第10章 7話目
「ここがいつも印刷を頼んでいる日の出印刷だよ」
一年生達にそう言いながら三階建て小綺麗な建物に入っていく。
「失礼します。松院高校の羽月ですが……」
「いらっしゃいませ、お待ちしてましたよ。さあこちらへ」
明るい声とともに事務所の机から立ち上がって僕たちを商談テーブルに案内してくれたのは三十歳くらいの女性。
今日は部員全員で文芸誌『埠頭』の印刷を発注に来たのだ。
夏休み明けにはみんなの原稿が集まった。
僕らの部では原稿が集まると先ず他の誰かが誤字や脱字のチェックをする。そうして印刷所に発注を掛けるのだが、人の作品をチェックをすることで自分の作品も見直し、修正を加えて更によくしていくと言うステップを踏む。場合によっては感想を言い合ったりもする。『埠頭』は一応まがりなりにも広告を載せて、一冊二百円で販売するものだ。自分たちのためにも、買ってくれる人たちのためにもこの手続きに充分時間を掛ける。
「担当の高橋です。今年も発注ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもお世話になってます。これがデータになります」
僕は文章データが入ったメモリを渡す。
「では内容を確認してきますね」
そう言って高橋さんは席を立つ。
「翔平くん、メモリに付いているピンク色のストラップは何なのよ!」
小声で小金井が話しかけてくる。
「ああ、『おにたい』の妃織ちゃんストラップだよ。ズキュ~ン」
「ズキュ~ンじゃないでしょ、恥ずかしいじゃない」
「去年の小高副部長は奈々世先輩の実写ストラップを付けてたんだよ」
「比較対象外よ。そこまで突き抜けると誰も相手にしないわ」
「これが文芸部の伝統、文芸部クオリティなんっすね。来年は『婦女子さんストラップ』を付けておくっす」
「さすが月野君、分かってるじゃないか」
「止めなさいよ月野くん。だいたい『婦女子さんストラップ』って、何?」
「これっす!」
月野君が差し出したのは、深山さんが大河内の胸に笑顔でうずくまっている写真だった。
「この写真をペンダントにしてストラップに付けるっす」
横で聞いていた深山さんも笑顔で親指を突き上げている。
「失礼しますね」
戻ってきた高橋さんは見積書をテーブルに置いた。
「去年よりページ数が増えてますから普通なら十万円を超えるところですけど、これからもうちを使って戴けるという期待も込めて、このお値段でどうでしょう」
「えっ、いいんですか、ありがとうございます。思ったより安くて助かります」
しまった。安いなんて言ったら今後の値切り交渉が出来なくなっちゃう。
チラリと横を見る。大河内と深山さんは見積書を覗き込んでうんうんと肯いている。
しかし小金井は僕の失敗に気づいたようで、あきれ顔で僕を見ていた。
「本当によくして戴いてありがとうございます。これ、あと百八十五円引いて戴いたら税込み後で九万七千円キッカリになるんですけど」
立花さんの一言に「えっ」と言う声を上げ、電卓を叩く高橋さん。
「本当ですね。暗算でよく計算できましたね」
「わたしも高橋さんみたいなデキル女を目指してますから」
この一言で更に税抜き二千三十七円安くなった。
「では税込みで九万五千円丁度ですね」
高橋さんが席を立つと小声で立花さんに語りかける小金井。
「繭香ちゃん凄いね。値切りの天才だわ」
「いえ、出しゃばってごめんなさい」
「と言うわけで、この浮いたお金でポテチ買いましょ!」
「大賛成ですっ」
ごめんなさい、高橋さん。せっかくのご厚意がポテチに化けそうです。
* * *
印刷屋さんからの帰り道、みんなでハンバーガー屋に立ち寄った。
「文化祭の準備は順調ですね~」
大河内の言葉にアイスコーヒーを手に持った立花さんが心配そうに聞き返す。
「でも、今日生徒会の掲示板に貼ってあった貼り紙、あれってどう言う意味なんですか?」
奈々世女史は僕と夢野先輩への宣言を実行に移した。文化祭での来客数によって文芸部かラノベ部のいずれかを同好会へ格下げにすると言う話だ。
勿論、掲示された内容はそんなストレートな表現ではない。
生徒会公示
次年度の最適な文化系サークル配置の参考にするため、生徒会は文化祭におけ
る文化系各部の人気、発表成果を調査することにいたしました。
生徒各位のご協力をお願いします。
調査内容
・ステージ部門 アンケートの実施
・展示、出店部門 来客者数
松院高等学校 生徒会
あからさまに文芸部とラノベ部の対決とは書いていないが、展示や出店への来客者数で次年度のサークル配置を考えると明言している。これは即ちそう言うことだ。
「あれは、最終決戦という意味よ!」
ポテチ片手に立花さんの質問に答える小金井。
「「「最終決戦?」」」
三人の一年生が小首を傾げる。
「そう、ラノベ部との最終決戦よ。来客数勝負で負けた部は同好会へ格下げよ」
「「「ええ~っ!」」」
「弥生先輩、本当ですか! 大変じゃないですか!」
「羽月部長、そうなんっすか! 負けたら女装して犬扱いされるんっすか?」
それ、どこのコミックネタだ。
月野君の質問には答えず、僕は小金井に声を掛ける。
「知っていたのか、小金井」
「勿論よ。何度も言うけど奈々世先輩はお友達だからね」
「実は……」
僕は奈々世女史のセッティングで夢野部長と話し合いをしたこと。そして結果的に文化祭の集客勝負で部の存続を掛けることになったことを、みんなに話した。
「負けられませんね」
「あかね、こう言うの燃えるですっ。萌え萌えですっ!」
「勝って夢野先輩を女装させて犬にして、三回廻ってお手さをせるっす」
目的は色々だがみんな気合いが入っている。
「みんなありがとう。部誌の発行も目処が付いたし、新聞小説も快調、ステージで目立って文芸部のアイドル喫茶へ観客を誘導する作戦も着々と準備をして貰っているからきっと大丈夫だと思う。この調子でいこう!」
「「「はいっ」」」
「翔平くん、サイン会の方はどうなの?」
「あっ、その件ね。そっちも進んでるよ……」
ラノベ作家のサイン会の件。
僕の家へ、僕の、『覇月ぺろぺろりん』編集担当の遠野さんから電話でサイン会の要請が来た。
どう考えても名崎新聞の宮脇さんからの要請だった。まさか宮脇さんが言っていた「ラノベ編集者」が僕の担当さんだったなんて。
覆面作家でいたいと言って他を探して貰う事もできたんだけど、僕は了解してしまった。
自分で撒いた種だったからかな。僕のひとかけらの良心が引き受けてしまった。
「宮脇さんがラノベ作家さんを紹介してくれたの?」
何故か嬉しそうな小金井。
「うん、まあ、そうだね…… 詳しくは決まってのお楽しみってことで」




