プロローグ
私は幼い頃から不思議な夢を見る。
とんがり帽子に黒いワンピースを身に纏い、箒に跨って満月が光り輝く夜空を飛んでいる夢。古びた杖を一振りして一国のお姫様に死の呪いを掛ける夢。退屈しのぎに一国の王子をカエルの姿に変える夢。
まだまだあるが上げたらキリがないのでやめておく。
とにかく共通して言えることは人に悪事を働く同一人物が夢の中に現れるのだ。ケタケタと人の不幸を嘲笑う悪趣味な女性。
幼いながらも私は思った。絶対にこの女性みたいな性格の汚い人になりたくないと。
だからと言って私が皆から慕われる心優しい性格の持ち主になったわけではないが。
何はともあれ不思議な夢を見ること以外はどこにでもいる至って普通の子供だった。
しかし私が中学に上がるある日、両親は私が思っていた普通の子供を覆すとんでもない事実を突き付けたのだ。
「真央ちゃん、ずっと言おう言おうと思ってたんだけど、貴女の前世は童話に出てくる魔女だったらしいの」
母親から突如カミングアウトされた内容を直ぐに理解することは出来なかった。
おっとりしていて天然な母。どうせいつものお茶目な冗談だろうと最初は思った。
それもその筈。童話とは本来、親が子供に読み聞かせる物語。言ってしまえばただの絵本だ。
その絵本の中の登場人物である魔女が私の前世? やはり意味が分からなかった。
そもそも童話の中の登場人物は生きていない。作家と絵師によって生み出された架空の人物。
冗談はやめてと私は母の言葉をさらっと受け流そうとしたが、母の目は真剣だった。母の隣に座っている父の表情もいつにもまして堅い。
「……嘘だよね?」
「いいや、真央。お前が一番身に染みている筈だ。ほら、幼い頃から不思議な夢を見るとよく話してくれていただろう?」
父の言う通り、確かに私は両親にあの夢の話をしていた。けれどもその夢が私の前世とやらに何の関係があるのか。そこまで考えて私は父の言わんとすることが分かってしまった。
まさか、そんな……。
「もしかして…… 夢に出てくるあの魔女が前世の私?」
嘘であって欲しいという私の願いとは裏腹に両親は深く頷いた。サーっと私の顔から血の気が引いていく。
汚い性格の女性でああはなりたくないと思っていた人物が前世の私? それこそ悪い冗談だろう。そう思いたいものの両親の顔は相変わらず真剣なので本当の事なのだろう。
それに夢にしてはやけにリアルというか、既視感というか、上手く言葉で言い表せないが、私に何か関係のあるような気は薄々していたのだ。ただそれを認めたくなかっただけ。今まさに確信に変わった。
両親は不思議な夢を繰り返し見る私の為に内緒でその手の専門医に相談していたらしく、そこの先生から俄に信じ難い話をされたようだ。
その内容というのが、今私に説明してくれている前世の記憶についてだった。極希にこの世に生まれる前の記憶を持って誕生する者がいるとのこと。
それが私のような前世持ちの人間という訳だ。この前世がなんと童話の世界のようで、研究者達は《おとぎの国》と総称して呼んでいるらしい。
まだまだ謎大き分野なので一般市民には公開されてないようである。私は研究者からありがた迷惑にも魔女の称号を与えられたみたいだ。
次から次へと説明されて私の頭はパンク寸前である。むしろ気絶して目が覚めたら全てが無かったことになっていて欲しいくらいだ。……無理な話だけれど。
「なに、前世が魔女だからって今の生活が変わるわけじゃないだろう」
記憶の片隅にでも置いておけばいいと父は言う。それもそうか。先程まで混乱していたのが馬鹿みたいだ。その時は安易に受け止めていた。前世が魔女だからどうこうなることはないと。
そう、まさかあんなことになるなんて思っても見なかった。