第1章 7話目
次の日。
曇って少し肌寒い、木曜日の放課後。
今日の勧誘は二手に分かれた。
一方は今まで通り校門で。
もう一方は一年生の教室を直接訪問して回った。
本当は教室に直接出向くのは反則行為。
生徒会に見つかったらタダでは済まない。
軽くても『足の裏をこちょこちょされながら牛乳を飲み干すの刑』だ。
でも今日が勧誘の実質最終日、そんなしょぼい刑に怯んでなんかいられない。
って言うか、刑と言うより生徒会の娯楽だよな、これって。
そして。
部員勧誘を済ませた僕らは部室に集まっていた。
一年の教室を回ってきたのは小金井と立花さん。
「だめだわ。もうみんな決まっちゃて手遅れって感じ。そっちはどうだった」
校門に立ったのは大河内と僕。
「残念だけど校門の方も今までと同じだったよ。手ごたえなし」
「歯ごたえもありません~」
プリンを食べながら大河内。
その一言にみんながっくりうなだれる。
そして暫しの沈黙。
「あの~、羽月さん、私の友達に帰宅部の人がいるんですけど~、幽霊部員ならOKだって……」
大河内が栗色の髪を指でくるくると弄びながら沈黙を破る。
「ありがとう、大河内。でも去年の一件もあってその手は絶対に使えない」
「そうですね~、去年の先輩達ハッキリキッパリ断言しちゃいましたからね~」
事情を知らない立花さんが遠慮気味に手を上げる。
「あの、もし宜しければ、幽霊部員がそんなにいけない理由を教えて戴けますか」
「ああ、ごめんごめん。立花さんは知らないよね」
僕はコホンと咳払いをひとつ。
「まず重要なのは、活動費の算定には部員数が加味されるってこと。だから名簿だけの部員がいると予算泥棒になる訳だ」
「なるほど」
「でも、実際はどの部にも少しくらいの幽霊部員はいる。本当に問題なのは……」
「……」
「去年の秋、文芸部がラノベ部と分裂したとき、文芸部側は最初四人しかいなかったことは既に話したよね」
「はい」
「このとき、五人目の部員として生徒会長が名乗りを上げたんだ」
「人数合わせのために?」
「そう。親切でね。でも当時の部長はそれを拒否した。
『我ら誇り高き文芸部には幽霊部員とか妖怪部員とか化け物部員はいらない』
って啖呵を切ったらしくて」
「……妖怪部員と化け物部員は余計なセリフですね」
「で、親切を踏みにじられ上に妖怪扱いされた生徒会長は激怒したってわけ」
「それは、当然ですね」
「その時の生徒会長が今の生徒会長の青木奈々世先輩。うちは秋に生徒会の交代があるからね。だから青木先輩に幽霊部員入り名簿を出すと殺されるんだ」
「そうですか……」
しかし彼女は腑に落ちない表情で。
「でも、その後、その怒ったはずの生徒会長は文芸部の人数合わせのために羽月先輩を説得されたんですよね」
「そうだけど」
「ちょっと不思議、ですよね」
「ああ、そうだね…… 言われてみると少し、不思議だね」
と、彼女は急に小金井と大河内の方を向いて。
「もしかしたら、当時その部長さんと生徒会長の間には何かあったんですか? 生徒会長は部長さんを好きだった、とか」
「ぶっ!」
それまでポテチをパリポリ食べていた小金井が僕の顔面に噴いた」
「凄いわね。さすが繭香ちゃんは女の子だわ。正解よ大正解」
「えっ、そうなの?」
驚いて声を上げる僕を小金井はジト目で見つめて。
「ここにいる超絶鈍感な翔平くんは現場にいても全然気づかなかったのにね」
「ああ、どうせ僕は鈍くて感じない草食系以下の植物系ですよ」
「いや、誰もそこまでは言ってないけど」
「でも、本当に知らなかったよ。大河内は知ってたか?」
「はい、当然です~。知らなかったのは羽月さんとポチだけです~」
「ポチって、僕は犬並なのかよ?」
「違います~、ポチは飼育室の鶏の名前です~」
鶏以下とは。さすがに落ち込む。
「じゃあ仕方がない。この辺でタネ明かしといこうか、ねえ翔平くん!」
ポテチをオレンジジュースに浸していた小金井が急に明るい声で。
「だいたい、地上最強の秘拳の使い手とか世界最強の吸血鬼とか太陽系最強の邪神とかが次々出てくる、どうしようもなくくだらないリレー小説が原因で部が分裂なんかするわけないのよ」
「なんかキャストが勝手に変わってるような……」
「ともかく、あれは単なるきっかけ。本当の原因は当時の部長と副部長、それに生徒会長の愛の三角関係よ」
「えっ、そうだったの?」
知らなかった。
でも目の前の大河内はうんうんと頷いている。
「副部長は奈々世先輩が大好きで~、でも奈々世先輩は部長が好きで~。しかし部長の態度は煮えきらなくて~」
「そ、そうだったの?」
僕は去年の秋頃のことを思い返す。
そう言われれば、と言う出来事に幾つか思い当たる。
「そうか、だから副部長は『奈々世ちゃん命』の鉢巻きをしていたんだな!」
「そこで気付よ!」
瞬間でつっこむと小金井は大きな溜息をついて。
「はあ、まったく鈍感にもほどがあるわね、翔平くんは」
「悪かったね……」
そういながら、僕はこれからのことをもう一度考える。
いずれにしても部員は四人。
幽霊部員も妖怪部員も化け物部員も使えない。
自然に導き出される答えは、廃部。
僕はあらかじめ考えていたことをみんなに話すことにした。
「ともかく、そう言うことで幽霊部員使えないし、使わない」
「……」
みんな、お菓子を食べる手を止める。
「でも部員は四人しかいない。だから明日は四人の名簿を生徒会に提出する」
「……」
「勿論僕にも考えはある。このまま黙って文芸部を廃部になんかさせない」
「……」
「でも、もしダメだったら、立花さん。立花さんはラノベ部への入部手続きをしておこうと思うんだ」
「えっ!」
立花さんが驚いた顔で僕を見る。
「もし廃部になっても部室の入れ替えは六月。今年は新設の部がないから、すぐに出て行く必要はない。小金井と大河内、そして僕はそれまでにどうするか考えよう」
「ちょっと待ってください!」
僕は努めて冷静に立花さんに向き直る。
「部活に入るんだったら最初からの方がいいよ。幸い文芸部もラノベ部も元は同じで活動内容もよく似てるんだ。立花さんにはそこで活躍して……」
ガタン!
「待ってください、イヤです。そんなのイヤです!」
立花さんはテーブルに手をついて勢いよく立ち上がった。
「たった数日かも知れませんけど、何のお役にも立ててないですけど、わたしは、わたしは先輩達と一緒がいいです。弥生先輩と佳奈先輩と、羽月先輩と一緒がいいです。わたしを捨てるなんて言わないでください!」
「立花さん……」
「それとも、やっぱりわたしは萌えないゴミですか……」
その様子を見て小金井が頭をかきながら。
「あのね繭香ちゃん、捨てられるのはあたし達の方。翔平くんは繭香ちゃんのことを考えて言ってるのよ」
「分かってます、羽月先輩がわたしを気遣って仰っていること……」
「じゃあ……」
「中学の時も先輩はみんなのことばかり気にしてくれて、自分ばかりで頑張って……」
「……」
「でも、わたしは先輩達と一緒がいいです、六月で廃部になってもいいです……」
「……」
あれっ、中学の時にも一度だけ、彼女のこんな姿を見たような覚えが……
ふと見ると立花さんの瞳には光るものが。
「わたしは……」
彼女は震える声で絶叫する。
「わたしは先輩達とB級ラブコメみたいな高校生活を送りたいんです~!」
「は?」
何か、聞き間違いしたかな?
ともかく僕は、少し潤んだ彼女の瞳を真っ直ぐに見て。
「立花さん、わかったよ。僕が悪かった。最後まで一緒にいて貰うよ」
「せ、先輩!」
「でも安心して。僕はこの部を廃部にしない。頑張るから。絶対に大丈夫だから」