第10章 12話目
「いらっしゃいませ」
書店に入ると立花さんの明るい声が出迎えてくれた。
「やあ、今日もお疲れさん」
そう言いながらお勧め本のコーナーを見ると、僕の本は売り切れていた。
「あのあとテニス部の皆さんも買いに来てくれて完売御礼ですっ!」
レジから出て来て嬉しそうに微笑む立花さんは大人びた白いブラウスにタイトな紺のスカートを穿いて、すらりと伸びる綺麗な脚には黒いストッキング。僕の鼓動は一気にクライマックスだ。
「あ、ありがとう、平積みでたくさん置いててくれて助かったよ」
「いえいえ、うちも売り上げアップで大助かりですよ」
僕の横に立ってニコリと微笑む。
さて、今日はどんな本を買おうかな。
僕は店の中をざっと見回す。今日はコミックを見ようか……
って、いつもと何か雰囲気が違う。
「どうしたの立花さん?」
いつもはレジに立っている立花さんが、今日はずっと僕の横に立っているのだ。
「何か分からないこととか、お探しの本とかがあったら遠慮なく仰って下さいね」
何かを期待するような眼差しを向ける彼女。
「えっと、探している本って言っても、今日はただ漠然と……」
「それでは、こちらなんかどうでしょう。先輩にお勧めです!」
嬉しそうに、彼女は書棚から一冊の写真本を抜き出す。
『後輩JKの危ない七変化』
「この本は先輩にぴったりかと思いますよ。モデルさんも綺麗ですし、何より先輩後輩っていうシチュエーションが最高なんです!」
立花さんがお勧めのエロ本を差し出してきた。
僕が『まおエロ』第二巻に書いた『エロ本ソムリエ』みたいだ。
その本では本屋を手伝う魔王の娘が『エロ本ソムリエ』を自称し、お客さんに合ったエロ本を推薦すると言う話が出てくる。お客さん自身も気が付かない隠れた趣向を見抜いてお勧めする事もあって、大好評と言う設定だ。
「確かにモデルは可愛いね。大河内並みに胸もでかくて……」
「あっ、ごめんなさい先輩。こっちの方がもっといいかもです!」
焦ったように前言を撤回する立花さん。
『新入生の下着選び』
「この本のモデルもスタイル良くって、全体的に下着写真集って感じなんですけど。とてもお勧めですよ」
さっきの本のモデルはグラマラスだったが、この本の表紙モデルはスレンダー美人だった。やはり先輩後輩ものらしくセーラー服を脱ぐと色んな下着が現れると言う趣向らしい。
「なるほどね、確かにモデル並みのスタイルだね。でも、こっちの本なんかは?」
僕は本棚から一冊の本を取り出す。
『クラスメイト通信』
となりの席に座っている同級生をじっくり視姦したり、何故か教室でキスしてそのまま脱がせたり、何故か教室でスカートに手を突っ込んでそのまま…… と言う本のようだ。
「先輩はやはり同級生より少し年下の方がいいんじゃないでしょうか」
「そうなの? じゃあこれとか?」
僕はさっきの本を戻すと、その隣にある本を取り出す。
『妹とパラダイス』
「いけません、それは絶対いけません!」
彼女は僕の手からその本をひったくるように巻き上げる。
「この本は危険です」
「でも、これも年下物で、モデルさんも可愛いと思うけど」
「いいえ先輩、ダメです。年下物でも「妹」と言う特殊設定はきっと先輩の身を滅ぼします。しかもこのモデルさんは美人ですけどツルツルペッタンで胸がなさ過ぎです。こう言うのってマニアにはウケるかも知れませんが先輩のお好みではないと思うんです。やっぱり部活の後輩物とか、新入生ものの方がグッとくるんじゃないかと!」
右手を握りしめ力説する立花さん。
「そうかな?」
「ええ、そうです。間違いありません。だからこっちの本なんかとってもお勧めです」
『黒髪の楽園・純真な女子高生』
くりっと大きな瞳を輝かせ彼女が僕に差し出した本の表紙は、長い黒髪に大きな目をしたセーラー服姿の美少女が本を読んでいるものだった。楚々とした雰囲気の彼女のセーラー服は、しかし何故か半分透明だ。
「確かにいいね、これ」
髪型と言い体型と言い、どことなく立花さんに似ているのだが、立花さんの方が圧倒的に美人だ。
「そうですか、ありがとうございます」
満面の笑顔を向けられると僕も嬉しくなってしまう。
「ところで今日はいつものイベントとか企画とかはないんだ?」
「えっ、やってますよ、いま!」
そう言うと彼女はピンク色をしたタスキを掛ける。
『綺麗な絵本マイスター』
「今日は不肖このわたしがお客様に誠心誠意今夜のお供をご提案する『綺麗な絵本マイスターご提案デー』ですっ!」
少し恥ずかしそうに頬を染め、それでも真っ直ぐに僕を見つめる彼女の瞳は吸い込まれそうになるくらいに綺麗だった。
「なるほど、『まおエロ』に出てくるエロ本ソムリエみたいなものだね」
「はいっ、その通りです!」
「と言うことは、これもいつものように」
「はいっ、ここだけの秘密の企画です! 他の人には絶対秘密ですっ!」
可憐で、とても愛くるしいその笑顔を見ると、僕は手に持っているエロ本に全く魅力を感じることができない。
「じゃあ立花さん、折角だけどこの本じゃなくって、お勧めの小説とかコミックとかを教えてくれないかな?」
「小説とかコミックですか?」
一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべた立花さん。しかしすぐにポンと手を打つと僕をコミックのコーナーに案内してくれた。
「少女漫画になるんですけど、これなんか凄くお勧めです」
彼女が僕に差し出したのは『考古学部へおいで』と言うコミックだった。
「これ、凄くいいですよ。テニスの特待生で名門高校に入学したヒロインは、しかしすぐに大怪我をしてテニスができなくなってしまうんです。学校に居場所をなくした、そんな彼女に救いの手を差し伸べたのが超イケメンの考古学部の部長さん…… って言うお話で。ごめんなさい、あんまり喋るとネタバレですよね」
「へえ~ 面白そうな話だね。じゃあ今日はこの「考古学部へおいで」を買おうかな」
「はい、ありがとうございますっ!」
彼女は僕の手からその本を受け取ると花が咲くように微笑む。
「先輩がこの本を読んでくれるなんて、凄く嬉しいです。そうだ、桜子ちゃんにも見せてあげて下さいね」
そう言いながらレジに戻る彼女。
僕は財布からお金を取り出しながら、ふとある違和感に気が付いた。
「あれっ?」
さっき来たとき、レジの前に貼ってあった予約受付の貼り紙がなくなっているのだ。
「そう言えば、さっきここに本の予約の貼り紙があったと思うんだけど?」
レジからお釣りを取り出す立花さんは俯いたまま答える。
「あっ、さっき見てたんですか…… あれはその、まだちょっよ早すぎると言うか……」
「何て言う本だったっけ、確か、秘密の本が何とか……」
「えっと、そうですね。そんな名前でしたね……」
珍しく歯切れが悪い。
彼女は俯いたまま本を袋に入れて。
「はい、お待たせしました。「考古学部へおいで」一点で五百八十円です」
レシートと釣り銭を僕に手渡してくれる彼女。
「また感想とか聞かせてくださいね。はいこちらが商品ですっ」
にっこり微笑む。
「うん、今日早速読んでみるよ。立花さんのお勧めだし、とっても楽しみだよ」
「はいっ! いつもお買い上げありがとうございます。またのお越し……」
急に言葉を止め、驚いたように僕の後ろを見つめる立花さん。
その視線を追って後ろを振り向いた僕も声を失った。
「こんばんは、繭香ちゃん」




