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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第九章 夏の海には危険がちっぱい
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第9章 9話目

 幹線道路を折れていつもの道を歩く。


 時間は八時を過ぎている。

 立花書店に来ると最初に目にするお勧め本のコーナー。

 今日は色とりどりの文字で書かれた派手なPOPが目を惹く。


 『お待たせ! 魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして 第二巻 絶対面白い!』


 ううう。

 僕の本を平積みで宣伝してくれるなんて。

 書いてる本人は不安いっぱいだから、「絶対面白い!」って言って貰えると、どうしようもなく嬉しくって胸が詰まってしまう。

 うううっ、泣いてもいいかな。


「先輩、いらっしゃいませ!」


 店の奥から明るい声が聞こえてくる。ダメだ、泣いてる場合じゃないらしい。


「立花さん、今日はお疲れさん。お店はまだ閉めないの?」


 ピンクのリボンがアクセントのセーラーワンピース。

 前回と同じアイドル服を着た立花さんはキラキラと輝いて見える。


「今からシャッター下ろしますね。先輩が今日最後のお客さまです。お勧め本のコーナー、仕舞しまわずにおいといたんですよ。わたしも店番終わったら読むつもりです。先輩もいかがですか」

「うん、一冊いただくよ」


 そう言うと僕は『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』略して『まおエロ』を手に取った。


「先輩?」


 レジから出て来た立花さんは僕の目の前で不思議な顔をする。


「先輩、もしかして、涙?」

「ううん、ちょっと目にゴキブリが入ったみたいで……」

「きゃあっ~! 大変、殺虫剤、殺虫剤!」


 大慌てで店の奥から殺虫剤を持ち出す彼女。


「いや、目に殺虫剤は噴霧しないで! ってか冗談だし!」

「やめてくださいよ、先輩。お店屋さんやってると『ゴキブリ』には過剰反応しちゃうんですから。この店でわたしに見つかって生き延びた『G』はいないんですよ!」


 そう言う立花さんは左手に殺虫剤、右手に割り箸を持っていた。


「なに、その割り箸?」

「これで『G』を捕まえるんです。商品近くにいた場合、殺虫剤が掛かっちゃいけないですから!」


 割り箸でゴキブリ捕まえるとか、どこで修行したんだ。

 立花さんは手を後ろに回すと、心配そうな顔をする。


「先輩、やっぱり泣いてませんか?」

「いや、これはホラ、待ちに待った第二巻が出て感動してるって言うか……」

「そうですよね、一巻は面白かったですからね。エロ本が見れなくて、エロ痩せ衰え、今にもエロ飢え死にしそうな青年がつい出来心で万引きしてしまって。それを魔王が捕まえたところで一巻は終わったんですよね」

「ああ、そうだったね。何とも作者のバカさ加減が滲み出てるよね」


「いいえ先輩。この作者さんはきっとエロ本が大好きなんです。文章の端々からエロ本への深い愛が伝わってきますよね。心からエロ本を愛しているんですよ。だから魔王は万引きした男を許してやるんだと思います。魔王はいつも言ってますよね、エロ本が好きな人に悪い人はいない、って」


 語り出す立花さん。


「きっと万引きした男は魔王の深い『エロ本愛』に感動して仲間になるんですよ」


 読まれてる。完全に先読みされてる。

 しかも当たってる。

 こんなに簡単にストーリーを読まれると、凄くショックだ。


「ねえ、立花さんは『まおエロ』のどこが好きなの?」

「う~ん、そうですね、エロ本屋の店長になった魔王って自分のお店や商品に凄く誇りを持っているじゃないですか。清く正しい青年の育成にはエロ本が必要だって信念と誇りを持ってるじゃないですか。そこが何というか、凄くかっこいいんです」


 作者は半分以上ギャグのつもりで書いているのだが……


「そんなにカッコイイかな?」

「はい、わたしも同じ仕事をしていて、もっと魔王を見習いたいって思うんです」


 水色のラインが可愛いセーラー帽を被った立花さんはにっこり微笑む。


「まさか、立花さんも『エロ本マイスター』を目指してるの?」


 『エロ本マイスター』とはエロ本が大好きな魔王が自称する称号だ。


「いいえ、そんなのじゃなくって。何と言ったらいいですか……」


 彼女はセーラーワンピースのリボンを整えながら暫く考えて。


「わたしは、私のお店でエロ本を買ってくれるお客さんに笑顔で本をお買い上げいただきたいんです。わたしも、もっともっと笑顔でお売りしたいんです。エロ本がレジに置かれるときの、あの『イヤらしい物を買ってます』って言う気まずい空気が嫌いなんです。もっと明るく元気で健康的にエロ本をお売りしたいんです!」


 熱く語る立花さん。


「だから、先輩はわたしの理想なんです。理想のお客さんなんです」


 えっ!

 いつも僕は明るく元気で健康的にエロ本を買っているのか?

 それって、単にバカなだけじゃ……


「あっ、ごめんなさい。なんかひとりで喋ってしまいましたね。いますぐ準備しますね」


 そう言うと彼女はお勧め本の棚を店内に引き入れシャッターを下ろす。

 そして、レジの前に戻ると天井から大きなスクリーンを釣り下げた。


「じゃあ、始めますねっ!」


 って、何を始めるんだ?

 電気を消しリモコンでプロジェクターを操作する彼女。

 やがてスクリーンに映像が映し出される。


「は~い、皆さ~ん、元気~! NZK49ersフォーティナイナーズで~す!」

 

 スクリーンの中でみかんの着ぐるみが叫ぶ。

 NZK49ersのライブビデオのようだ。

 セーラーワンピース姿の立花さんは僕の横に立つ。


「先輩、はいどうぞ」


 差し出されたのは青色に光るサイリウム。


「こちらの本はわたしが預かっておきますね」


 サイリウムと交換に『まおエロ』第二巻を渡すと彼女はそれをレジに置いた。

 そして自身は赤いサイリウムを手にする。


「じゃあ、オープニングナンバーは、『ようこそ名崎アイランドへ』!」


 スクリーンに映る49ersが元気な声を上げると、砂浜に寄せる波の音に続いてアップテンポのリズムが刻まれ始める。

 思わず体が動き出すようなリズムだ。

 立花さんも横でリズムを取り始める。


「動きがかっこいいな……」


 思わず声が出た。彼女がリズムを取って体を動かす様は凄く絵になる。


「ありがとうございます。これ、基本のステップがあるんですよ」


 そう言うと彼女は僕にステップの説明をしてくれた。


「簡単なんです。基本形は左足からなんです。タンタンタン タタン。そうです、先輩凄く飲み込み早いですっ」


 踊りも上手いが、お世辞も上手い。

 僕がそんなに上手く踊れているわけがないのに、彼女はニコニコとして一緒にステップを踏む。すらりとした肢体がリズミカルに舞って。思わず見つめていると、くりっとした瞳に見つめ返されドギマギしてしまう。


「二小節ごとにハイタッチしましょう!」


 僕と同じ動きをしながら彼女はそんなことを言う。


 タンタンタン タタン

 タンタンタン タタン

 ぱんっ!


 僕の右手に彼女の左手が合わさると思わず笑みがこぼれる。

 楽しいな。

 うきうきと元気が出てきて、彼女がとても愛おしくって。


 タンタンタン タタン

 タンタンタン タタン

 ぱんっ!


「これ、面白いね立花さん」

「はいっ、先輩。わたしも楽しいです」


 アップテンポの曲が三曲続いて。


「次はゆったりした歌なんです」


 立花さんはそう言うと僕の両の手を取る。

 やがて綺麗な旋律が静かに流れだす。知っている曲だ。

 エミリー。ジャズでもよく演奏されるスタンダードなワルツ曲。


「49ersってこんな曲も歌うんだ」

「はい。この曲、みかりんがキーボードを弾いてますよね。彼女の好きな曲らしいです」


 立花さんは繋いだ両手を眼の高さに挙げてニコリと微笑む。


「一曲お願いします、先輩」


 いつの間にか帽子を取っていた彼女が愛くるしい笑顔で微笑む。

 ワルツを踊るなんてやったことないけど。


「ごめんね。僕、ダンスなんか全く出来なくて」

「そんなことありません。それにステップなんてどうでもいいじゃないですか。こうやって一緒にいられるだけでわたしはとても幸せです」

「ありがとう」


 夢のような時間はあっと言う間に過ぎて。

 50分のライブ映像が終わりを告げる。


「先輩ありがとうございました」

「こっちこそとても楽しかったよ」


 嬉しそうに僕を見上げる立花さんが、ふっと不安げな表情を浮かべる。


「でも先輩、わたしってヘンな女ですよね……」

「えっ?」


 僕は驚いて彼女の顔を見る。

 学校での彼女は超が付くほど常識的で真面目な女の子って印象だけど。

 確かにこの本屋での出来事は普通じゃない。


「そんなことはないよ、だってここの出来事は秘密なんだろ?」

「はい、そうです。先輩とわたしだけの秘密です。ふたりだけの」


 そう言う彼女は「はうっ」と息を吐いて。


「よかったです。先輩は優しいんですね」

「そんなことはないと思うけど」


 彼女はゆっくり首を横に振る。


「先輩は優しいです」


 そうして彼女はレジに戻り僕の本を手に取った。


「あっ、じゃあそれ頂戴。『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』二巻を」

「はいっ、『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』一点お買い上げで六百九十円になります」


 彼女は僕の本の表紙を見ながら首を傾げる。


「ところでこの表紙の『魔王の娘』はどうしてエロ本を差し出しながら笑ってるんでしょうか?」


 二巻の表紙は本棚をバックにゴスロリ風の魔王の娘が満面の笑顔でお客さんにエロ本を差し出しているイラストだ。二巻では魔王の娘がお客さんに合った本をお勧めする『エロ本ソムリエ』になるって話があって、それをイメージしたイラストなんだけど。


「きっとお客さんにお勧めのエロ本を紹介しているんじゃないかな?」

「そうなんですか……」


 そう言いながら彼女は僕に商品とお釣りを手渡してくれる。


「なるほど。本屋の店員も商品知識を身につけ、積極的にお客さんにご提案しないとダメってことですね」


 ひとり納得する立花さん。


「いや、そういう訳じゃないと思うけど」


 誰もエロ本の紹介なんかして欲しくないからね、立花さん。


「先輩、わたしももっと勉強しなきゃですね」

「まあ、商品勉強は必要、かな?」

「はいっ!」


 彼女は花咲くように微笑んで頭を下げる。


「先輩、今日もありがとうございました。またのお越しをお待ちしていますっ!」



 第九章 完


 これにて第九章『夏の海には危険がちっぱい』完結となります。


 僕の経験では夏の海だろうと冬のスキー場だろうと『泊まりのイベント』と言うのは危険がちっぱいで、一歩間違うと人生ゲームにゴールインしちゃうことになります。ああ、「間違い」っていいな。ホントにいい言葉だな。


 さて、遂に自分が部長になった真の理由を知った羽月翔平。彼はこれからどう動くのか。物語はいよいよ佳境に入る、かも知れません。

 と言うわけで、次章はいよいよ、待ちに待った文化祭に向かって突き進む文芸部。

 新聞連載が始まり、同人誌も発行し、文化系サークルが花開く文化祭に向かって猫まっしぐらな文芸部。しかし今年の文化祭には壮絶な戦いが待っていた!


 次号『文芸部はサイを振る(仮)』も是非お楽しみに。


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