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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第八章 ロコドルの純情
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第8章 8話目

 夕暮れ時。

 僕は小金井と公園のベンチに座っていた。


 あのあと、NZK49ersフォーティナイナーズのステージが終わると、僕らは志賀先輩に声を掛けた。


「あれっ、羽月くん、小金井さん、それに大河内さんも来てたんだ。こりゃ恥ずかしいところを見られたな」


 オレンジ色のはっぴを着た志賀先輩はいつものように鷹揚おうように笑う。

 僕たちが小説の取材で来たことを話すと、志賀先輩は僕らをねぎらってくれたあと、三人の一年生にも二言三言、元気付けをしてくれた。


「ごめん、今日はこのあとちょっと野暮用があるんで。またな」


 先輩と別れて僕らは解散したが、僕は小金井を公園に誘った。


「で、話って何?」

「ステージの時も聞いたけど、みかりんはどうして着ぐるみを着てるんだ?」

「だから、ルックスの問題じゃないの。あるいは中身は精霊さんだから?」

「お茶目な精霊さんだな」


「迷い込んだ宇宙人とか!」

「日本語上手すぎだよな、あと、地球の事情詳しすぎ」


「定年迎えたおじさん!」

「テンション高すぎ」


「あと、えっと……」

「みかりんって、青木先輩じゃないのか?」

「…………」

「朝、科学館の売店にいたよな、49ers。青木先輩と一緒にサングラスを掛けて」

「……」

「不思議だなって思ったけど。でも、ステージを見て確信したよ。あのお喋りは青木先輩だって」

「そ、そうかしら。どう言うところが……」

「今週僕に使ったギャグと全く同じギャグを使ったし、いつもとテンション違うけど声も同じだったしな」

「えっと、偶々たまたまとか、他人のそら似、とか?」

「それにさ、志賀先輩がみかりんを応援してただろ。志賀先輩ってジャズとかラテン音楽が好きなんだ。それがいきなりロコドルの追っかけだなんて」


「ねえ、翔平くん、絶対ここだけの話だよ」

「勿論」

「翔平くんの推察通りよ。中の人は奈々世先輩よ」

「やっぱり」

「……」

「じゃあさ、どうして着ぐるみ? 青木先輩って綺麗だよな。あのメンバーに入っても充分目立つくらい綺麗だよな。歳だってサバ読む必要ないよな。じゃあ、どうして?」

「……」

「メイシルフィードのメイドさんもアイドルに憧れてたけど、青木先輩もそう言うの嫌いなタイプゃないと思うんだ。目立つの好きだろ。それなのに何故?」


「ねえ、どうしてそんなこと知りたいの。興味本位から?」

「かも知れない。でも以前、大河内が言っただろ。部が分裂する原因。志賀先輩の青木先輩への態度が煮えきれなかったって。でもさ、僕には志賀先輩がそんな態度を取ってみんなを困らせたなんて思えないんだ。だから、何か関係あるんじゃないかって」


 小金井は暫くじっと前を見ていた。


「翔平くん。そこはあたしの口から言っちゃいけないって思うの。もし知ってても」

「……」

「でも、部が分裂したのは、きっと誰もせいでもないと思うわ」

「そうか。そうだよね、分かったよ。ありがとう、小金井」


          * * *


 家に帰った僕はソファに座って漠然と考え事をしていた。

 二階から桜子が降りてくる足音がする。


「お帰り、お兄ちゃん」

「ああ、ただいま」


「お帰りっ、お兄ちゃん!」

「ああ、ただいま」


「お帰りなさいませっ、お兄さまっ!」

「ああ、ただいま」


「さては、お土産ないんだね……」

「あっ、ごめんっ」


 そうか、何か忘れていると思ったら。


「グスン。お兄ちゃんひどいよ。いつも朝食の準備をして、夜になるとお茶やお菓子を用意してあげる優しくて可愛い妹に、お土産のひとつもないなんて」

 確かにこのところのサービスぶりは凄かったから、ちょっと悪い気がする。


「今度買ってくるからさ。ね、機嫌直そうよ」

「ふんっ。わたしが買ってきた菊月堂のショートケーキ、ひとりで食べちゃおうかな!」

「そうか。仕方ないな」

「えっ、どうしてあっさり引き下がるの? 菊月堂のいちごショートだよ! 朝十時には完売する人気のいちごショートだよ! クリームがひと味違うよ!」

「いや、今日はケーキバイキングで死ぬほど食べたから……」

「お兄ちゃん、桜子は今、本当に怒りました……」


 その夜。

 入浴も終わり居間に行くと桜子がテレビを見ていた。


「なあ桜子、ちょっと質問してもいいか?」

「ふんっ、現在冷戦中だよ!」

「機嫌直してくれよ、反省してるからさ」


 僕は台所に立つと、お湯を沸かし始める。


「小倉くんってみかりんが好きなんだよな」

「冷戦中」


「今日、49ersのステージ見てきたよ。確かにみかりんって面白いな」

「……冷戦中」


「聞いたんだけど、観光客ターゲットのステージだから、子供ウケ良くして、お買い物情報満載にしてるんだってな」

「…………冷戦中」


「きっと小倉くんは子供に優しくて、みんなに優しくて、いつも頑張ってる、みかりんのそんなところが好きなんだろうな」

「………………冷戦中」


「みかりんファンの気持ち、少し分かったよ」

「……」


 紅茶を入れるとソファに持って行く。

 僕が座ると桜子が立ち上がった。


「ケーキ、食べよっか!」

「ありがとう」


 桜子はいちごのショートを皿に載せて持ってきた。


「ところで桜子。昔はアイドルとか好きだったよな」

「うん」

「もしも49ersがメンバー募集したとしたら応募するか?」

「もしも、だよね」


 桜子は少しだけ考えて口を開く。


「応募しないと思う」

「どうして?」

「面倒だし。それにさ、アイドルってみんなのものじゃない?」

「……」

「今は…… 小倉くんだけでいいから」

「やっぱりね」


 僕は紅茶を啜る。


「でも、もし桜子が小倉くんと既に両思いだったら?」

「同じ。アイドルにはならない」

「小倉くんが影で応援してくれても? 浮気しないで待つって言ってくれても?」

「そんなのわたしのエゴじゃない? と言うか、わたしが耐えきれない」

「なるほど、ね」

「アイドルも大変だなって思うんだ。彼が見つかったらスキャンダルになっちゃう」


 僕は予想通りの答えに首肯しながら、ケーキに手を伸ばす。


「うわっ、やっぱり凄く美味しいよ、菊月堂のケーキ」

「でしょ! クリーム自体が凄く美味しいよね」

「次は忘れずにお土産買ってくるから」

「期待しないで待ってるよ、お兄ちゃん」


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