第8章 9話目
トントン
「合い言葉は?」
「みかりん可愛い!」
「……違うけど、入っていいわ」
月曜日の放課後。
僕は生徒会室へ行った。
「どうしたの羽月くん。何か良からぬ企てでも?」
「違いますよ。今日はご報告があって」
生徒会室へ入るとドアを閉める。
今日も生徒会室には青木女史ただひとり。
副会長とか書記とか会計とかお茶汲みとか犬とか、他の役員はいないのか?
「ご存じの通り文芸部は名崎新聞に連載小説を書くことになったんですけど」
「知ってるわ」
「その主役を『かぶり物を被ったロコドル』にしようと思うんです」
「えっ?」
「そのロコドルがイベントや取材で遭遇する奇妙な事件を解決するという話です」
「……」
「一応、生徒会長にも報告しておこうと思いまして」
「……」
「期待していてください。ハッピーエンドにしますから!」
「……」
「ちなみに主役の名前はプランちゃん。ミジンコのかぶり物をしています」
「……」
「じゃあ、失礼します」
「ちょっと、羽月くん!」
「はい?」
一瞬椅子から腰を浮かせた青木女史が、またゆっくり椅子に座る。
「あなた、と言うか文芸部のみんな、土曜日に科学館に来てたわよね」
「はい」
「NZK49ersのステージ見てくれたわよね」
「はい、すっごく面白かったです!」
「ありがとう。嬉しいわ」
「志賀先輩にも会いました。凄く楽しそうでした」
「……ねえ、やっぱり、わかっちゃった? わたしだって」
「はい、しょっちゅう怒られて声覚えてましたし、話の内容も」
「馬鹿げてるでしょ、あんなかぶり物をしてロコドルを名乗ってるなんて」
「全然。と言うか、いいじゃないですか。ファンもいっぱいじゃないですか!」
「ありがたいことだわ」
「青木先輩にとっては、微妙な気持ちかも、ですけど」
「ねえ、聞いてくれる?」
「はい、勿論」
青木先輩は椅子を少し後ろに下げると、ゆっくり語り始めた。
「本当はね。このお話、途中で断ったのよ。最初はロコドルになったわたしを直輝さん、いえ、志賀先輩が応援してくれる、そんなことを夢想したの。バカでしょう! でも、わたし気が付いていなかったのよ、アイドルなんだから男性の影はNGだって。ロコドルの話を知った彼は、僕は待ってるから頑張れって言ってくれたけど。わたしって何様だと思ったわ。それにそんなの、わたしが耐えきれない。わたしはアイドル失格だったのよ。だから途中で断ったんだけど、その時にはもうメンバーの役割も決まってて。だから、かぶり物は苦肉の策。でも、かぶり物ロコドルなんて人気出るわけないと思ったら、結構ウケたみたいで」
「で、今に至るんですね。しかし素顔の先輩はひとりだけのものなんですよね」
いつも冷静な奈々世女史が少し頬を染める。
「だから、ごめんね。去年文芸部が変になったのはわたしのせいなのよ……」
「事情を知らない当時の小高副部長が志賀先輩の態度を勘違いした、そうなんですね」
「ええ。小高先輩ってお喋りでしょ。だから直輝さん、じゃなくって志賀先輩は自分が悪役になって。でも本当は、わたしが文芸部分裂の原因だったの」
「青木先輩のせいじゃありませんよ。それはそれ、これはこれです」
「羽月くん……」
「話してくれてありがとうございます。僕、すっきりしました。やっぱり志賀先輩はいい人です」
僕の言葉に、青木先輩は少し表情を緩めた。
「そう言ってくれるとわたしも嬉しいわ。ごめんなさい。羽月くんにはまだまだ苦労を掛けるけど。でも、頑張ってね」
「えっ、何ですか、まだまだ苦労って? 何かまだ問題でも?」
「あっ、今のは忘れて。そうそう、ラノベ部と共存って大変でしょう?」
「そうですね。でも困ったときには左岸先輩が助けてくれるんで大丈夫です」
「そうね。玲奈ね。玲奈がラノベ部の部長だったら良かったのにね」
「そうですね」
そう言うと僕は青木女史に頭を下げた。
「色々話してくれてありがとうございます。じゃあ、失礼します」
「最後にひとつだけ」
「はい?」
「主役のプランちゃん、ミジンコのかぶり物はやめてあげて。不気味だから」
「じゃあ、主役は『かぼりん』にします。大きなカボチャを被っているんです」
「それ、単にハロウィンだわ」
「じゃあそこは、もう少し考えます」
「そうね。じゃあ羽月くん。頑張ってね!」
* * *
生徒会室をあとにした僕は、まっすぐ文芸部へ向かった。
「部長、どこにいってたんっすか?」
「翔平くん、遅かったわね」
「ごめん、ともかくさっきの話の通り、新聞小説の主役は『かぶり物をしたロコドル』で進めよう」
小金井が小さな声で聞いて来る。
「ねえ翔平くん。奈々世先輩はOKだったの」
「勿論!」
それを聞いた小金井は大きな声で。
「さっきの話は白板にまとめておいたわよ、翔平くん。確認して」
新聞小説 内容 (Take2)
■推理小説風ラブコメ
地元のお楽しみスポットで起こる難事件を、かぶり物ロコドルが解決する。
・第1話 奪われた常連客
地元で有名なスイーツバイキングのお店。
それまで足繁く通ってくれた女子高校生達の姿がぱったりと消える。
かなりの売り上げを彼女達に頼っていた店長は大慌て。
味は落ちていないはず。値段も上げていないのに。
何故女子高生達は来てくれなくなったのか?
この難事件にスイーツ大好きな『かぶり物ロコドル』が挑む。
・ポイント
毎話、かぶり物ロコドルはいい線まで推理するが、そこで立ち往生する。
最後の決め手は彼女の熱烈なファン(イケメン)がヒントをくれる。
そして、いつしかふたりは、いちゃいちゃむふふな仲に……
■登場人物
・地元のロコドル (ユニット名は、日の出町ガールズ)
『日の出町ガールズ』は三人組。
主役はかぶり物をしたメンバー
・主役の名前(案)
プランちゃん かぶり物は ミジンコ
かぼりん かぶり物は かぼちゃ
ぽてちん かぶり物は じゃがいも
さすが小金井、準備がいい。
僕は一通り目を通すとみんなを見る。
「あのさ、主役の名前だけど、プランちゃん、かぼりんは避けたいんだ。とある事情で」
「と言うことは~ 主役は『ぽてちん』で決定ですか~」
「そうなるのかな?」
「ちょっと待って。主役の名前はもう少し考えましょ!」
小金井はそう言ってから、僕の耳元で小さな声で。
「へんな名前にしたら殺されるから。あたしにも確認させて」
僕は小さく首肯した。
「じゃあ、この内容で宮脇さんに話をしてみる。さっきメールしたら今日会ってくれるらしいんだ。結果はまた明日」
「あかね、今度は大丈夫な気がするです」
「そうっすね、俺もこれなら凄く面白いって思うっす」
「でも~ 推理小説なのに~、やっぱり誰も死なないんですか~ 残念です~」
「なあ大河内、推理小説だから殺人事件が起きるってわけじゃないだろ。それにこれは『推理小説風のラブコメ』だし」
「トマトケチャップの出番がないのが残念なんです~」
どんな話を考えていたんだ、大河内。
「じゃあ、そろそろ宮脇さんに会いに行くね」
僕は白板の内容を書き写し、鞄を持って立ち上がる。
「そうだ、立花さん」
ふと思い出し、彼女の近くで立ち止まる。
「実は欲しい本があるんだ。遅くなるけど行ってもいいかな」
「はい、勿論です。遅い方が助かります。八時過ぎでどうでしょう」
「うん、わかった。じゃあね」
軽く手を上げると、僕は待ち合わせ場所に向かった。




