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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第六章 魔法少女がついた嘘
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第6章 8話目

 お勧めの本コーナーには新しい本が積まれていた。


『最新刊出ました』と書かかれた派手なPOPが目を引く。少女コミックだ。

『ご主人様のお気に入り』? 知らないな。まあ僕は男だし、当たり前か。


 店に入ろうと視線を店内に移すと、目が覚めるような青一色が飛び込んできた。


「いらっしゃいませ!」


 青く華麗なロングドレスからすらりとした脚が艶を放つ。

 大胆なスリットに一瞬で心臓が跳ね上がる。


「お待ちしておりましたっ」


 黒髪に赤い髪留めが栄えて、晴れやかな笑顔が僕を魅了した。


「立花さん!」

 いつもはレジに立ったまま挨拶する彼女が、今日は店の入り口で出迎えてくれた。


「さあ、こちらですっ、部長!」


 部長? 普段はこんな呼び方しないのに……


「あっ、社長の方がよかったですか、羽月社長!」

「いや、あの、今日は一体どんな企画?」

「はいっ、ノーマル男性層へもレディコミが売れちゃった記念企画、その名も『貴方あなたの子猫になりたいの・キャバ本屋へようこそ』ですっ!


 立花さん、完全にキャラ崩壊してる?


「何その、キャバ本屋って?」

「はい、キャバレー本屋、略してキャバ本屋です。お客様をわたくしホステスが心を込めてお持てなしいたします。ご要望でしたらレジでダンスも披露いたします」


 営業形態も完全に崩壊していた。


「でもご安心下さい。席料もチャージも戴きません。お代はお買い上げの本代だけ。とっても明朗会計ですっ」


 本屋に入った途端に席料取られたら暴れるよ、普通。


「先輩、今日はお疲れさまでした」

 しおらしく頭を下げる立花さん。


 ばきゅん!


 体中を射貫かれた。


 華麗なドレスに包まれた、すらりとした肢体。

 そして、整った美貌が品よく僕に微笑みかける。

 彼女のためならどうなってもいい。本気でそう思う。

 夜の蝶に手玉に取られるおじさん達の気持ちが分かった気がする。


「と言うわけで、今日はキャバ嬢の格好のつもりです。本当は髪に大きくウェーブを掛けて盛り髪にしてみたかったんですけど、時間がなくて……」

「いや、充分だから。充分すぎるから……」


 くりっと大きな彼女の瞳がいつもより派手に見えるのは気のせいだろうか。

 甘く誘惑的な香水の匂いに感覚が麻痺まひしていくようだ。


 今日の彼女は凄く妖しい。ドレスのせいか、香水のせいか、お化粧のせいか? いや、多分それだけではない。


「はい、おしぼりをどうぞ!」

 どこから取り出したのか彼女は冷えたおしぼりを広げて僕に渡してくれる。


「あ、ありがとう」

「先輩、こちらへ!」


 使い終わったおしぼりを受け取ると彼女は僕を店の中へといざなった。


「先輩、お疲れでしょう。はい、冷えた麦茶です」

「えっ、いいの、貰っちゃって」


 氷が入ったグラスをステアする立花さんの白い手が妙に艶めかしい。


「勿論です。本当はここでお酒が出るところなんですけどねっ」

 あでやかに微笑む。


「立花さんは飲まないの?」

「えっ、戴いても宜しいんですか?」

「勿論だよ」

「じゃあ、お言葉に甘えますね」


 僕がグラスを受け取ると、彼女は自分の麦茶を注ぐ。


「では乾杯ですっ」

「乾杯っ!」


 グラスをゆっくりと傾ける。


「さすが先輩、いい飲みっぷりです!」


 当たり前だけど、僕はこう言うお店には行ったことがない。

 テレビなんかで見たことがあるだけ。

 あんなの何が楽しいんだろう? と、いつも思いながら見ていたけど。


「何だか夢を見てるみたいだよ。気持ちがよくって楽しくて」

「ありがとうございます。そう言って貰えると、とても嬉しいです」


 両手でスカートの袖をつまみ、おどけながらお辞儀をする立花さん。


「お代わりはロックでいいですか?」

「じゃあストレートで」

「さすが先輩ですっ!」


 何がどうさすがなのだろう? アルコールフリーの麦茶なのに。


「はいどうぞ、ストレートです」

 僕は二杯目の麦茶も一気に飲み干す。


「ありがとう、美味しかったよ」

「喜んで貰えて嬉しいですっ」


 そう言いながら彼女は人差し指を立てて僕をじっと見つめる。


「でも、お願いしますね。いつものようにこのことは先輩とわたしだけの……」

「秘密なんだよね!」


 僕の言葉に破顔する彼女。


「はいっ! その通りですっ!」


「ところでさ、前回辺りから気になり始めたんだけど、立花さんのサービス企画っていつも僕だけ限定なんだよね」

「勿論ですっ!」

「でも、それだと本屋さんの営業の足しにはならないよね」

「はい、まったく」

「じゃ、どうしてやってるの?」

「あのう先輩、そこに気が付いたの、前回からですか?」

「……うん」

「それまでは不思議に思わなかったんですか?」

「全然……」


「じゃあ、もういいじゃないですか。気にするのやめましょうよ、そのことは」

「えっ?」


「理由なんてどうでもいいじゃないですか。重要なのは、いま先輩とわたしが楽しいこと、ただその一点だけだと思うんです!」


 力強く右手を握りしめる彼女。


「そう、なのかな?」

「そうです。そうに決まっています!」


 強引に丸め込まれた。

 理由なんてどうでもいいのかな。

 確かに最近このお店に来るのが無性に楽しみになっている自分がいる。


「そうだね、その通りだ」

 僕は空になったグラスを立花さんに返した。


「ところでこの麦茶はいくらなの?」

「お代は取りませんよ! うちは本屋ですっ!」


 そうだった。ここは本屋だった。

 危うく新手の喫茶店か何かだと勘違いするところだった。


 我に返り目の前に並ぶ本を見る。


「あれっ?」


 あまり目にしない雑誌だった。


 『プレイガイ特別版』。


 休刊になったアメリカの著名男性誌の日本語版だ。以前どこかで見たことがある。


「あの、先輩。この企画は本屋の営業戦略とは無縁なので、無理にお買い上げ戴く必要はないですよ」


 特集は『ジャズ・男の攻略ルート』。何かかっこいい。表紙は大好きなジャズプレイヤー、ポニー・ロミンズがサックスを吹いている写真。その横にこの雑誌のトレードマークらしいウサギのイラストが描かれている。


「いや、無理なんかしてないよ。今日はこの本を貰おうかな。プレイガイ特別版」

「あっ、これってアメリカの有名な雑誌ですよね」


 彼女はそう言うとその本を受け取る。


「表紙は意外と渋いですね。もっとこう、男の人好みの写真が多いはずなのに……」

 言われてみると、この店で堅い本なんか一度も買ったことがないよな。


「えっと、でも、あったあった。今月のガイメイト。やっぱりブロンドの女性ですか。なるほど。プレイガイですからね、やっぱりウサギの耳にちょうネクタイ。この格好ですよね」

 立花さん、何をぶつぶつ呟いてるんだ?


「えっと、プレイガイ特別版、一冊で八百二十円のお買い上げです」

 僕は千円札を手渡す。


「先輩もやっぱりバニーちゃんって憧れるんですか?」

「えっ?」

 バニーちゃん? ウサギちゃん? ぬいぐるみか何かか?


「ああ、可愛いよね、バニーちゃん」

「そうですよね! はい、お釣りが百八十円と、商品です」

 僕はお釣りを財布に入れる。


「やっぱり先輩もブロンドの髪が好きなのですか?」

「えっ? 別に髪の色にはこだわりないけど……」

「それはよかったです! 衣装調達だけでも結構苦労するので」


 何の話だろう?

 ホント時々分からないことを言うんだよな、彼女。


「ありがとう立花さん。お陰で今日もとても楽しかったよ」

「こちらこそです羽月先輩。今日もお買い上げありがとうございますっ。またのお越しをお待ちしていますっ!」



 第六章 完



 第六章・魔法少女がついた嘘、いかがでしたか。


 この話は第四章の「新入生歓迎お遊び会」での想い出話の回収になります。

 ちなみに僕は幼稚園の時の記憶って断片しかありません。

 あんまり若くしてモテても運を使い果たすだけかも。


 さて、次章はいよいよラッキー七章!


 七章はストレートに「文芸部らしい」話になる予定です。

 同人誌「無鉄砲」を発行した文芸部、しかし意外な珍事が発生して!


 予想外の人気となった「無鉄砲」。

 しかし嬉しいはずの事態を素直に喜べない文芸部の苦悩とは。

 難題に敢然と立ち向かう部員達。

 勿論、桜子ちゃんも、リレー小説の主人公、葉山くんも頑張ります。


 次号「ローカル小説で行こう(仮)」も是非お楽しみに(るんるん)。


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