第7章 3話目
その夜、夕食も済ませた僕は自室に籠もって安い印刷屋さんを探してみた。
ネットでさんざん探したが、当然ながら今までの半額という予算では無理っぽい。
それどころか、今までの予算でも出来そうになかった。
そこで毎年使っている『日の出印刷』にも値引きを掛け合った。
しかし、少しなら努力するとは言ってくれたが、半額は勘弁してくれと。
まあ当然だろう。
色々調べて分かったが、日の出印刷は僕らにだけ破格値でやってくれていた。
知らないところで色んな人に助けられているんだな。
もう印刷屋さんを変えるのはやめた。
「はあっ!」
溜息をついて天井を見上げる。
トントン
「お兄ちゃん……」
「桜子か? どうしたんだ?」
「今日はいつものアニメ見ないの?」
「あっ、そうだ。忘れてた」
「見るんだったら一緒に見よう!」
「珍しいな、桜子が『おにたい』を見たいだなんて」
僕は気分転換も兼ねて居間に下りるとソファに座った。
ふたり分の麦茶を持って桜子も横に座る。
「で、どうして『おにたい』を見ようと思ったんだ?」
僕は録画しておいたアニメ『お兄ちゃんなんて、いますぐ逮捕しちゃうからねっ!』の再生を始める。
「実はね、小倉くんが友達と話しているの聞いたんだ。小倉くんも見てるんだって、これ!」
やるな、小倉くん。いい趣味してるぞ、妹を宜しく頼む!
やがて、アニメが始まる。
主人公・直弥は学校帰りにクラスメイトの茶和に待ち伏せされ、強引にメイド喫茶へ連行される。その様子を見逃さない妹の妃織。
妃織は婦警さんのコスプレをしてメイド喫茶に乱入、そこにいる客を混乱の渦に突き落としながら、イチャラブしていた兄・直弥の身柄を確保し自宅へ連行する。
「お兄ちゃん、また浮気しましたね。現行犯逮捕です。今夜はわたしのお部屋に拘留しますからねっ!」
とまあ、こんな男性向けのブラコンアニメなのだが、画面を真剣な表情で見つめる桜子。
「ねえ、お兄ちゃん。もし小倉くんに妹さんがいたらどうしよう! そして凄いブラコンだったらどうしよう!」
「気にしなくていいから。普通いないから、こんな兄妹」
「じゃあ、小倉くんが凄いシスコンで、妹さんまっしぐらだったら!」
「だから、いないから、そんな兄妹」
時折投げかけてくる桜子の質問が可愛い。こんなにウブだったとは。
「お兄ちゃん、わたし明日から小倉くんの妹になる! そして「お兄ちゃん」って呼んでみる!」
「やめとけ。引かれるぞ」
「明日、校舎の裏に小倉くんを呼んで、そして告白するの。
「わたしを小倉くんの妹にしてください!」
って!」
「何故そんな遠回りをする!」
訂正。ウブな訳ではなく、単に正常な感覚を見失っているようだ。
番組が終わると彼女は麦茶を飲み干して。
「面白かった。今度からわたしも一緒に見るね」
「うん、わかった。でも小倉くんが見てるからって別に桜子も見る必要はないんじゃないか?」
「だって本当に面白かったし、それに……」
「それに?」
「ここだけの話だよ。繭香先輩にも好きな人がいて、その人の好みとかはちゃんとチェックしてるんだって。あの繭香先輩がだよ、あのモテまくりの繭香先輩ですらだよ!」
そう言えば彼女、片想いの人がいるみたいなことを言ってたっけ。
「なるほどね、立花さんって凄く努力家だからね、色んな面で」
「だから、わたしも頑張らなきゃって……」
「そう言えば桜子だって……」
僕は以前聞いた立花さんの話を思い出す。
「凄くモテるそうじゃないか!」
「……もしかして繭香先輩に聞いたの?」
「うん」
「でも……」
急に桜子の表情が曇ってしまった。
「でも、それって、いいことなんかひとつもないよ……」
* * *
次の日の放課後。
部室のテーブルに小金井、大河内、立花さん、深山さん、月野君、それにマスコットのくま『ハチ公』が勢揃いする。
僕は白板に今日の打ち合わせ結果を書いていく。
今日の議案
『埠頭』の発行について
予算額 5万円
見積額 10万円 @200冊
1、発行するかどうか? 満場一致で発行するに決定
2、不足分をどうするか?
★バイトして寄付する(駅前のメイド喫茶が時給よし)
→ 親にバレるとまずいので却下
★今年のお年玉を没収する
→ 財産権の侵害に当たり却下
お金は原則・部費以外徴収しない
★発行部数を減らす
→ 基本チャージが5万円以上なので意味なし
★印刷所に頼まず、自力で製本する(品質問わない)
→ 最後の手段
僕はみんなの顔を見回す。
「他に、お金が足りない分をどうするか、いいアイディアはないかな?」
「あのう……」
立花さんが遠慮気味に手を上げた。
「もっと広告を増やしたらどうでしょうか」
「ああ、それは僕も考えたんだけどね……」
文芸同人誌『埠頭』には『裏表紙の裏面』に広告ページがあって、広告主から広告料を貰っていた。
広告主と言っても毎回四軒の常連さんで固められている。
まず、日の出商店街の薬局と和菓子屋さん。いずれも店主が松高卒業生だ。
あとの二軒は松高前にある喫茶レストランと製本を依頼している印刷屋さん。
ハッキリ言って義理と人情で広告を出してくれている。
たかだか発行部数二百部程度の高校文芸同人誌に広告効果を期待する能転気なお店はないと思う。
「今広告を出してくれているお店は広告効果なんて期待してなくて、僕らへの応援と言った感じでお金を出してくれているからね。これ以上の開拓は難しいんじゃ?」
「少なくともうちが出します。立花書店が出します。祖父を説得します!」
断言する立花さん。
「それから、祖父が雑誌を配っている商店街のお店にも声を掛けてみましょう。可能性はあると思うんです」
「そうね、やってみる価値はあるわね」
何にでも前向きな小金井は乗り気だ。きっと人類で最初にタコを食べたのは小金井の先祖だと思う。今度からオクトパスイーターと呼んでやろう。
「わたくしも~ 賛成です~」
「勿論やりましょうですっ!」
「えいえい おーっ!」
凄い勢いであっと言う間に決まっていた。
「もうひとつ提案なんですけど……」
立花さんが遠慮がちに。
「お店の人に『無鉄砲』をお渡しして、内容をアピールしたらどうでしょう?」
「あっ、それいいわ繭香ちゃん。そうしましょ!」
「うん、いいアイディアだね。じゃ、やると決まったら、早速作戦会議だ!」
「俺、ワクワクするっす!」
月野君もノリはいいようだ。
それから三十分、僕らは同人誌・埠頭への広告募集作戦、コードネーム『埠頭を渡る金』を念入りに打ち合わせた。
「じゃあ、明日から実行だ! 放課後は部室に集合!」
「「「「「はいっ!」」」」」
みんなの顔が生き生きしている。
これはもしかして、意外といけるかも。




