第10章 10話目
サイン会に呼んでいるラノベ作家。
そう、それは他でもない、僕自身だ。
「あっ、そうだね。決まってるよ。決まってるけど……」
恥ずかしいし、まだ開き直りきれない僕は曖昧な返事をした。
編集担当の遠野さんはここぞとばかりに張り切っている。サイン会用の本や、プレゼント用に栞やステッカーなどの「まおエロ」販促グッズも大量に準備済みらしい。
「ついに覆面作家の晴れ舞台ですね。任せてください。羽月さんが恥を掻かないよう出版社一丸となってバックアップしますから!」
そう言って憚らないのだが、顔出し自体が恥なんですけど……
「ねえ、何て言う作家さん? 教えてよ!」
仕方がない。案内用看板にも名前を書かなきゃいけないし。
どうせ明後日には全てがバレるんだし。
僕は一回深呼吸をして覚悟を決める。
「はつき…… 覇月ぺろぺろりんって作家だ」
「「ええっ~~!」」
立花さんと月野君が声を合わせて絶叫した。
「先輩知ってますよね! わたし大ファンなんですっ!」
「まおエロの作者じゃないっすか!」
立花さんだけじゃなく、月野君も知っててくれたんだ!
僕は思わず月野君の両肩を掴む。
「知っててくれたのか! 偉い、月野君はやっぱり偉い!」
「勿論っすよ。書いてる作品もさることながら、あの恥ずかしすぎるペンネーム。残念すぎて忘れられないっす!」
僕は我に返り、彼の肩から手を離す。
「なあ、そんなに恥ずかしい名前か、ぺろぺろりんって」
「そりゃ恥ずいっしょ! ぺろぺろりんっすよ! 世の中ぺろぺろ舐めてるような名前っすよ! ふつう顔出しでサイン会とか考えられないっすよね! 一体何考えてるんっすかね!」
恥ずかしさがこみ上げてきて、急に顔が熱くなるのが分かる。
「そ、そうか。そんなに恥ずかしいか……」
「そんなことないですよ。わたしは大好きですよ、ぺろぺろりん先生の作品。暖かみがあって面白くって、それでいて少しホロッとしちゃうでしょ!」
「立花さん!」
今度は目頭が熱くなる。
「そうっすね。『まおエロ』は面白いから俺も読んでるっす。でも、あんな下ネタギャグ飛ばしまくってサイン会するって作者もいい度胸してるっすよね。そうだ、家から本を持って来たらサインして貰えるんっすか」
「ああ、勿論だよ。きっと月野君の本は特別大サービスで極太マジックを使って全ページにサインを書きまくってくれると思うよ!」
「そうっすか! あ、でも、それじゃ二度と読めないっす」
「その時は、その場でもう一冊買えばいい! そっちの本にも全ページに墨汁をまき散らしてくれると思うけど」
「悪徳作家っす!」
「恥知らずの下ネタギャグ作家だから仕方ないだろ、覚悟しておけ」
ちょっとムキになってしまった僕を見て、キョトンとする月野君。
それまで黙って話を聞いていた小金井が手を上げる。
「は~い、質問。そのぺろぺろりん先生の本、読んだことがある人、手を上げて~!」
「「「は~い」」」
立花さんと月野君、そして僕が手を挙げる。
「あのさ、今頃気が付いて悪いんだけど、作家さん呼んどいて、その人の作品読んだことがないって失礼よね。読んだことがない人はすぐに読まなきゃいけないんじゃない?」
「そうですね~ それは言えてます~」
「弥生先輩の言う通りですっ。今日帰りに買って読むですっ。出版社と作品名を教えてくださいですっ」
それを聞いた立花さんは立ち上がると白板に出版社名と作品名『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』を書いていく。
「あ、あの……」
「ああ、柳崎部長、テニス部の皆さんは気にしなくてもいいですよ。本の内容が内容ですから、胸張ってお勧めできませんし」
「そうですか。でも…… 折角だしやっぱり読んでみます」
最後はキッパリ言い切った柳崎部長。ごめんなさい、ヘンなことに巻き込んで。
「じゃあ、段取りも掴めたところでざんねん喫茶の準備をしようか」
「「「「「「は~い」」」」」
元気のいい返事とともにみんな作業に取りかかる。
「あの、羽月先輩」
その声に振り向くと立花さんが立っていた。
「最近うちに全然来てくださっていないので、そろそろどうかと……」
「あ、うん、分かった。じゃあ今日でもいいかな?」
「はい、お願いします」
嬉しそうに頭を下げる立花さん。
ふと視線を感じて横を見ると小金井と目があった。
「さあ作業作業!」
小金井は目を逸らすとポテチの袋をゴミ箱に捨て、展示物の作成に取りかかった。




