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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第一章 新入部員は秘密の本屋さん
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第1章 8話目

 そして金曜日。


 今日は朝から雨が降っていた。

 道に散らばる桜の花片はなびらが儚げだ。

 放課後、僕は今年の部員名簿を持って生徒会室へ向かった。


 ぺたぺたぺたぺた


 今日が名簿の最終提出日。

 この名簿に従って今年の予算や学校施設の割り振りが決められる。

 勿論、文芸部の存廃も。


 生徒会室の前に立ち、ノックを正しく二回する。


 トントン


「合い言葉は?」

「会長かわいい、うふっ!」

「……入っていいわ」


 生徒会室のドアを開けると、部屋には青木奈々世女史ただひとり。

 窓の夕日に碧い髪を煌めかせ、正面の会長席に座っていた。


「この合い言葉、何とかなりませんか? せめて最後の『うふっ』はやめましょうよ」

「ダメよ。うふっ、てところが萌えるんだから」

 合い言葉で萌えてどうするんだ? まあ合い言葉があること自体が理解不能だが。


「今年の部員名簿なら、ドア横の回収箱に入れておいて」

 青木女史は書類に目を通しながらそう告げる。

「あの、少しだけお話があるんです」

 僕の言葉に彼女はやおら書類を置いて顔を上げる。

「話って?」


 僕は会長の前まで歩くと名簿を手渡す。

「まず、これが今年の文芸部の名簿です」

「……」

「見ての通り四人しかいません」

「そうね」

「タネも仕掛けもありません」

「鳩が出たらびっくりね」

 会長のノリの軽さ、僕は好きだ。


「このままだと規定で文芸部は廃部、ですよね」

「残念ながら、そうなるわね」

「心も体も尽くして捧げて、そして僕たちは捨てられるんですね」

「どう返していいのか、わからないわ」

「そこでお願いなのですが」


 僕は精一杯胸を張って深呼吸を一回。


「部活動運営規則三条にある但し書きの適用をお願いします」


 そう言って手に持っていた一冊の文庫本を会長の机に置いた。


「部活動運営規則第三条、部活動は五人以上の部員の登録を持ってこれを認める。但し、当該活動で著しい成果があると生徒会長が認める場合、部員の数はこの限りではない」

 青木女史は部活動運営規則第三条をそらんじた。


「で、この文庫本がどうかしたの? ライトノベルのようだけど」

 僕は両手にぐっと力を入れる。

「はい、この本の作者は、この僕です。大手の出版社から全国の書店に出ています」


 青木女史は机の本を手に取って。

「ふうん。『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』ね」

 体が恥ずかしさで熱くなるのが分かる。

「この本を文芸部の活動の、著しい成果として認めてください!」


 話を聞いた彼女は表紙、裏表紙を見てから本を開く。

「綺麗なイラストね。でも本屋のレジに水着姿の少女が立っているなんて、どう言うストーリー?」

「いえ、あの、ストーリーというか、読者様サービスと言うか……」


「作者、覇月はつきぺろぺろりん…………ぷっ」

 恥ずかしさで僕の頭から水蒸気が噴出する。

「作者、覇月ぺろぺろりん先生…… くぷっ! 

 ご、ごめんなさい、人の名前を笑って…… ぷっ!」


 結局、堪えきれずに暫く笑い転げた青木女史は失礼を詫びると一度深呼吸をした。


「なるほど確かに凄いことだわ、色々と」

 色々って、何だよ。想像できるけど。

「分かりました。運営規則但し書きの適用に充分な活躍だと認めるわ」

「えっ、じゃあ!」


「但し、ひとつ確認するけど、あなたの活躍は生徒会の掲示板に発表されるけど、それは構わないかしら?」

「えっ……」

「但し書きの適用判断は生徒会長の裁量ですけど、当然その根拠は明示必要だわ」

「それは……」


 生徒会掲示は当然全校生徒に見られるわけで。

 それだと色々と、あれやこれやと、死ぬほど恥ずかしい。

 でも、問題は恥ずかしさだけじゃない。


 僕の脳裏に小金井と大河内の顔が浮かぶ。

 彼女達は文芸部が分裂してこの半年間、打倒ラノベ部をモットーに純文学主眼に活動してきた。

 部室にはラノベわら人形とかラノベサンドバックが転がっている。

 敵対心モロ出し、失礼、敵対心むき出しだ。

 そんな彼女たちに部長の僕がラノベ書いてます、とは言えなかったし、怖くて言えない。


「えっと、公開しないでは済まないでしょうか?」

「それは無理だわ」

 青木女史は切れ長の目で僕を見ながら断言する。

「うううっ!」


 僕が恥をかくのは構わない。

 でも彼女たちが怒って、また部が分裂したら何の意味もない。


「どうするの羽月くん、公開するの、しないの?」

「そ、それは……」


 僕の脳裏に何故か立花さんの優しい笑顔が浮かんでくる。

 いやいや、彼女にはもうフラれてるんだ。

 お姉さんも妹もの、挙げ句にBLボーイズラブ少女コミック。

 物好きでスケベで変態でバカでクズでゴミな先輩だと思われている。

 この上僕が『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』の作者で、その名も『覇月ぺろぺろりん』だと分かっても、もはや失うものは何もない。


「さあ、どうするの!」

 でも、どうして僕の胸はこんなに苦しい。


「そこを何とか!」


 僕は清々しいほど思い切りよく生徒会長の前で土下座した。

「この通りです。お願いします!」

「あのね、羽月くん、土下座したってダメなものはダメ」

 とっても冷静な青木女史の声。ドS属性なのだろうか。


「ともかく立って頂戴」

「ううっ、どうしてもダメ、なんですか、ぐすっ」

「泣きマネしてないで、いいから立ちなさい」

 演技も通じない。


 仕方なくゆっくり立ち上がると、青木女史は文芸部の名簿を机に開いた。

「じゃあ、こうしましょう」

 言うが早いか、彼女はペンを走らせる。

「これでいいのでしょう」

 彼女が見せた名簿の五番目の欄には『青木奈々世』の文字。


「えっ!」


「こうすればいいのでしょう。あなたの先輩達は幽霊部員を置かないってわたしに誓ったけど、わたしが書くのは問題ないはずよ」

「青木先輩!」

「わたしの入部、許してくれるわね」

 彼女は僕を見ながら微笑んだ。


「も、勿論です。あ、ありがとうございます!」

 僕は思いっきり頭を下げる。


「あ~あ、疲れるわ。今日生徒会室で土下座をしたのはあなたで三人目よ」

「えっ?」

「部長思いの部員さんばかりで羨ましいわ」

「そう、ですか……」

「まあ、文芸部の分裂に関してはわたしも貴方に迷惑を掛けたから特別よ。でも来年までには何とかしなさいね」

「ありがとうございます」


「それから、この本は面白そうだから借りるわね」

「あ、そのことは是非内密に、何卒内密に、本は進呈しますから許してください!」

 僕は大慌てで再度土下座を敢行する。

「分かってるわよ、覇月ぺろぺろりん先生!」

「もう勘弁してくださいよ」


 青木女史は笑いながら。

「さあ、あなたの可愛い部員さん達が待ってるわよ」

「はいっ」


 僕は彼女に何度も繰り返しお礼を言って生徒会室を後にした。


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