第9章 1話目
第九章 夏の海には危険がちっぱい
梅雨も終わり、部室の窓から眩しい光が差し込んでくる。
もうすぐ夏休み。
心うきうき、体そわそわ、待っていました夏休み。
「じゃあ候補地としては海なら海水浴場近くの民宿、山なら温泉近くのペンション。どっちにするか多数決で決めよう」
文芸部恒例、夏の文芸力強化合宿。
僕らは毎年夏休みに一泊の合宿を行っていた。
当然今年も実施する。
「その前に、文芸力強化って具体的に何するんっすか? そもそも海や山で合宿して鍛えるようなものってあるっすか? 今ひとつピンと来ないっす」
「一年生は知らないんだな、松高文芸部の地獄の強化メニューを…… じゃあ、教えてやろう、これが去年の泣く子も黙る鬼の特訓メニューだ!」
■夏休み 文芸力強化合宿(去年のメニュー)
一日目
到着後 バーベル(万年筆)上げ 二百回
布団を掛けたまま腹筋 百回
ランニング 二時間(鬼ごっことも言う)
紅白戦(チラリもあるよ)
晩ご飯 お代わり三回
危険なお風呂で生き残り合戦
まくらの遠投 二百回
二日目
朝 未明 新聞配達の人にきちんとご挨拶
新聞精読と一日の予定を決定
朝ご飯 お代わり二回
紅白戦(ポロリもあるよ)
僕は白板に去年のメニューを書くと胸を張る。
「どうだ、これが地獄の特訓メニューだ。この特訓で文芸力を養うんだ!」
「部長、質問いいっすか? どうして布団を掛けて腹筋なんすか?」
「月野君、いい質問だ。これは、朝、なかなか起きられない体を改造する特訓なのだ!」
「……意味ない気がするっす」
「じゃあ、どうして鬼ごっこなんですかっ」
深山さんまで僕らのメニューに疑問の目を向ける。
「いや、かくれんぼの方がよかったら、変えるけど。トランプでもいいよ」
「聞いたあかねがバカでした」
「じゃあ、朝っぱらから新聞精読するのは? やっぱり読解力の向上なんっすか?」
「バカ言うなよ。朝一番にテレビ欄を確認して、チャンネル権を獲得するのだ!」
「じゃあ俺、寝てるっす」
僕は一年生三人を見て。
「もう納得したかな?」
と、立花さんが僕を見ながら小さく手を上げる。
「あの、怖くて聞きにくいですけど。その、紅白戦って何ですかっ?」
「あ、これね。これは勿論、白い砂浜、赤い熱気。夏のビーチで水着姿の男女が繰り広げる熱い熱い一夏のアバンチュールを賭けた戦いだっ!」
「ねえ翔平くん、もっと素直に言ったら。去年は夢野先輩の命令でナンパしてましたって」
「お前ら女子部員が夢野先輩に冷たくするから、僕と城島がとばっちりを受けたんだろ!」
去年の夏はまだ文芸部は分裂していなかった。
城島は当時の文芸部で仲が良かった同級生。今はラノベ部だけど。
「だって夢野ってウザかったんだもん」
「そうです~ 目隠ししてスイカを割るふりをして、触りまくろうってしてましたし~」
「魂胆みえみえなのよね、夢野は。でも翔平くん、今年ナンパなんてしたら許さないわよ」
去年は女子部員に相手にされなかった夢野先輩の命令で、しぶしぶだったのだ。
痛い想い出だ。
「でも、小金井だってよその男にナンパされてたじゃないか」
「わたしは華麗にスルーしたわよ。それに守ってくれない翔平くんが悪いわ!」
「そうです~ 夢野さんの口車に乗って、佳奈に乗らなかった羽月さんが悪いです~」
意味不明な発言はあるが、ともかく形勢は不利っぽい。
ここは一旦話を戻そう。
「で、去年は海に行ったんだけど。今年はどっちがいいかな」
「わたしは海」
「佳奈も海です~」
「わたしも海がいいです」
小金井、大河内、立花さんは海に手を上げる。
「ちなみに山の方のペンションは最近出来たオシャレなところらしいよ。NZK49ersのガイドブックに出てたんだ。みかりんのご推薦だよ」
「だけど、もう水着買っちゃったし」
「今年も海だと思って、佳奈も買っちゃいました~ お楽しみのビキニです~」
「実は、わたしも……」
「じゃあ、俺も海がいいっす」
この時点で多数は決してしまった。僕は山に行きたかったのに。
なんか海はイヤな予感がするんだよな……
「じゃあ、多数は決まっちゃったけど。深山さんもいいかな?」
「はい、問題ないですっ! スク水無敵ですっ!」
こうして文芸部は、海へ強化合宿に行くことになった。
* * *
「あ~あ、もう夏休みだね」
残念そうに桜子が呟く。
「桜子は夏休みが嫌いなのか? 宿題があるからか?」
僕は合宿の準備をしながら尋ねる。
「違うよ。会えないからだよ。一ヶ月以上会えないんだよ」
「そうか、小倉くんか。結局、一学期は進展はなかったんだね」
「そうだよ。どうしよう、夏の間に何かあったら! 小倉くんモテるから心配!」
桜子は小倉くんの妹、七穂ちゃんとは仲良くなっているようで、週に一、二回は世間話をしているらしい。
「きっと大丈夫だよ」
「だって小倉くん、剣道部の合宿とか夏にもイベント多いんだよ。危険じゃない?」
「危険って何だよ」
「誘惑されたりとか、お金で買われたりとか、秘密を握られて悪い女のいいなりになったりとか、借金の形に売り飛ばされちゃったりとか、悪の組織によって怪人に改造されちゃったりとか!」
「うん、最初の心配以外は無用だね」
「最初の心配が問題なんだよ」
そう言いながら桜子は僕の荷物を見つめる。
「ところでさ、お兄ちゃん。どうして文芸部の合宿にそんなにたくさんポテチを持っていくの?」
「ああ、これはノルマ。みんな六袋ずつ持参するんだ。朝昼晩一袋ずつ一日三回二日分」
「風邪薬みたいだね。じゃあ、そのカフェイン入りドリンク『眠れナイトD』6本セットは?」
「夜、6本まとめて一気飲みするんだ。寝てしまわないように」
「そしたら、その目覚まし時計は?」
「朝、新聞配達とともに目を覚ますために使う」
「そんな生活してたら、死ぬよ」
桜子は呆れ果てたと言わんばかり嘆息する。
「じゃあ、その釣り竿は?」
「勿論、釣りをするんだよ」
「仕掛けを忘れてるよ」
「あっ、仕掛けは要らないんだ。餌はバナナだから」
「海でサルが釣れるの?」
「勿論ビキニのお姉さんが入れ食い状態で……」
「釣れるわけないじゃない! バナナで釣れるとしてもお子ちゃまだよ!」
「ロリはいけない、ロリは」
「もう、お兄ちゃんは何言ってるの……」
桜子はまた大きく嘆息して。
「でも、そう言うお兄ちゃんの馬鹿げたところ、少し小倉くんも似てるんだよね。桜子また不安になって来ちゃった……」




