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クリスマス短編  君に会いたい

あー、クリスマス終ってしまいました~

更に、クリスマス感のないクリスマス短編になってしまいました~なんか、すいません。

 十二月二十五日。夜七時。

 予備校の冬期講習に元秋は参加していた。

 窓側の席。

 カーテンの隙間から外を眺める。

 直ぐ前を通る国道沿いの街灯や、店の明かりで星は良く見えないが、大きな満月ははっきりと見えた。

 今年は暖冬で、このクリスマスシーズン、雪は降らなかった。

 そして頬杖をついたまま、正面の黒板を眺める。

 予備校の講師が一所懸命数学の説明をしている。

 元秋はどうにも身が入らず、他所の事を考えてしまう。


 十二月二十二日。夜六時。

 駅前のコーヒーショップ。

 元秋は蓮梨惟人に呼び出され、そこにいた。

   ボゴッ!

 会って直ぐ、まだ席に着く前の立っている時に、元秋は惟人に頬を殴られた。

 足元がふらつく。

 周りの客も何事かと見ている。

 「言ったよな。分ってんだろうな。って」

 そう言いながら先に惟人が席に着いた。

 殴られた頬を擦りながら、ゆっくりと元秋も向かい合わせの席に座った。

 「何で逃げた?」

 そう言う惟人の眼鏡の奥の目は、鋭かった。

 「奈々ちゃんは、妹の様なものだと、君に言った」

 元秋は惟人の言葉にただ黙って下を向いていた。

 「彼女の事を君は知っている。直ぐ調子に乗ってやり過ぎちゃう事も、好きな人の気持ちを確かめたがる事も、君は知っている。それなのに、何故逃げた?自分をほったらかした奈々ちゃんへの当て付けか?自分がいなくなった後の事は考えなかったか?」

 自分が去った後の事。

 奈々は何も言わなかった。

 だから元秋は、そのことは何も考えていなかった。

 「何か・・・あったんですか?」

 元秋は顔を上げ、心配そうな顔で、震える声でそう言った。

 「心配なのか?」

 「そりゃあ」

 惟人の言葉にまだ心配そうな顔で、元秋は即答した。

 「じゃあ何故逃げた?奈々ちゃんの性格は知ってるくせに!」

 惟人は少し声を荒げて言った。

 元秋はただ黙って、惟人の顔を見るのが精一杯だった。

 「あの男に襲われそうになった」

 「!」

 惟人の言葉に元秋は驚き、口を開けたが、声が出なかった。

 「声も出ないか」

 そう言う惟人の目は眼鏡越し、少し柔らかくなっていた。

 「僕が入った時、奈々ちゃんは押さえられ、嫌がり、叫んでた。アイツに無理矢理、キスをされた」

 元秋は相変わらず、口を開き、声も出ないまま、今度は小刻みに震え始めた。

 「そこまでだ。そこで僕が助けた。君が、逃げ出した所為だ」

 「ご・・ごめんなさい。俺は・・・」

 唇を震わせながら、やっと搾り出した声で、元秋は言った。

 「苦しめ。僕は奈々ちゃんに、君に言わないように口止めした。その様子じゃ聞いてないね。二人の関係が落ち着くまで言わない方がいいと言った。だから、いずれ君に言うだろう。それまで奈々ちゃんは嘘を付く事に苦しむ。だから君も苦しめ」

 聞きながら、元秋の目は潤み始め、涙が溢れて来た。

 「今はショックかも知れないが、君は優しいから、きっと奈々ちゃんを許すだろう。そして自分の事も。優しすぎるから」


 退屈な予備校の授業はまだ続いていた。

 なんとはなしに、三つ程前の列の席に鈴鳴早苗の後姿を見つけた。

 奈々がされたキスの話と、自分が早苗にされたキスが、頭の中で自分の罪悪感を増し、元秋はただ早苗の後姿を眺めていた。


 十二月二十三日。午後五時

 駅の横の公園に、元秋と奈々の二人の姿はあった。

 奈々はカラオケボックスの件の後直ぐにコンビニのバイトを辞めた。

 祝日のこの日は、安藤、佐藤、大内、舞と、六人でボーリングとカラオケに行った。

 みんな、息抜がしたかった。

 そして帰り道、二人きりになった。

 「もうすぐ帰るんだけど」

 「うん」

 「なんか、さっきから元秋君、変」

 公園のベンチに二人並んで座りながら、奈々が言った。

 「そお?」

 「うん。二人っきりになってから変」

 「そうかなあ」

 「なにか違う事考えてる様で、自分から何も話さないし。ん~、受験の事?受験の事考えてる?」

 「違うよ。受験は一月十七日。センター試験の事しか今は考えてないよ。滑り止めって言うか、本命って言うか。私立は宇都宮と仙台受ける。あんまり遠くに行かない様にする。決めたんだ。俺が奈々から離れられない。だから考えてたのは、奈々の事。奈々とのこれからの事」

 「え~」

 奈々は途端に嬉しそうな顔になった。

 「元秋君、今でも奈々の事そんなに好き?」

 瞳を大きくして、元秋の目を食い入る様に見つめて奈々が尋ねた。

 「好きだよ。ずっと好きだよ。だから不安になるんじゃないか。奈々は?奈々は何を考えてる?俺をどう思ってる?」

 今度は元秋が尋ねた。

 「ん~、先の事は、考えると頭痛くなっちゃうから考えてない。私はね、元秋君。あなたと、生きてる。って、毎日思ってる!」

 そう言いながら、奈々は恥ずかしそうに両方の手を頬に当て、顔を元秋から逸らした。

 「なんだそれ」

 元秋には良く意味が分らなかったが、言いながら、笑みがこぼれた。


 十二月二十五日。夜八時半。

 結局一つも頭に入らないまま、冬期講習の授業が終った。

 予備校のビルから出ると、階段の下のところで、自転車のチェーンを外している早苗が見えた。

 「鈴鳴さん」

 元秋は階段を小走りに降りて声をかけた。

 「メリークリスマス!」

 振り向いて、元秋に気付いた早苗は、第一声そう言った。

 「受験生にクリスマスなんてないよ」

 元秋は笑って答えた。

 「そお?じゃあ、胡瓜の彼女とクリスマスやらなかったの?」

 そう言いながら早苗は、自転車を押して歩き出す。

 「昨日ちょっとは会ったけど。今年はやらなかった。ってか、その胡瓜の彼女はやめろよ」

 元秋も早苗の横を一緒に歩きながら、そう言った。

 「だって、名前ちゃんと知らないもん」

 「奈々。野沢奈々」

 「へー、奈々ちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」

 この前の元秋との事など何もなかったかの様に、早苗はあっけらかんと言った。

 「なに?鈴鳴さん、なんか変。なんか良い事あった?」

 元秋のその言葉に早苗はニヤリと笑みがこぼれた。

 「わかる?実はね、昨日、彼氏から連絡来て。声が聞きたい、会いたい、恋しいだって。冬休み帰るから会おうって。アイツ、私が忘れられないって」

 「へー、良かったじゃん」

 「うん。イブの日に突然連絡よこしたんだよ」

 「それで、ヨリを戻すの?あっちに別な彼女いるかも知れないのに?鈴鳴さん、キープかも知れない。遊ばれてるだけかも知れない。この前、見返してやるとか言ってたじゃん」

 元秋は少し意地悪く、そう言った。

 早苗は足を止めた。

 「分ってる。会って話してみなきゃ分らない不安も一杯ある。でも、やっぱり私が彼を好きなんだ。彼から連絡が来て、声聞いたら私、体が熱くなって、この人が好きなんだって、私が分った。この人と生きて行きたいって」

 突然立ち止まった早苗に対して、数歩歩いた元秋は振り返り、話す早苗を見ていた。

 「生きて行きたい?」

 「そう」

 元秋の問いに早苗は答えた。

 「奈々は違かった。生きているって言ってた。そうか、それは願望じゃなくて、もう望みが叶った先を、過去でも未来でもない今を、言ってたのか」

 『あなたと、生きてる』

 奈々の言葉が元秋の頭に響いた。

 そして、居ても立っても居られない気持ちになった。

 「鈴鳴さん!その自転車貸してくれないか!」

 元秋は言い終わるより早く、自転車のハンドルに手を掛けていた。

 「えっ、なに」

 突然の事に明らかに早苗は戸惑って言った。


 午後九時十分。

 元秋は早苗から借りた自転車で走っていた。

 元秋の住む街から、奈々の住む町まで約二十キロ近くある。

 走り出してから三十分。半分は来ただろうか。

 元秋はただ黙々とペダルを漕いだ。

 自転車は、前に籠の付いた通学用の良くある自転車だ。決してスピードの出るタイプじゃない。

 自転車を漕ぎながら、元秋は、もはや毎朝奈々に会う為に、続けてきたランニングを思い出していた。

 毎日繰り返される日々、必ずそこには奈々がいた。

 遠くに見える奈々が、走って側に行く事で、段々近づいて行く。

 そして、触れられる程の近さになる。

 過去の事は関係ない。未来の事も関係ない。

 良い人生とか、悪い人生とか以前に、今は奈々に会いたいんだ!声が聞きたいんだ!触れたいんだ!

 元秋は心の中で叫んだ。


 奈々の言葉『あなたと、生きてる。って、毎日思ってる!』は『生きたい』じゃない。

 それは現在進行形で、毎日俺と生きている事を奈々は実感してるんだ。

 平凡な日も、辛く悲しい日も、きっと二人の時間があれば奈々は、その日も幸せな気分になれるんだ。

 奈々は今を生きてる。

 俺は奈々がキスされた事にショックを受けたり、後悔したり、悩んだり。進学も自分のレベルを考えないで、奈々と大学と両方上手く行く事を考えたりしている。

 だから最近の俺は腐ってる。今を生きていないから。過去と未来なんか見て。

 心のままに生きたら・・・・今すぐ奈々に会いたい。

 そして、メリークリスマス!って言いたい。

 奈々は何て言うだろうか?


   キキィー!

 自転車を漕ぐ元秋の横を通り過ぎた車が、突然脇に寄せて停まった。

 ドアを開けて人が出てくる。

 元秋は気にもとめず横を通り過ぎる。

 「おい!」

 その時声をかけられた。

 自転車を止め、元秋は振り向いた。

 「なにしてる?こんな所で?」

 その声は、惟人だった。

 「ああ、惟人さん。奈々に、会いに行くんです」

 元秋は、笑顔で答えた。



      おわり


 「メリークリスマス!」

 惟人は微笑んで言った。



      

 


 

 

いつも読んで頂いて、有難うございます。

ブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります。


次回はお正月短編。来年五日までのうちに、書きます!


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