第9章 3話目
「しかし、平和っすね~」
「そうだね~」
太陽はもうかなり傾いているけれど、強い日差しに体が焼ける。
先ほどから小金井と立花さんはビーチボールで激しい打ち合いを演じている。
あまりの美技の連続にギャラリーは増える一方だ。
紺色のスク水を着た深山さんは浜辺を見ながら受けだの攻めだの勝手にカップリングをしている。
「あの杖をついた色白のご老人は絶対受けね」
脳内が口から漏れるのはいいが、胸元の名札は外した方がいいと思う。
そして大河内は海に潜っている。
伊勢エビとかアワビとかサザエを捕まえるのだそうだ。
海水浴場には絶対いないと思うのだが。
「先輩、ヒマっすね」
「そうだね。釣りでもしようか?」
「それいいっすね。投げ釣りっすか?」
「いや、浜釣りだ」
「なんすか、その浜釣りって?」
「ビーチの女の子を釣るんだ。去年夢野先輩に教えて貰った」
そう言うと僕はビーチバックから釣り竿を取り出す。
「部長いいんすか? 女子部員に殺されても知らないっすよ」
「大丈夫だよ。それに例え危険であっても、美しい伝統は後輩に伝えるのが先輩の務めだ」
僕は釣り糸の先にバナナを括りつけながら手順を月野君に説明していく。
「こうするとバナナ欲しさに女の子が釣れるって寸法さ」
「釣れるのは女の子じゃなくてサルじゃないっすか?」
「うん、そうかも知れない」
笑いながらビーチの中程へバナナを投げる。
「こうやってゆっくりリールを巻いていくとバナナがピクピク動いてリアルなんだ」
「何に似てどういう風にリアルなのか考えるのも怖いっす。しかし、これってよい子はマネしちゃいけないっすね。釣り糸が歩く人に引っかかる恐れがあるし」
「ああ、そうだね。誰に向かって注意喚起しているのか分からないけど、丁寧な説明ありがとう。でも心配しなくてもマネするバカはいないと思うよ」
そんなことを話しながら、僕はゆっくりリールを巻いていく。
「さあ、そろそろ美女が掛かる頃だ…… 手応えありっ!」
僕は慌てずリールを少しだけ速めに巻き戻す。
「慌てて一気にリールを巻くと、掛かった女の子が転んじゃったりするからね」
「なるほど、分かったっす」
クルクル、クル。
適度な早さで糸を巻き戻す。やがてバナナに引っかかった人影が見えてきた。
「部長、かなり小さい人っすよ。子供が釣れたんじゃないっすか?」
そう言えば桜子が言ってたっけ。バナナなんかで釣れるのは子供だけだって。
「ああ、どうやらロリが釣れちゃったみたいだね。ちなみに中学生以下が釣れた場合、すぐに放流するのが釣り人のマナーなんだ」
「なるほど、覚えておくっす」
「ねえ翔平くん。楽しそうなことしてるわね。何してるの?」
ぎくぎくぎくっ!
冷や汗が溢れ出す。
「あれっ小金井。ビーチボールバレーはもう終わったの」
「うん、何だかふたりが面白そうなことをしてるなって思ってね」
小金井は満面の笑みで僕を見ている。怖い。笑顔が怖い。
「先輩っ?」
一方立花さんは不思議そうな顔をして僕らを見ている。何をしているのか、本当に分かっていないようだ。
「いや、これはその、文芸部の伝統を後世に伝えようと……」
「そんなことしなくても月野くんは『月の王子さま』って言われるほどモテるのよ」
「いや、やっぱり伝統は受け継がないと。それにさ、ほら月野君はモテるけど僕はモテないしさ……」
しまった。まずいこと言ったかも知れない。本当のことだけど……
「ごめんなさい、翔平くん」
えっ?
その小金井の言葉に、身構えていた僕は肩すかしを食らう。
「翔平くんを放って、またビーチボールバレーで熱くなっていたわたしが悪かったわ。ごめんなさい。だから……」
少し俯いて目を伏せる小金井、いじらしくって反則的に可愛い。
「一緒に、遊びましょうよ……」
さすが松高のマドンナ。彼女にこんな事言われたら、どんな男もイチコロだ。
でも、コクった男はみんな三秒で爽やかにフラれるらしいんだけど。
「あの、羽月部長、お取り込み中ですけど、釣れた魚が見えてきたっす……」
「あっ!」
月野君の声に糸の先を見た僕は絶句する。
僕の様子を見て小金井と立花さんも糸の先を見る。
「あれ、夢野じゃないのっ!」
糸の先に、いやしくもバナナにかぶりついたまま引き寄せられてきたのは、ラノベ部の夢野部長。
「小学生だとばかり思ったっす」
「何してるの翔平くん、早く餌を引き上げなさいよ! 夢野を釣ってどうするのよ!」
「そっ、そうだな!」
僕は思いっきりリールを巻き上げる。しかし時すでに遅し。
バナナにくっついて夢野先輩が釣れてしまった。
「なんですか貴方たち、文芸部の人々じゃないですか! わたしのバナナを返すザマス!」
相も変わらずキザなしゃべり方をするヤツだ。ぶるぶる寒気が走る。
「バナナくらい何本でもどうぞ!」
釣り糸からバナナを外して彼に投げると、片手でキャッチする夢野先輩。
「で、貴方たちは何をやっているんですか? まさか一丁前に夏期合宿とか?」
バナナを喰いながら僕らを見回す夢野先輩。
戸惑いを隠せない元イケメンシスターズの月野君が頭を下げる。
「せ、先輩、お久しぶりっす!」
「これは裏切り者の月野じゃないか」
「ねえ翔平くん。あのバナナ喰ってるウザイやつ、早く何とかしてよ」
「ああ、それは分かるけど……」
困ったな。一応相手は最上級生だし、下手な事言ったら話がこじれるし。
何気なく僕は周りを見回す。
「あれっ、城島!」
夢野先輩の後ろで同級生の城島が苦笑いをしながら立っていた。
城島は僕の横に歩み寄って来ると、小声で話しかけてきた。
城島涼太。ちょっとぽっちゃり体型なのに性格は軽めの陽気なやつだ。
「よっ、羽月。ことしも浜釣りやってるのか?」
「ああ、文芸部の伝統だから、ちゃんと後輩に伝えないとね」
「でも全然使えない伝統じゃん。去年だって釣れたのはゴミ拾いのボランティアさんだけだっただろ」
「ああ、そうだったな。紛らわしいことするなってさんざん怒られたもんな。だからこそ僕らの代が最後の犠牲者と言うのは腹が立つじゃないか!」
「そう言うことか!」
城島は軽く笑う。
「ところで城島はどうしてここへ。もしかしてラノベ部も合宿か?」
「そうだよ、ラノベ部の夏合宿。この先にある横の岬観光ホテルに泊まってるんだ。あとで遊びに来いよ」
「ああ、ありがと。でも、先ずはそこの夢野先輩を持ち帰ってくれない?」
「分かってるよ。言いたいことは分かってるけどさあ……」
城島は僕に何やら目配せをする。
見ると夢野先輩の横に星野が立っていた。
いや星野だけではない、その後ろにゾロゾロとラノベ部の面々が。
部員達が自分の周りにいることを確認した夢野先輩は、腰に手を当て、上から目線で言い放つ。
「じゃあ勝負と行こうか、文芸部の諸君!」




