ。俺、寂しーんだ。毎日つまらなくて。ねーねー、今度、友達でイイからさ。カラオケ行こ。奈々ちゃんとカラオケ行きたいんだよ。お願いします!彼氏も連れて来てイイからさ。ねー、お願い~」
一通り捲くし立てながら、奥山は奈々の前で手を合わせ、神様にお願いする様な真似をした。
「え、えっ」
奈々は困っていた。
奥山渉。工業高校の北高の二年生。
同じ頃、塾が終わった元秋は、建物から出て来た。
元秋が通う塾と、奈々のバイト先のコンビニは、駅を挟み西口側と東口側とで分かれていた。
歩きながら元秋はスマホのLINEをチェックした。
奈々からの送信は入っていなかった。
まだ、バイト中なのだろう。
元秋は一応奈々宛てに、
[塾、終ったよ!]
と、送信して、スマホにイヤホンを付けて、制服の内ポケットに落とした。
イヤホンを耳に当てる。
聞こえて来たのは二日前に奈々と行ったハイハイの曲。
なんとなく、隣に奈々がいる様な気がして、足を止めて、目を閉じてホッコリする。
トントン
誰かに肩を叩かれて、元秋は思わず奈々かと思い振り向いた。
「な・・・」
奈々と言いかけた言葉は途切れた。
「何回も呼んだのに。聞こえないんだもん。あ、何か聴いてた?」
そこにいたのは、鈴鳴早苗だった。
「鈴鳴さん。なに?」
この前の事があったので、少し警戒した感じで聞く。
「なにって。帰る方向同じでしょ?話しかけちゃいけない?」
夜の街の街灯に映る早苗の顔は、少し優しく見えた。
「いや、いけなくはないけど。ちょっと驚いた」
「話す程の事はないんだけどね。ほら、一人で黙って帰るのも寂しいし。丁度佐野君前にいるの見えたから」
早苗は微笑みながらそう言った。
「そう」
元秋もつい優しく声を出す。
二人は並んで歩き出した。
「どお?受験勉強はかどってる?」
早苗が聞いた。
「ん~、どうだろう。進んでる様な、進んでない様な。ま、入れるトコ入るしかないんだけど」
「どの辺狙ってるの?国立?私大だと、日東駒専?」
「地元の国立入れれば一番いいかな。でも、この前の模試D判定だったから。無理だな。日東駒専もキツイと思うし、それって東京じゃん」
「東京行かないの?」
「行かないよ~」
「そうなんだ。彼女。彼女いるから?」
「まあ、それもあるけど」
「彼女はそれで喜んでるの?嘘!信じられない!私だったら嫌だな、そんな彼氏の可能性潰す様なの」
「違うよ!奈々は、彼女は、何も言ってないよ。俺が勝手にそう思ってるんだ」
突然立ち止まり、元秋は言った。
早苗は数歩先で立ち止まり、その声を聞いて振り返り、言った。
「ちゃんと話合ってないの?」
「うん。まだ・・・」
「じゃあ、大変だ。考える事一杯だ。私はやっぱり佐野君は、胡瓜の彼女とは別れた方がいいと思うけど。今の話聞いてても、長続きしなそうだし。私なんか、受験だけで不安感一杯で、自分の中に小さな自分を感じる時もあるのに。佐野君は、何してるの?そんなんじゃ、どんどん落ちてくよ。受験だって」
早苗の言葉が元秋に重くのし掛かった。
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。
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気付いてる方は気付いてると思いますが、サブタイトルは全て、サイレントサイレンの楽曲から付けてます。(笑)なので、あまり内容と関係ないです。更に後半の次回からはアーティスト関係無しで何かの楽曲から付けます。