卒業・番外編 心のままに ①
卒業短編を書く予定でしたが、終らなかったので、3話程の番外編で書きます。
出来事的には、ある1日の話です。宜しくお願いします。
3月中には終らせます。(笑)
今日は三月十一日。
東北に住む僕らにとってはとても大切な日だ。
東日本大震災から丁度五年目の日。
そして僕らの住む県の小中学校の卒業式の日。
僕はといえば、県立高校は一日が卒業式で、既に卒業式を終えてしまっていた。
きっと同じ高校の下級生とかとでも付き合っていたら、もっと色々な感情があったんだろう。
クラスや部活でも、もう少し親密に関係を持っていたら、卒業式に何か違った景色が見えたのかも知れない。
美術部だった僕は、せいぜい名ばかりの花束を後輩から貰って、形だけの涙を戴き、卒業式の後の部室を去った。たったそれだけ。
気持ちは放射能と同じで見えないから、いつも一番下の所で想定する。
期待通りに行った事のない人生。傷付きたくないし。
そんな訳で、高校を卒業して地元の専門学校に通う予定の僕は、この時期暇を持て余して毎日駅前に出かけていた。
駅に隣接する商業ビル。
地下一階から地上三階までは家電量販店のフロアになっている。
僕はエスカレーターでそれを素通りし、八階のアニ○イトを目指す。
最近はほぼ毎日来ているので、何処に何があるかも分るし、まず変わり映えしない光景なのだけれど、それでも一度は寄ってしまう。
(ついでに切れてたコピックでも買おうかな)
そんな事を思っていた時だった。
聞いた事のあるちょっと高い、声優さんの様な独特の声。
「カラオケでもアニソンとか歌うけど、ホント舞はアニメとか好きだね」
「え~だって見てると楽しいじゃん」
エスカレーターの僕の三段上に乗る横並びの緑の制服の女子高校生。
「あっ」
僕は思わず小さく声を出した。
僕は彼女を駅前で何度か見かけた事があった。
その時も、素直に可愛いと思った。
正面を向いて歩く彼女を、ずっと眺めていたいと思いながらも、目が合うのが怖くて、いつも目線を外す様に僕は彼女を見ていた。
川原でも見かけた。
僕が夏休みの早朝、川原でスケッチをしていた時、少し離れた河川敷で、彼女は彼氏らしい男と抱き合っていた。
それでもやはり可愛いと思った。
そんな彼女が今、エスカレーターで僕の前にいて、後姿を見せて、声を聞かせた。
(ああ、もしかしたら僕は何も知らない彼女の事を、ずっと恋していたのかも知れない。誰にも知られず、こっそりと消えて行く恋を。恋心を)
胸を締め付けられるような思いで彼女の後姿を眺める。短めの制服の緑のスカートから伸びた華奢な足と黒いソックス。眺めているだけで幸せな気持ちになれた。
僕の思いは、付き合いたいとか、そういう感じのものではなかったらしい。そもそも、そんな事は無理だという事は重々承知していた。ただ、偶然こうやって会えた事に、幸せを感じているだけだった。
偶然にも八階、アニ○イトの所で彼女達もエスカレーターを降りた。
舞と呼ばれていた方の子がアニメ好きらしかったから、多分それでだろう。
僕は少しの距離をとり、何気ない顔で彼女達の後ろを歩いた。
彼女達の話から、彼女の事をもっと知りたかった。
「それで? 安藤君はやっぱり東京行くの?」
「うん。そう言ってた。佐野さんは仙台?」
「そう。元秋君受かった大学、宮城県と栃木県で悩んでたんだけど。結局宮城県、仙台に行くって。でもこっちから通うって言ってたから。フフ……舞は、寂しくなるね」
「私は大丈夫。そんな、付き合ってたって程じゃないから。そっかー、通うのかぁ。愛されてるね、奈々」
そう言いながら舞は奈々の肩に軽く自分の肩をぶつけた。
僕は両サイドのアニメグッズの棚を見て歩きながら、二人の話しを聞いていた。
(そうか。奈々ちゃんって言うんだ。やっぱり川原で見た人は彼か。そりゃそうだよな。彼氏くらいいるよな。可愛いもんな)
そんな話を聞いても、僕はショックに感じなかった。きっと僕の彼女への気持ちは、そういう事ではないんだな。っと、自分なりに納得した。
その後も二人の後ろを何食わぬ顔で、距離をとりついて歩く。
奈々ちゃんの口から出る話は、殆ど彼氏、元秋君の話だった。
彼氏の卒業式の日にデートしたとか。大学合格のお祝いを一緒にしたとか。今も殆ど朝川原で会っているとか。
(いいな~、元秋君。知らない人だけど。卒業したって事はタメだよな。羨ましいな。こんな可愛い彼女がいて、春からは大学生で)
そう思うと僕は段々彼女達の後ろを歩き、話を聞いているのが虚しくなって来た。
僕のはきっと、軽くて淡い恋心。憧れの様な想いだから、このまま彼女達の後ろを歩くのを止め、アニ○イトから出て行っても、一日もすれば忘れてしまう恋心かも知れない。
そう思って彼女達に背を向け立ち去ろうとした時に聞こえて来た話。
「だからそれは、酷いと思わない」
「それで?」
「だから元秋君に言ったの。もしかしたらその花束をくれた後輩達の中に、実は元秋君の事を好きだった後輩もいるかも知れないし。そうじゃなくても、形式でよこしたとか言っちゃいけないし。きっと本当に感謝の思いで、気持ちを込めてよこした花束の筈だから。それを私にあげるとか、言わないでって」
「うん。それは奈々が正しい」
「でしょ。幾ら私が綺麗な花束って言ったからって」
「へ?じゃあ佐野さん。奈々が欲しがってると思ってあげようとしたんじゃない?」
「例えそうだとしても、私にあげちゃ駄目でしょ。もー、たまに元秋君、変なところあるから」
「あららら、倦怠期? フフ。でも奈々が欲しがれば佐野さんはあげちゃうよ。ちょっと待って。その話って、話し方で随分内容が変わると思う」
「そんな事ないで~す」
彼女達に背を向けたまま立ち止まった僕は、自分の事を考えていた。
傷付かないように、何事も下に想定して、決して他人に期待しない自分。
それは自分の為。
傷付くのを恐れると言えば、さも体裁が良く聞こえるけど。
もしかすると何の事はない、僕は人の思いを踏みにじっているのかも知れない。
「ありがとう」
僕は後輩から卒業式の日に花束を貰った時、心からそう言ったか?
普段から、心の底からその言葉を使ったか?
もし相手が誠心誠意接して来ていたら、僕は今までそれを蔑ろにして来たのかも知れない。
気持ちは放射能と同じで見えないからなんて、ふざけた事を言っている僕は、誰よりも僕自身が人を傷付けている最低ヤローなのかも知れない。
そして僕は、静かに彼女達から離れた。
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。
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今回の話は音速ラインの曲を聞きながら書いたので、このサブタイトルになりました。




