第一話 LOVEのしるし
10回程度の短い連載を予定しています。
宜しくお願いします。
初冬の早朝。
もう高校三年で、とうに部活を引退したのに、佐野元秋はランニングをしていた。
いつもの川原を目指して。
朝六時十五分。
「ほっ、ほっ、ほっ」
口から出る息は白い。今朝の気温は一度。
しかし既に四キロ以上走っているので、体は暖かかった。
川原の土手の道に入る。相変わらず人気のない一本道。
少し走ると、下の河川敷で手を振るポニーテールの少女が見えた。
緑の制服の上に、バニラホワイトのダッフルコート。首には赤・紺・黄を主としたチェックのマフラー。口元まで覆っている。
元秋もまた手を振りながら、少女の元へと土手を駆け下り、少し加速して走って行く。
もう一年半以上続いている朝の待ち合わせ。
「奈々」
周りに誰もいないので、元秋は声を出す。
「慌てると危ないよ」
冬場の湿ってぬかるんだ足元を気遣い、奈々が声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫」
そう言いながら、元秋は奈々の元に辿り着いた。
「はあ、はあ」
「凄い息。大丈夫?」
「大丈夫。部活引退してから走ってないから。体力落ちたのかな」
肩で息をしながら元秋が言う。
「じゃあ、朝会うの止める?そうすればゆっくり寝られるし」
手でマフラーを下げ、口元を出して、唇を尖らせて奈々が言う。
真っ白な顔に、頬と唇だけが薄くほんのりと赤かった。
「なんで!それは意地悪だ~」
子供が駄々をこねる様に元秋は直ぐに言った。
「んふふふ♪」
奈々が嬉しそうに声を出す。
奈々はたまにこうやって、元秋を確かめる。確かめていないと不安になる時があるみたいだと、元秋も気付いていた。だから合わせる。優しく、花を摘む時の様に、花びらが落ちない様に。好きだから。
「あのね」
そう言うと奈々は手提げのバッグに手を入れ、何かを探し出した。
「手、寒くないの?」
手袋をしていない、奈々の素手は細く白く、寒そうに元秋には見えた。
「ん、寒いけど、大丈夫」
下を向き、バッグの中をまさぐりながら、奈々は言った。
「ホント?」
「ん、大丈夫。あ、あった!これ!」
そう言うと奈々はバッグから封筒の様な物を取り出して、見せた。
「なにこれ?」
「チケット!今週の土曜日にハイハイのコンサートあるの。市民文化センターで」
「ハイハイ?」
「ハイレントハイレン。読モの女の子のガールズバンド。好きなんだ~。ね、一緒に行こ!」
「あー、奈々がいつも聴いてるやつか。いいよ」
「やったー!」
そう言うと奈々は手にチケットとバッグを持ったまま、元秋に抱きついた。
「あっ」
元秋は思わず声が出る。
「良かった~。半年前にコンサートあるの知ってから、ずっと一緒に行きたいと思ってたの」
「そう」
「へへ、嬉しい~。でも、ダッフルコート着てるから、ドキドキしてる心臓の音は聞こえないかな?」
元秋はいつものこんな奈々の発言にドキッとして、黙って抱きしめていた。
「厚着だから、胸の感触も分らないでしょ」
顔を上げ、元秋の顔を見ながらニヤニヤして奈々は言った。
「そんな事、考えてないよ。それから、そういう事簡単に言うと、心配になっちゃうよ」
「なんで?元秋君にだけだよ。元秋君にしか言わないよ、こんな事」
そう言いながら、少し心配そうな顔をする奈々。
「ホントかなあ」
「ホント」
奈々はそう言いながら目を閉じて、顎を上げて、唇を元秋の方に差し出す様にした。
元秋も奈々の方へ顔を近付ける。
軽く触れた唇を、ゆっくりと奈々の唇に押し付ける。
時間にして二十秒程、二つの唇がゆっくりと離れて行く。
そして沈黙が一分。
「じゃあ、そろそろ戻らなきゃ」
最初に元秋が口を開いた。
「うん」
「今日は放課後、塾だから」
「知ってる。だから私はバイト入れといた」
「そう」
「そう。だから今日はもう会えないね」
「ラインするよ。塾終ったら」
「わかった」
元秋は大学進学希望で、高三の冬になる今は、追い込みの時期だった。
奈々は元秋が塾に通い始め、会えなくなって来て、駅前のコンビニでバイトを始める様になった。
出会った頃とは少しづつ、環境が変わって来ていた。
つづく
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