第十話 あの日にかえりたい
雪が肩や頭の上に積もり、元秋はドンドン白くなりながら、寒さに凍えそうに歩いた。
アーケード街でも駅でも、雪から逃れられる場所は幾つもあった。
しかし元秋は、奈々のいるカラオケボックスからなるべく遠くに行きたかった。
そして奈々に、追いかけて来て貰いたかった。
元秋にとってあの場所は地獄だった。
奈々が楽しそうに男と話しているのを見せ付けられている場所。
怒れば良いのか?怒って怒鳴れば良いのか?
『自分が我慢すれば』
元秋はそう思ってしまった。
奈々は嫌がってはいない。一時の事だ。自分が我慢すれば良い事だ。
でも、自分の存在を無視した様なこの環境は辛すぎる。
奈々は、奈々は何故俺に気を遣わないのだろう。俺が平気でいると思っているのか?
これじゃ、暗黙の了解の虐めと同じだ。
奈々は、その程度にしか、俺を好きじゃないのか・・・
交差点赤信号で立ち止まりながら、元秋は結局そんな事を繰り返し考えていた。
「佐野君!」
誰かに呼ばれた様な気がして、元秋は顔を上げた。
信号機の向こう側に、手を振って、笑顔でこっちを見ている鈴鳴早苗がいた。
信号が青に変わる。
寂しさのあまり、誰でもいいから甘えたい、優しくされたいと思っていた元秋は、引き寄せられる様に、早苗の元に歩いて行った。
「どうしたの。こんな所で」
「そっちこそ」
早苗の言葉に元秋は明るく振舞って言った。
「私は今日も塾。ちょっとお腹空いちゃって、帰る前に何か食べて帰ろうかって思って。それよりどうしたの?傘も差さずに。雪だるまみたいに真っ白。顔も真っ青」
そう言いながら早苗は笑い出した。
「そお?」
そう言われて元秋は頭の雪を払い、続けて肩や服の雪を払った。
「コーヒーショップでも付き合ってくれる?」
早苗の帰る方向、駅から少し離れたチェーン店のコーヒーショップに二人は入った。
元秋はブレンドコーヒー。早苗はカフェ・ショコラとミルクレープを頼んだ。
「意外だな、鈴鳴さんがミルクレープなんて」
向かい合う席で、少し笑いながら元秋は言った。
「なんで?私ホイップクリーム大好きだよ。佐野君の私のイメージって」
フォークで小分けしたミルクレープを頬張りながら、満足そうな顔で早苗は言った。
「どっちかって言うと、こっちかな」
テーブルに置かれたメニューのルーフチョコレートを指差しながら元秋は言った。
「なんか、大人っぽいっていうか。渋いっていうか」
「渋い!私が」
早苗はその言葉に目を丸くして言った。
「私なんか、渋くも、大人っぽくもないよ。それは、佐野君が私を知らないだけ。ううん、佐野君だけじゃなくて、クラスのみんなも、私の事知らないかもなあ」
そう言いながら、早苗は窓から、外の雪の中を傘を差して歩く人達の方に目をやった。
その目は、違う何処か遠くを見ている様に元秋には思えた。
「ごめんね。この前は」
思い出した様に早苗は言いながら、目線を外から元秋の方に移した。
「ん?」
「佐野君に胡瓜の彼女と別れろって言ってた事」
「ああ」
正直今は奈々の話は聞きたくなかった。
「こんな風に二人でゆっくり話せる時なんて、そうそうないから今言うけど。私ね、高一の入学して直ぐに、三年の先輩と付き合ってたの。知らなかったでしょ」
「へー、知らなかった」
元秋は本当に知らなかった。
「きっと誰も知らなかったと思う。隠す様に、隠れる様に、付き合っていたから」
「そう」
「私が二年になって、彼が大学生になった。彼、明大に入ったの。結構頭いい奴なんだ」
「そりゃ凄い。じゃあ鈴鳴さんも、明大受けるの?」
早苗は微笑んで、元秋のその質問には答えなかった。
「知ってる?東京六大学とかって、明大もそうだけど、校門の所に女の人が立ってるんだって」
「知らない。なんで?」
「ナンパ目的。ほら、官僚とか公務員になる人多いでしょ。人生にハズレが少ない様な気がする。そういう人と付き合って、結婚出来れば、一生安泰な気がするじゃない」
「なるほど~」
「って、彼氏が嬉しそうに私に言ったの。女があっちから寄って来る。だって」
元秋はそれには何も言えなかった。
「学歴でモテてるのに、自分がモテてると勘違いしちゃって。馬鹿みたい。その内女遊びする様になって、田舎娘の私には音信不通。格好悪いよね。付き合ってたの、誰にも知られてなくて良かったと思った」
「そうか・・・」
元秋は、それしか言えなかった。
「ちょっとだけ、似てるんだ。その彼が、佐野君に」
つづく
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