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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第七章 ローカル小説で行こう
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第7章 7話目

 どうしよう。

 頑張ったけど『埠頭』発行費用は到底集まりそうにない。


「はうっ」


 広告取りからの帰り道。

 溜息の数を指折り数えながら歩いて行く。


「はあっ」


 六十九回目の溜息と共に我が家に辿り着いた。

 僕は着替えをして居間に入る。


「お帰り、お兄ちゃん」


 読んでいたコミックから視線を上げる桜子。


「何読んでるの?」

「んっとね、『ご主人様のお気に入り』。この前、最新刊を繭香先輩に借りたの」


 立花書店のお勧めコーナーにあった本だ。


「本屋さんから買わずに借りてるのか、桜子」

「前に言わなかったっけ? このコミックは繭香先輩のお気に入りで、それまでの分も借りて読んだんだよ。『世界一美少年』の最新刊が出たらわたしが貸す約束!」


 そう言えば、そんなことを言ってたっけ。


「で、それって、どんな話?」

「えっと、無邪気な普通の女の子が財閥のイケメン御曹司に一発で見初められる話だよ」

「なるほど」

「で、彼のそばにいるために必死で社交マナーを身につけたり、勉強を頑張ったり、美味しいご飯を作ったり……」

「要はシンデレラストーリーだな」

「って言うか、成り上がり物語、かな?」

「シンデレラって呼んでやれよ」

「それはそうと……」


 桜子は急にソファに座り直す。


「あのね、お兄ちゃんに報告するね」

「……?」

「小倉くんには妹さんがいることが判明したの。それも……」

「それも?」

「うちの学校の一年生で、その上、図書委員だった……」

「よかったじゃないか。小倉くんのこと、妹さんに色々聞けるかも!」

「でも、緊張するな。次の委員会、緊張する。どうしよう。嫌われないようにしないと」

「大丈夫だよ。いつも通りの桜子で」


 しかし彼女は無言でうつむくだけだった。


          * * *


 次の日の昼休み。


 教室で市山と昼食を取っていると、担当の小川先生が教室に入ってきた。

 教師になって二年目の国語の先生、バリバリの独身男子だ。


「羽月はいるか?」

「はい、ここですけど……」


 僕は先生に向かって手を上げる。


「羽月は文芸部の部長だったよな」

「はい、そうですけど」

「今日の放課後、四時半になったら校長室へ行ってくれ」

「えっ? 校長室ですか?」

「そうだ。じゃあ、ちゃんと伝えたからな」


「何の件でしょうか?」

「さあ、僕も知らないんだ。ともかく忘れないで行ってくれよ」


 そう言うと小川先生はスタスタと去っていく。


「文芸部の同人誌、人気だからな。校長先生も読みたい、とか?」


 ニタニタと市山。


「だったらいいけどな」


 しかし、僕には嫌な予感しかしなかった。

 どう考えてもあれだ。

 萌え絵入りのプラカードと巨大なくまのぬいぐるみを持って繁華街を練り歩いたのは、さすがに目立ちすぎたか。


 しかしまさか校長先生から呼び出しとは。

 生徒会長ならあんまり怖くないんだけど。

 僕は大急ぎで弁当をかき込んだ。


「ちょっと用事を思い出した。部室に行ってくる」

「どうしたんだ羽月、急に!」


 僕が怒られるだけなら構わない。

 でも、今回は校長先生の呼び出し。

 もし文芸部の廃部とか、活動中止とか、そんな内容なら……

 自分でも血の気が引いていくのが分かる。


「反論の準備をしなきゃ!」


 僕は慌てて文芸部室に駆け込んだ。


「あれっ、羽月部長どうしたんですかっ?」

「先輩?」


 部室では深山さんと立花さんが弁当箱を広げてお喋りの真っ最中。


「ちょっとね」


 急いで部誌のバックナンバーを一冊ずつ揃える。


「先輩、わたし達も手伝いましょうか?」

「じゃあ、食事中で申し訳ないけど、最新の『無鉄砲』を二部ほど製本して欲しいんだ」

「わかりました!」

「お安いご用ですっ!」


 彼女達は手際よく原稿をプリントして製本する。


「先輩ごめんなさい。やっぱり先輩の言う通り広告取るのは難しいですね」

「わたしたちも色々考えたですけどっ、いい考えが出ないですっ」

「いや、その事はもう気にしなくていいよ。一旦忘れてくれ……」


 どうしよう、みんな一生懸命考えてくれてるんだ!


「ううっ……」


 へんな溜息が出る。


「先輩? どうしたんですか? 元気出してくださいっ!」

「そうですよ……。あっ、そうだ羽月部長!」


 深山さんが上目遣いに、そのつぶらな瞳をキラキラと輝かせる。


「羽月部長は月野君のこと、どう思いますですかっ?」

「どう思うって?」

「勿論、男としてですよっ!」

「意味わかんないよっ!」

「部長の方が受けですよねっ! で、月野君が攻め。ぴったりですっ」

「何を想像してるの! 深山さん、よだれ垂らさないでよ!」

「だから羽月先輩はそんな趣味ないんですって! ねっ、先輩っ!」


 僕にウィンクしてくる立花さん。

 何の話だろう。分かるけど、分かりたくない。


「じゃあ部長、もう一回、翔子お姉さまになってくださいですっ あかねのお姉さまっ!」

「あっ、わたしも翔子お姉さまに会いたいですっ、先輩っ」


 ふたりの笑顔を見ながら。

 しかしすぐに校長室呼び出しのことを思い出す。


「……先輩?」

「……部長?」


 もしかして、僕を元気づけようとしてくれてた?


「ありがとう。でも翔子にはならないからね。ともかくありがとう!」


 僕は精一杯の笑顔を作ると、部誌を片手に教室へ戻った。


          * * *


 放課後は部室には行かず、時間まで教室で待つことにした。


「広告をたくさん取って発行費用を賄う計画を押しつけたのは僕でして……」


 頭の中で言い訳の予行演習を繰り返す。

 ともかく部の問題にしてはいけない。最悪でも僕個人の問題で留めないと。


 まさか、停学とか退学とか、そんなことはないと思うし。

 本当にないよな。きっとないよな、大丈夫だよな……

 校則には触れてないはずだし、法律も犯してないし……

 ちょっと目立っただけで、ちょっとムチャしただけで……

 まさか、訪問したお店から苦情が来たとか!


 また血の気が引いていく。胸騒ぎが止まらない。

 いけない、落ち着かないと。


「これが今までに発行した文芸誌です。僕たちの活動の記録です。校長先生も読んで貰えればきっと分かります!」


 色んな事態を想定し脳内で独り言を呟く。


「翔平くんっ!」

「羽月さんっ!」

「先輩っ!」

「「部長っ!」」


 と、突然に。

 教室に文芸部の面々が入ってきた。


「様子が変だって一年生が言うから来てみたら! 市山くんに聞いたわよ。校長室に呼び出されたんですってね!」

「あっ、ああ、ははは……」


「あの件ね。広告大作戦が問題になったのね!」

「いや、僕も理由は聞いてないし、そうと決まったわけでは……」

「このタイミングで、他にどんな理由があるというのよ!」

「……」


「翔平くん、変なこと考えてないでしょうね。分かってるわよね」

「……」

「あれは文芸部の総意よ! 連帯責任よ!」


 みんなに取り囲まれた。小金井近い、みんな近いよ!


「いや、部の行動は部長の責任だ。だから心配要らないから……」


「翔平くんの、バカッ!」


 バカ呼ばわりされた。

 あれっ、小金井、もしかして?


「『埠頭』が発行できなくたって、文芸部が活動停止になったって、そんなの全然問題ないわ。絶対誰もそんなことで怒ったりしないわ。でも、でも……」


 小金井の足元に光る滴がこぼれる。


「提案したのはわたしですっ! わたしのせいですっ!」


 立花さん……


「ここは~ もう一度翔子お姉さまに登場戴いて~ 校長先生を色仕掛けで落とすって言うのはどうでしょう~」

「羽月部長なら、男の人のままで校長先生が落とせるですっ! あかねが保証しますっ!」

「ははっ……」


 軽口に、何だかちょっと落ち着いた。

 みんなの顔を見て微笑むと、僕は立ち上がる。


「ありがとう、分かったよ。もう時間だ。心配は要らない。みんなは部室で待っていてくれ」


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